一歩、踏み込む リーダー
-
広江 朋紀 Tomonori Hiroe
株式会社リンクイベントプロデュース ファシリテーター産業能率大学大学院卒(組織行動論専攻/MBA)出版社勤務を経て、2002年に(株)リンクアンドモチベーション入社。HR領域のエキスパートとして、採用、育成、キャリア支援、風土改革に約20年従事し、講師・ファシリテーターとして上場企業を中心に1万5,000時間を超える研修やワークショップの登壇実績を持つ。参加者が本気になる場づくりは、マジックと呼ばれるほど定評があり、「場が変わり、人がいきいき動き出す瞬間」が、たまらなく好き。主要書籍5冊、論文寄稿、大学での特別授業、日経MJへの連載寄稿等、多数。育休2回。3児の父の顔も持つ。
新型コロナによるパンデミックが収束の兆しを見せ始めるとコロナ禍で転職を控えていた人達が、一斉に離職する「大退職時代」(グレート・レジグネーション)に突入することが予見されている。長引くコロナ禍において在宅勤務が続くことで、組織や人とのつながりが薄れ、帰属意識が低下してきたことも退職の引き金になっている。こうした潮流の中、リーダーはどのようにメンバーと向き合っていけば良いのであろうか?―――
リーダーは、放任主義でメンバーに全てを委ねるのではなく、停滞や混乱がある際には、摩擦も恐れず、「ダメ出しフィードバック」を行ったり、良い結果が生まれているのであれば、 さらに強化を促すために、「ポジティブフィードバック」を行うことが必要だ。「活力がみなぎり、建前を超えた本音のコミュニケーションが行き交うチーム」づくりには、一歩踏み込むことは欠かせない。また、そうした勢いのあるチームには、メンバーも自分の人生を賭ける場として、大退職時代であったとしても在籍することを選択し続けるであろう。本章では、そうした、これからのリーダーに必要な「叱り方」や「褒め方」すなわち相手の心を動かすフィードバックを伝えていく。
増殖する、踏み込めないマネージャー
今、『踏み込めないマネージャー』が増えている。
「働き方改革」「ジェネレーションの格差」「リモートワーク」といった職場環境の変化から、自分が若手の時のように、部下に遅くまで働けと言えない。世代の価値観が異なるから接するのが難しい。余計なことを言ったら、すぐにパワハラ、セクハラと言われそう・・・。こうした変化の中、相手に踏み込み、本人の成長のためにダメ出しフィードバックを行う骨太のマネージャーが減少し、結果として、組織のモチベーション低下を招く要因となっている。 そもそも、エネルギーを消費する、面倒な対決につながる可能性のあるダメ出しのフィードバックは回避や先延ばしにされがちだ。
しかし、本来フィードバックは、語源のFeed(栄養)をback(返す)が示すように、職場のモチベーションを高める栄養剤のようなもの。それは部下の人格を審判するものではなく、成功した行動を評価したり、改善点を指摘する行動と結果に対する客観的なメッセージだ。 何より栄養となるフィードバックを返された本人が行動から学び、成長し、変化していくことが可能となる。そして組織としても非効率な行動パターンが修正されることで、職場全体の生産性向上に繋がるメリットがある。 そこで、部下の心に火を灯す、踏み込んだフィードバックについて紹介する。
部下のやる気に火を灯す『ダメ出し』フィードバック
部下のやる気に火を灯すには、『薪+FIRE』の観点を持ってフィードバックすることが必要だ。
1.薪(まき)~自分の心のあり方 ~
薪とは、自分自身の心のあり方を示すメタファー。 まずは、火を灯す薪(まき)そのものの土台を整える必要がある。実際に薪が腐っていたり、余計な水分を含んでいると着火しないように、伝える内容よりも伝え手のあり方、相手に向き合う誠実さや真剣さの度合いが人の心を動かす。相手を見下し、思い通りにコントロールしようとしていないか、相手の非を責める気持ちから始めようとしていないか、フィードバックをする前に自分の燃やそうとしている薪を確認しよう。 また、『薪を割るときは、薪ではなく、薪割り台を狙え』という格言があるように、このフィードバックを通じて、目の前を超えたところのどこに到達したいのか、どういう目的地へ相手を導きたいのか意図を考えることで本質的な変容につながる。
2.Fact ~具体的事実~
正したい行動を具体的にFact(事実)に基づいて伝えることが必要だ。 人は先入観や憶測、解釈などを用いて伝えられると反論したくなるもの。 そして、事実であったとしても他人から聞いた「また聞き」の話を持ち込むことも控えよう。あなたが直接、見聞きしたメンバーの正したい行動を伝えることが肝要だ。 そして、「最近調子はどうだ」と尋ねたり、褒めたりすることで話を切り出すこともやめよう。「褒めて、批判して、最後にまた褒める」というサンドイッチ式のフィードバックが奨励されたりするが、焦点がぼやけてしまい逆効果だ。問題を単刀直入に切り出し、短い時間で伝えきることが必要だ。
3.I message ~自分を主語に~
Imessage は、自分を主語にし、自分の気持ちを相手に伝えるメッセージ伝達法だ。 反対にYou messageは、相手を主語に「君はこうだ」と伝える発信方法である。 後者になると、問題は相手にあると考える指示や非難、批判的なメッセージになりやすく、相手に受け取ってもらいづらくなる。例えば、遅刻をしてきたメンバーに「遅刻するなんて、君はどうかしている」というより「連絡なく遅刻してきて、私は心配したよ」と伝えたほうが、相手にメッセージが届きやすくなる。また自分の気持ちを伝えることは自己開示であり、相手との距離感が一層縮まり、親近感がわく効果もある。
4.Request ~要望や提案~
相手に対し、改善に向けたRequest(要望や提案)を行う。 その際に留意したいのが、要望の的を具体的に絞ること。「もっとちゃんとやれ」「やる気をみせろ」「まじめにやれ」では、抽象的で何をすればいいのか相手に全く伝わらない。 また、「○○しないように」という否定形ではなく、肯定形で伝えることも必要だ。 例えば、「緊張するな」と言われると、余計に緊張してしまうように、「プレゼン失敗するなよ」ではなく、「力抜いて深呼吸をしよう」と提案の仕方を肯定表現にすることも効果的だ。
5.Epilogue ~結果~
最後に改善に向けた要望や提案を実行すると、その結果(Epilogue)どうなるのか、本人の成長や組織へどんな成果がもたらされるのかを伝える。 意識すべきは、その結果がリーダーだけが満足するものではなく、自分にとっても、本人にとっても、周囲にとっても納得する三方よしの結果になっているかである。 また、一方的に通達して終わりではなく、一連のフィードバックについてどう思うか、最後に本人に意思を確認することも相手の参画感を高める上で大変有効だ。
上記の『薪+FIRE』の観点を使用した、フィードバック例を示してみるとこうなる。
経費清算の提出が遅れがちな部下への指導例:
Fact)今月、経費清算の提出が2回も遅れているよね
I message)事前に相談もなく遅れ、経理の仕事にも支障が出てしまい私は残念に思う
Request)週に1回、15分でいいから提出物確認の時間を取ってみたらどうだろう?
Epilogue)締め切りや約束を守ることで周囲からの信頼も高まるよ。このことについて君はどう思う?
このように、時代や環境、部下の特性に振り回されることなく、普遍的に再現可能な『薪+FIRE』の観点を活用し、メンバーに臆せずフィードバックを行うことをリーダーのあり方として取り入れてみるのはいかがだろうか。
『ダメ出し』フィードバックを行う際の6つの留意点
ダメ出しフィードバックを効果的なものとするための6つの観点について紹介する。
1.普段から観察を怠らない
日頃から相手に興味を持つこと。その際、出来ていないことに対する粗探しをするのではなく、相手の大事にしている動機や夢、得手不得手、趣味、最近喜んでいたこと、怒っていたことなどを探し、気づいたときにメモをストックする『ノート』を作るのもお勧めだ。
2.タイミングを逃さない
相手が問題行動を取ったら、すばやくフィードバックしよう。 時間が経つと、その行動を相手が忘れてしまったり、フィードバックの焦点がぼやけてしまうリスクがある。出来る限り早くという英語の接続詞にAs soon as possibleがあるが、正に『ASAP!Feedback』だ。
3.センターピンを外さない
若手メンバーを指導する際、改善点が沢山あり、あれもこれもと要望しがちだが、全てを同時に実行することは不可能だ。今、何が最も優先順位が高いのか、改善に向けて影響力の高いセンターピンはどこなのか、フィードバックは「一時に一事」と心得よ。
4.抽象に逃げない
肝心な部分がはっきりしない「以心伝心」は避けよう。抽象的なメッセージだと相手に伝わりづらく、誤解されるリスクがある。フィードバックは、具体的かつ明確に。改善行動のリクエストは、相手の理解レベルに合わせて誤解が生まれないように伝えよう。
5.感情「で」伝えない
ダメ出しをする際は、つい感情的になってしまいがちだが、感情「で」伝えるのと、感情「を」伝えることはイコールではない。特に2つめの「I message」(私は~な感情を抱いた)を使うと、感情「で」伝えるのではなく、感情「を」効果的に伝えられるようになる。
6.評価者のままで終わらない
上司部下の役割には、地位と権限のランク差が明白に存在するが、フィードバックを伝えて終わりではなく、伝えた後の最後の「Epilogue」の箇所でメンバーが改善行動を実際に行動に繋げられるか、上司がメンバーと一緒に考える「支援者」「伴走者」になれるかどうかがポイントだ。
このようにリーダーは、メンバーの成長を促すためにもメンバーに愛(薪)を持って、フィードバックの火を灯し続けなければならない。
人がその気になる『ポジティブ』フィードバック
良い結果が生まれているのであれば、さらに行動の強化を促すために、『ポジティブ」フィードバックを行うことは効果的だ。人は誰でも根源的に「承認されたい」と思っている。誰かから認められていると感じると、自然とモチベーションが高まり、能動的に動けるようになる。そして、リーダーの承認力を高めるには、メンバーが自分では気づきにくい成長や、周囲への貢献などを本人に自覚してもらうよう、働きかけることが必要だ。そのためには、巷に溢れている褒めフレーズを暗記したりせずに、再現性のあるフレームワーク(ポジティブ・フィードバック・ピラミッドモデル)を活用することをお勧めする。
1.承認レベル
承認には、3つのレベルがある。 まずは、メンバーの存在そのものへの感謝とリスペクトを示す「存在承認」。 次に組織で働く以上、何かしらの目的や成果の達成に向けて行動するが、その行動や取り組みに対して価値を認める「行動承認」。 最後に、目的や成果を実現したメンバーを称える「結果承認」。 特に、組織では、目に見えて分かりやすい最後の「結果承認」のみに光があたりがちだが、土台部分の「存在承認」やプロセスをしっかり見届ける「行動承認」は、メンバーにとっての支援にもなるのでしっかりと承認しよう。
2.時間軸
時間軸は、現在に限らず、過去から未来までの時制を使い分けることが効果的だ。
過去時制
これまでの取り組みを称えるために今までの頑張りを労うときに使用例:「これまで本当によく頑張ったね。あれだけの集中力で作ったのは素晴らしいよ!」
現在時制
メンバーの今の状態をその場で称えたいときに使用例:「そのアイデア素晴らしい!今の発言、質が変わってる!エネルギー出てるね!」
未来時制
メンバーを励ましたい、頑張りを報いたいときに使用例:「最善を尽くしたね!きっと大丈夫」「よくやった!明日の今頃は乾杯してるよ!」
3.空間軸
周囲
本人が謙遜や自己肯定感が低く、受け取ってくれない際は、本人以外の同僚やチームメイトなど周囲を褒めることで、結果的に本人を褒めることにつなげる例)「最近、君のチームのメンバー、イキイキしているね!」
噂
人は噂話には、敏感である。褒める時に、本人が思いもよらない人からの良い噂、第三者からの期待の声が聞けるとやる気につながる例)「お客さんがA君の仕事ぶりの丁寧さに感心していたって聞いたよ!」
『ポジティブ』フィードバックを行う際の6つの留意点
1.褒め鉄砲を撃ちまくる
「いいね!いいね!」とむやみに褒めると、特別感がなくなる。『ポジティブ』フィードバックは、適度な希少性があることではじめて、価値が生まれるので、褒めることの乱発でインフレが起きないようにしよう。
2.判断・否定を入れて褒める
褒めるときは、褒めきることが重要。よく「今回は、よくやってるね」「まぁ、いい感じだったよ」「割と嫌いじゃないな」のような、褒めているのか、いないのか、不明な褒め方をする人がいるが、褒めることに照れ隠しは必要ない。真正面から褒めよう。
3.無表情で褒める
無表情で、「とっても良かったよ」「さすが」「素晴らしい」と言われたら、あなたはどう受け取るだろうか。褒めるときは、ぜひ感情MAXで褒めよう。ダメ出しをするときは、感情「で」伝えないようにとお伝えしたが、ポジティブの際は、逆である。
4.上司の望む行動をしたときだけ褒める
親が子供を褒めるときも同様だが、上司が望む行動をしたときだけ褒めていると、部下はいつも上司の顔色ばかり窺う状況になってしまう。また、上司の器以上に、自分の才能を開花させることができなくなってしまう。大局から見て褒めるようにしよう。
5.他人と比較して褒める
他人との比較よりも過去の本人との比較で褒めたほうが、力を発揮しやすい傾向にある。具体的には、「Aさんより君のほうが、優れている」と言われるより「半年前の君より今の君のほうが、プレゼンスキルが断然伸びている」と言われたほうが心に響く。
6.心では全く思っていないのに褒める
たまに褒めることが「タスク」になっている上司がいる。褒める気持ちが全くないのに、「上司だから一応褒めとくか」というマインドで褒めると、部下にも伝わってしまう。ぜひ、心を込めて褒めよう。
いかがであろうか。 一歩踏み込む「ダメ出しフィードバック」も「ポジティブフィードバック」もその根本には、踏み込むときのリーダーのあり方そのもの、つまり愛情を持って火を灯す「薪」の心を持つことが必要だ。
教育心理学の中にピグマリオン効果と呼ばれるものがある。すなわち、教師の期待によって学習者の成績が向上することである。 大退職時代の到来と叫ばれている今日に、いかにメンバーと誠実に向き合い、相手の成長や成功に心から期待をよせて、踏み込んで関わっていくか。その行為が結果的にメンバーの意欲を高め、個人の成長と組織の活性化につながり、メンバーからも選ばれ続けるチームへと変貌していくのではないだろうか。