Vol.4|“セコム道” 安全・安心の真価
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大井 新SHIN OI
セコム株式会社
Tri-ion推進担当 リーダー1994年入社。警備の最前線で約6年、1999年からグループ本社(法務部、総務部、現状打破本部)で約6年、2006年から上場子会社へ出向(人事総務部、管理本部、企画部門)で約6年、2012年からグループ本社に戻り、経営トップの近くで、次世代ショールームの企画・運営マネージャー、営業系プロジェクトリーダー等を経験。2016年から社長秘書、会長秘書を約8年。並行して2018年から理念浸透活動Tri-ion(トリオン)を企画推進、2021年から同リーダー。
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林 幸弘YUKIHIRO HAYASHI
株式会社リンクアンドモチベーション
モチベーションエンジニアリング研究所 上席研究員
「THE MEANING OF WORK」編集長
早稲田大学政治経済学部卒業。2004年、株式会社リンクアンドモチベーション入社。組織変革コンサルティングに従事。早稲田大学トランスナショナルHRM研究所の招聘研究員として、日本で働く外国籍従業員のエンゲージメントやマネジメントなどについて研究。現在は、リンクアンドモチベーション内のR&Dに従事。経営と現場をつなぐ「知の創造」を行い、世の中に新しい文脈づくりを模索している。
「水と安全はタダ」ともいわれていなかった1962年、日本で初めて安全をビジネスにしたセコム。警備業という一大産業の礎を築き、「あらゆる不安のない社会の実現」という使命のもと、今や年間1兆円を超える安全・安心を社会に届けている。社会に対する想いを原動力に進化を続けるセコムのTHE MEANING OF WORKについて、セコムの理念浸透活動の一翼を担っている、Tri-ion推進担当リーダーの大井新氏にお話を伺った。聞き手は(株)リンクアンドモチベーション モチベーションエンジニアリング研究所 上席研究員 「THE MEANING OF WORK」編集長を務める林幸弘。
制限と解放~コロナ禍からの学び~
林 セコム道、4回目となります。前回(第3回)は、「安全・安心の進化」と題し、抽象的な概念の解像度を上げていく“安心の4要素”や、「チガイは可能性」という話をいただき、「出る杭」であり続ける勇気をいただきました。 |
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大井 こちらこそ、セコムのみならず、個人の見解も盛り込ませていただいているので、自分自身と向き合う良い機会になって有難いです。 |
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林 今回は「安全・安心」に関連するテーマを用意してきました。セコムさんの話とともに、大井さんが現在進行形で感じていることも伺いながら掘り下げていきたいと思っています。最初のテーマは「新型コロナウイルス感染症」。5類感染症に移行して約1年経ちましたが、どんなことを感じていますか? |
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大井 日常に笑顔が戻ってきたことはとてもうれしく思っています。一方で、何もなかったように戻るのではなく、何かしら次世代につないでいく必要性も感じています。 |
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林 2020年4月、緊急事態宣言(1回目)が発出された当時、セコムさんではどのような状況だったのですか? |
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大井 外出自粛の状況下においても、警察庁から警備業の事業継続要請を受けていました。しかし、当時は、世界的に予防接種のワクチンも、感染後の治療法も確立しておらず、ニュースで流れる感染者数の推移等を見守りながら、手探りの日々でした。これは、前回(第3回)紹介した“安心の4要素”が成立しない状況だったわけです。つまり、1安心「事前の備え」としてマスク着用やアルコール消毒、2安心「事態の把握」として体温計測などは対応していましたが、感染した際の3安心「被害の最小化」、4安心「事後の復旧」は特に不透明な状況でした。 |
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林 なるほど。“安心の4要素”で考えると、何が不安なのか、何が足りないのかがよくわかります。 |
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大井 足りないことはわかっても、打ち手がわからないという厳しい局面だったのです。組織としては、安否確認システムを通して社員とその家族の健康状態を確認していましたが、職場の仲間が明日も同じように出社できるかわからない、自分自身も然り。何気なく行っていた挨拶が、「今日も居てくれてありがとう」という存在への感謝を意識するようになっていました。目に見えない感染リスクと戦いながら、日夜警備業務を支えてくれたフィールドのみんなを誇らしく思うとともに、ご家族の方々、ほかのエッセンシャルワーカーの皆さまを含め、あらためて感謝の念を強く抱くようになりました。 |
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林 私も本当に感謝したいです。厳しい状況の中でも、それぞれの働く意味や社会にとっての意義が心の支えになっていたのだと推察します。一方、治安の面では、営業時間が短くなった店舗を狙って泥棒に入るといった報道も記憶にあります。 |
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大井 そうなのです。コロナ禍であっても犯罪や自然災害など、ほかのリスクは順番待ちしてくれるわけではありません。そんなやるせない気持ちも抱えながら、「安全・安心」という目に見えない価値を見つめ直し、安全・安心だと何がいいのか?安全・安心がなくなるとどうなるのか?を再考していました。 |
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林 どんな捉え方の変化があったのですか? |
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大井 私の中では、もともと「安全・安心」は最上位概念でした。悪く言えば、「安全・安心」が出てくるとそこでおしまい、思考停止。それが、コロナ禍という世界共通の体験を経て、「安全・安心が失われた世界の原理」を次のように捉えるようになりました。 ■安全が無くなる → つながりが絶たれ、流れが止まる。 さらに、これらが長引くと、それぞれ直接的・間接的な阻害要因となり、思うようなパフォーマンスが発揮できず、“現在の自由度と未来の可能性”が制限されることになる。そして、コロナ禍の感染拡大からもわかるように、良くも悪くも世界はお互いに影響し合いながらつながっている社会システムなので、身近な家族や仲間のみならず、経済面、社会面、環境面にもネガティブな影響が及ぶことになるのです。 |
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林 いやー、まさにそのとおり。家族や仲間にも会いたくても会えない日々が続きましたよね。ほかにも、青春は密なので、悔しい思いをした方も多かったと思います。 |
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大井 そうですね。危険・不安が高まると諦めなければいけないことが増えていくという話。ということは、安全・安心を高めていくことは対策になるのです。特にコロナ禍では顕著でしたが、もっと日常的な話でも、安全・安心の効果によって、“現在の自由度と未来の可能性”を諦めなくて済むこともあります。例えば、①親元を離れて新たな挑戦を夢見る娘と一人暮らしを心配する親の思い、②長年連れ添ったご主人との思い出がつまった自宅で住み続けたい奥様と一人暮らしを心配する息子夫婦。これらのケースは、ホームセキュリティを介することで、それぞれの自由度と可能性を極力諦めることなく、お互いを思いやる気持ちも大切にしていけるのです。このように、一人ひとりの人生の岐路において「諦めたくない未来をセコムする」みたいな関わり方ができることも、いい仕事に携われているなぁとうれしく感じています。 |
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林 身近な話ですが、とても胸熱なエピソードですね。一方、環境面で見ると、コロナ禍では世界中で移動を控えた分のCO2排出は減りましたが、それでも地球温暖化に与える良い影響は限定的だったといわれています。 |
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大井 それをどう受け止めるのか?そこがすごく大事だと感じています。つまり、世界中の老若男女があれだけ味気ない自粛生活を送っても、CO2の排出ペースを落とすにとどまったということ。排出ペースが落ちても、大気中の温室効果ガスが減るわけではないので、打開策につながるイノベーションの必要性が明白になったということ。これらの状況を踏まえると、安全・安心という価値領域を世界に広めていくことで、さまざまなロスによる環境負荷を最少化するとともに、「止まらない×集中」によるパフォーマンス向上、さらには「つながり×くつろぎ」によってひらめきを増やし、イノベーション創出の可能性を高めていくことが必須なのだと考えています。これらが相まって、経済、社会、環境という各方面にポジティブな影響が連鎖していけば、サステナブルな社会の中でQOL(生活の質)が向上し、良い状態が長く続いていく、まさにWell-beingな明るい未来が見えてくると考えています。 |
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林 確かにそうですね。安全・安心は当たり前ではなく、いかに有難いことかを痛感します。安全・安心の価値が飛び級で格上げされてもいい話だと思います。セコムさんが安全・安心の領域展開で世界を包みこんでいけば、人類の幸福度も高まっていきそうですね。 |
幸せとシワ寄せ~3世代の亀~
林 ちょうどよい流れなので、次は「幸せ」について。以前、大井さんが「幸せとは心の態度」とおっしゃっていたのが印象的で、本日は安全・安心との関係も踏まえて話を伺いたいです。 |
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大井 よく覚えていますね。では、1つ質問です。「幸せ」はどこかに売っていますか? |
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林 うーん。あっ、セコムさん? |
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大井 ありがとうございます、模範解答にしたいです(笑)。ですが「幸せ」の特売日とかもないですし、ネット通販でも「幸せ」というモノは届けてくれませんよね。それに、すご~いお金持ちの人がいて、大きな家は買うことができるけれど、幸せな人生かは別という話です。同じ出来事や状況に対しても、幸せと感じる人もいれば、不満を抱く人もいます。さらに、同じ人でもタイミングによって変わる可能性もあります。「当たり前」と捉えるのか、「有難い」と感じるのかという話。ですから、幸せは自分の外側ではなく、内側にあるという意味で「幸せとは心の態度」と言ったのだと思います。 |
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林 先ほど、安全・安心の有難さを痛感すると言いましたが、こういう感謝を増やしていく「心の態度」が幸福感につながっていくのですね。 |
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大井 然り。ここ数年の脳科学では、諸説ありますが、幸福には2種類あるといわれています。一つは、「やったー!」という何かを達成した時にドーパミンが分泌される「達成の幸せ」。もう一つは、無くなった時に気づきやすい幸福で、健康とか、仲間とのつながりです。これらは、セロトニンやオキシトシンが分泌される「状態の幸せ」です。気をつけたいのが、「達成の幸せ」だけを追い求めると、ドーパミンには一種の中毒性があるので、「もっともっと」となって健康や仲間とのつながりを崩してまでドーパミンを追いかけてしまう。こうなると、幸福が長くは続かないということになります。 |
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林 気をつけたいですね、スマホやゲームなどの依存症も社会問題化している面もありますし。 |
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大井 個人的には「自分の意志で止められるか?」という線引きを意識しています。一見すると、自由なようで実は支配されている状況が中毒とか依存症で、自由と対極にあると思っています。誤解なきよう付言しますが、ドーパミンや「達成の幸せ」がいけないと言っているのではありません。むしろ、幸福には欠かせない要素だと思います。しかし、「状態の幸せ」を後回しにしてドーパミンだけを追いかけると、健康や仲間との関係性が早晩ぶっ壊れてしまうということをお伝えしたいのです。 |
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林 確かに、寝食を忘れてのめり込んで、ウソのように時間が早く過ぎていくことがあります。自分が好きでやっていても、一線を越えると心身のバランスや人間関係が崩れてしまうという話、身につまされますね。 |
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大井 いくらフロー状態に入っていても、風呂に入らない状態が続くと、健康も人間関係も悪化しますよね(笑)。「状態の幸せ」を土台として、そのうえで「達成の幸せ」を求めていくことが大事ということです。実は、第1回で触れたセコムの運営憲法にある「セコムは成長しても、組織を構成する社員が活き活きして幸せでなければ、そんな成長は意味がないし、成長してはならないのである。」も同じ構造なのです。会社の成長は達成感がありますが、ベースとして社員の心身の健康やよいつながりが必要ということです。 |
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林 これは本当に同じ構造ですね。セコムさんの憲法に定めていることが、最近の脳科学で裏づけされたようなものですね。今でこそ社員の幸福感が語られるようになりましたが、その憲法はいつ頃制定されたのですか? |
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大井 創業30周年の1992年、創業者の飯田が59歳の時です。昭和から平成になり「24時間戦えますか?」というフレーズが流行したご時世に、社員の幸せを犠牲にした成長は意味がないし、成長してはならないと言い切っているのは、手前味噌ながら素晴らしい企業姿勢だとあらためて感じます。 |
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林 時代背景もさることながら、現在においても、両方大事と言っている企業は増えてきましたが、優先順位を明確にしている企業はそう多くはないと思います。 |
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大井 さらに特異な点としては、経営者が代々変わっていく中でも、それぞれの方針や戦略よりも上位概念である「セコムの憲法」として定めているのです。日本国憲法に違反する法律が無効とされ、国民が守られるのと同じように、経営者が万一暴走したとしても社員が守られる建て付けになっているのです。 |
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林 いやー、それはすごいガバナンスになりますね。建て付けという話がありましたが、大井さんと話をしていると、それぞれの関係性をどう位置づけるのか?という点をすごく大切にされているように感じます。 |
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大井 何となくわかった気にならないように、「図で描くと?」と自問するようにしています。極端な例ですが、「私の趣味はスポーツと野球、あとは運動です」みたいに、粒度のズレや同時通訳的な羅列も意外に多いと感じています(笑)。 |
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林 図示できるかは、いい確認方法になりますね。 |
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大井 例えば、先ほどの「達成の幸せ」と「状態の幸せ」で言うと、車の両輪のように並列ではなく、親亀・子亀の関係ということです。さらに、「安全・安心」という切り口から補足すると、「安全・安心」は無くなった時に気づきやすい「状態の幸せ」に影響を及ぼしているので、親亀の親亀と言える存在です。これを3世代の亀で示すと、社会秩序や地球環境などの「安全・安心」という親亀の上に、「社員の幸福感」という子亀が乗り、「企業の成長」という孫亀が乗る状態にしていけば、良い状態が長続きするWell-beingな世界に近づけるのです。 |
林 3世代の亀、いいですね。特に、数値として見えやすい企業の成長に意識が偏ってしまいがちですが、親亀や子亀がこけると、企業の成長という孫亀もこけてしまうということですね。 |
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大井 ××依存症や、企業等の不祥事、地球の環境問題など、いずれもそこだけを切り出せば、幸福と背馳するように見えます。しかし、実はこれらは、それぞれの目先の幸せのみを追い求めた結果、見えにくいシワ寄せとして顕現しているのだと考えています。「数値は有能だけど、万能ではない」という点は留意しておきたいです。 |
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林 目先の幸せと見えにくいシワ寄せ、これまた深い洞察ですね。人間のプログラムからしても、放っておくと近くの幸せを優先するといわれていますから、要注意ですね。それと、地球の環境問題とありましたが、サステナビリティの文脈だとどういう話でしょうか? |
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大井 サステナビリティでは、環境、社会、経済という3側面のバランスが大切だといわれています。これらも3世代の亀で考えると、単なるバランスの話ではなく、外部不経済などのシワ寄せを見て見ぬふりしていると、環境という親亀も、社会という子亀もこけて、経済という孫亀もこけるということです。 |
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林 なるほど。そういえば、SDGsの17のゴールでは、安全・安心という項目は無かったように思いますが、どこかで触れられているのでしょうか?すべてに影響しそうな気もしますが。 |
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大井 するどいですね。一般的には、17のゴールが注目されがちなSDGsですが、全体構成ではその前に、前文と宣言というパートがあります。宣言35の冒頭で以下(和訳)のように謳われています。
原文では、平和と安全は「Peace and Security」と記されていますが、安全・安心を「Security and Peace of mind」と訳せばほぼ同義。よって、個人的には「持続可能な開発」と「安全・安心(≒平和と安全)」は、明るい未来に進んでいくための車の両輪だと解釈しています。 |
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林 これは、街で見かけるセコムステッカーの印象が変わりますね。多くの企業の環境対策は、自社グループ内のエネルギー消費量の削減だったりしますが、セコムさんの場合は、本業ど真ん中のセキュリティの普及が防犯効果のみならず、+αとしてSDGsへも直結しているということですね。やはり「幸せ」もセコムさんで買えそうな気がしてきました。ぜひとも、明るい未来に向けて、亀ではなく車の両輪として進めていっていただきたいです。 |
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大井 ありがとうございます。将来的には「Well-being with SECOM」みたいな世界観で、シワ寄せの最少化と幸せの最大化につなげていく機運を醸成していきたいと考えています。 |
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林 今回も想定をはるかに超える展開となり、まさに、「安全・安心の真価」に迫るお話だと感じました。ありがとうございました。 |