「世界標準の経営理論 -越境ダイアログ-」イベントREPORT
2021年10月、「世界標準の経営理論 -越境ダイアログ-※」が開催された。不確実な時代、思考の軸を持ち、考え続けることが必要不可欠だ。世界の経営理論を一冊にまとめた『世界標準の経営理論』を共通言語に、新たなプロジェクトの幕開けをリポートする。
※主催:松山商工会議所/株式会社リンクアンドモチベーション
主催者挨拶
松山商工会議所 会頭 大塚 岩男 氏
株式会社リンクアンドモチベーション モチベーションエンジニアリング研究所 上席研究員 林 幸弘
あらゆる分野で活躍するビジネスパーソンが企業の枠を超え、地域を超え、世界の経営理論を軸にこれからの経営・組織・ビジネスについて議論を交わし、新たな知を切り拓く。同イベントは、そのキックオフ的な位置づけとして開催された。同イベントの主催者である松山商工会議所の大塚会頭は、「愛媛県商工会議所連合会では、メガトレンドを把握し、バックキャスティングで経営や事業の方向を見直す取り組みを進めています。本イベントもその一環として行われるものです。コロナ禍で社会経済は深刻な影響を受けていますが、ワクチン接種などにより、リスクをコントロールしながら守りから攻めへの転換が始まっています。少子高齢化による労働人口の減少、グローバル化、デジタルトランスフォーメーションなど、私たちはさまざまな課題に向き合わなければいけません。不確実性が高まる中、社会課題を解決しながら、持続的成長を遂げていく。『世界標準の経営理論』は、そうした私たちの思考の軸となるものだと思っています。本日は、地域経済の発展、ビジネスの活性化を実現するうえで絶好の機会です。全国から多数の方々にご参加いただけたことを心からうれしく思います」と述べ、同取り組みが日本のビジネスや地方の原動力になることに期待を寄せた。
また、本イベントの企画・発起人である林幸弘は「イベント開催の契機となったのは、松山商工会議所の中矢さんと共に、少人数の越境読書会を実施したことでした。800ページ超、60万字超に及ぶ『世界標準の経営理論』は、業界によって異なる常識と言語を抽象化し、知の交流・知的コンバットを実現してくれる共通言語だと思っています。それぞれがこの本を読み込み、それぞれが所属する組織やビジネスの課題を語り合う。そして、実務にどう活かしていくかを考える。それが、とにかく面白く、新たな発見とヒントをもたらしてくれました。私は、この地域を超えた学び合いの体験をさらに拡大していきたいと考えています。経営を、組織を、イノベーションを実現したい。そうした方々と議論し、思考をスパークさせる。そんな体験を通じて、この国を支える化学反応を起こしていきたいですね」と語り、今後、3年間にわたって開催されるイベントへの参画を募った。
基調講演
早稲田大学大学院教授・早稲田大学ビジネススクール教授 入山 章栄氏
第1部では、『世界標準の経営理論』の著者であり、早稲田大学大学院教授・早稲田大学ビジネススクール教授の入山章栄氏が講演を行った。現代のビジネス環境は、極めて不確実で、正解がない。その変化はさらに進んでいくことが予測されている。 「近い将来、オンラインでのコミュニケーションに自動翻訳がプラスされると、私は考えています。そうすると、何が起きるのか。言語や距離の壁がなくなり、国際競争から守られた環境は破壊されます。例えば、サービス業などは今までにない競合が現れるでしょう。私が所属する大学などはその最たるもの。世界トップレベルの講義をどこにいても、言葉がわからなくても受けられるわけです。ただし、この変化は、逆にチャンスでもあります。地方が直接、世界とつながることで、自分たちの良さを発信できるようになるのですから。案外、未来の変革者というのは、辺境からやってくるのではないかと思っています」
こうした変化の中で、新たな価値を創造していくには、常に考え続け、腹を括り、意思決定していくことが必要不可欠だ。ただし、根拠もなく、好き勝手にそれを行うのでは、結果は期待できない。そこで必要となるのが“思考の軸”であると、入山氏は語った。 「世界の経営理論をまとめた『世界標準の経営理論』は、不確実な時代を生き抜いていくための“思考の軸”となるものです。そして、その軸となる理論は、業界ごとに異なる文化や言語を抽象化し、さまざまな分野のビジネスパーソンが議論を闘わせるための“共通言語”にもなるのです」 現代のビジネス環境において、持続的な成長を遂げていくためには、イノベーションを生み出し、変化をつくっていくことが求められる。この共通言語は、イノベーション創出に向けた大きな原動力になると、入山氏は強調する。 「イノベーションの本質的なメカニズムとは何か。それは、知と知の掛け合わせです。ただ、現在の企業には、その源泉である知が枯渇しつつあります。だからこそ“共通言語”を用いて、越境するんです。異なる業種の多様な人材が集い、互いの知をぶつけ合う知的コンバットを行う。そうすることで、新たな知と知の掛け合わせが生まれていきます。ゼロから何かを生み出すことは、極めて難しいですからね」
近年、「両利きの経営」の重要性が叫ばれている。その実践に向けて、入山氏が「三大理論」に挙げているのが、「センスメイキング理論」「知の探索・知の深化の理論」、そして、野中郁次郎氏が提唱する「知識創造理論」だ。
「企業や行政が目指す未来に腹落ちして、知の探索と深化を両立する。そして、暗黙知を形式知に変えていく。そのサイクルをぐるぐる回していけば、イノベーションが実現し、新しい文脈が生まれていくことになります。“共通言語”を駆使し、地域や分野を越境し、議論する知的コンバットは必要不可欠なもの。熱く語り合い、時にぶつかり、共感し合いながら、共に新たな知を手に入れる。『世界標準の経営理論』が、そして今回のプロジェクトが、皆さんの思考をスパークさせ、未来をつくる第一歩になってくれるでしょう」
総括
講演終了後には、三者による総括が行われた。経営理論は、私たちの「どのように=How」「いつ=When」「なぜ=Why」に応えてくれるものだ。そして、それらは、一人ひとりが考え、正解のない世界で決断を下すうえでの軸になってくれる。大塚氏、入山氏、林は、それぞれにこのプロジェクトの意義と、今後への期待を語った。
「私自身、『世界標準の経営理論』を“共通言語”に、さまざまな分野の方と議論してきた経験があります。現場の常識や言語を抽象化し、各分野の課題や取り組みについて議論していると、健全な自己否定が生まれ、新たな知を発見することができるんです。“共通言語”で語り合えるからこそ、『特殊な課題に見えるが、実はこういうことなんだ』『そうした課題は、自分の会社でも起きているな』と思えるし、自らが抱えていた課題の解決に向けたヒントにもなる。あらゆる壁を越境した知的コンバットはとにかく熱く、面白いものです。私は、この新たな知のうねりに、多くの仲間を迎えたいと考えています。そして、皆さんがこのムーブメントを拡大してくれる、エバンジェリストになってくれることを期待しています」(林)
「この30年を振り返ると、驚くほどの変化があったことに気づきます。これからの30年はそれを遙かに凌駕する変化が訪れることでしょう。未来を予測することは難しい。だからこそ、『自分たちがどうしたいのか』を考えてもらうことが出発点になるのだと思います。これまでの成功や過去の慣習にとらわれることなく、考え、動く。そのためのきっかけをつくることが私たちのすべきことなのだと確信しています。私が会長を務めている伊予銀行でも、知の深化としてシンガポールへの事業拡大を行い、知の探索としてデジタルトランスフォーメーションに取り組んでいます。覚悟を持ち、工夫を続けていく。その意志をさらに強くしたところです。今日のイベントには、多くの若手が参加してくれました。彼らにとっても気合が入ったのでは。越境し、いろいろな人と知的コンバットを繰り広げることで、新たな行動が生まれていくのではと期待しています。変化の時代を“地方のチャンス”に変えていきたいですね」(大塚氏)
「現在、コロナ禍が収束しつつあるアメリカでは、若手を中心に『出社を強要するなら辞める』という人が増えているそうです。この流れは元には戻りません。日本の地方から海外の人材を採用し、海外から仕事をする、といったケースが生まれてもおかしくないんです。地方と海外が直接つながり、海外のIT人材と協働する。そんな未来もあるはず。ましてや、松山(愛媛県)は誰もが行ってみたい場所。ポテンシャルは大きいと思います。そして、最後に申し上げたいのは、失敗を恐れない風土・評価制度をつくることの重要性です。日本企業は、いまだに失敗できない仕組みにとらわれています。実は、スティーブ・ジョブズも、ジェフ・ベゾスも失敗王なんです。数えきれないほどの失敗をして、そこから、たまたまiPhoneやAWS(アマゾン・ウェブ・サービス)が大当たりした。失敗を恐れない環境を実現して、『こういう未来をつくっていこう』という目的に腹落ちする。センスメイキングは、変革に向けた1丁目1番地なのですから」(入山氏)