「世界標準の経営理論・実践編〜越境知的コンバット〜」イベントREPORT
2022年6月、東京・青山の(株)ダイヤモンド社にて「世界標準の経営理論・実践編 〜越境知的コンバット〜」が開催された。過去2回、オンラインにて開催され、大好評を博したイベントが初のリアル開催を迎えた。11万部を超えるベストセラー、入山章栄氏の著書『世界標準の経営理論』を共通言語とし、さまざまな組織に所属する参加者が越境して議論する、熱気に包まれたイベントの模様をリポートする。
※主催:松山商工会議所/株式会社リンクアンドモチベーション
主催者挨拶
株式会社リンクアンドモチベーション モチベーションエンジニアリング研究所 上席研究員 林 幸弘
イベントの開会にあたり、主催者を代表して、本イベントの企画・発起人である林がイベント開催のきっかけと背景を語った。
もともとこのイベントの始まりというのは、入山教授の著書『世界標準の経営理論』との出合いでした。この本に書かれている内容に感銘を受けて、読み進めていくわけですが、800ページを超える大作ということで、なかなか読み応えがある。そこで、松山商工会議所の中矢斉事務局長に声をかけて、オンラインで読書会をしませんか、と。それぞれが知人に声をかけ、東京・神戸・静岡・松山などからオンラインで集まり、1章ずつ読み解いていく、という活動をしていました。その中で、特に心に残ったこと、学びになったことをそれぞれの実務に活かし、またその結果を報告し合うという活動でした。やればやるほど、磨きがかかっていく感覚があり、それを入山教授にお伝えした次第です。だったらもっと大規模にやってみようということで、2021年の10月にはオンラインで1,000名を超える方に参加いただいたり、今度はもっと少人数で深くやってみようということで実施したり……。参加者の中には、経営者や大企業の経営企画・商品企画・営業や人事、そして大学生もいらっしゃいました。さまざまな業界・ジャンルの方が集まって議論することで、新たな視点を発見できるということが実感できたイベントでした。コロナ禍という厳しい環境ではありましたが、だからこそオンラインで集まれたのだとも思います。
今、ちょうど新型コロナウイルスの感染拡大が落ち着いているというタイミングでもあり(※2022年6月時点)、満を持してリアルで集まって議論しよう、というのが今回のイベントのきっかけです。感染予防対策には万全を期しながら、本日のイベントを進めていこうと思っています。『世界標準の経営理論』を共通言語として、対話のきっかけとして、議論を深めていく。日本各地から集ってくださった皆さんと一緒に、日本を盛り上げていきたいと思いますし、いずれは日本を飛び出して世界という舞台でも、こんなイベントを実施していきたいと思っています。今日は皆さん、ぜひよろしくお願いいたします。
基調講演
早稲田大学大学院教授・早稲田大学ビジネススクール教授 入山 章栄氏
冒頭、入山氏は『世界標準の経営理論』という本を書かれた経緯に触れた。「私が著書1冊目の『世界の経営学者はいま何を考えているのか』を出版した際に、当時の『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』の編集長から連絡があり、経営理論について連載をしてくれないか、というご依頼をいただいたんです。これまで経営理論についての教科書というのは存在しませんでした。MBAの教科書があるじゃないか、という意見があると思うのですが、多くの場合が戦略やM&Aといった事象の話なんです。人間の本質的な行動メカニズムに基づいて、人や組織はどう動くのかということを考える経営理論についてまとめられた本は存在しなかったのです」。
入山氏が『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』で歴代最長となる44回の連載をまとめた『世界標準の経営理論』は、800ページ超というボリュームにもかかわらず、ベストセラーとなった。そうした中で、入山氏には感じるところがあったという。「とはいえ、自分は学者であり、書籍にまとめてあるものは理論。ビジネスの第一線で活躍されている人たちが何を感じるか知りたいし、書籍にまとめた理論をもとに議論をすることで新しい価値が生まれるのではないか」と。実際に、さまざまな業界で働くビジネスパーソンが集まり、『世界標準の経営理論』をもとに議論する場を設けたところ、想像を超える熱量が生まれた。「ベンチャー企業経営者もいれば、大手自動車メーカーのマーケティング部長も、大学生もいる。多種多様な方々が共通言語を持って対話をすることで、議論が深まっていく。知的コンバットのコミュニティがどんどん生まれていきました。今日も、まさにそういう場になっていくと思います」。
入山氏は、現代を「正解がない時代」と語る。「変化が激しく、複雑な時代。正解がない中で、社会でリーダーシップをとる人は、意思決定だけはしなければいけない。決めないといけない。悩んで悩んで、最後は腹を括って決めて、決めたら説明してやり抜く。それがリーダーシップ」「意思決定力が高い人というのは、意思決定の場数を踏んできた人。例えば、スタートアップの経営者なら、1日3回は大きな意思決定をしている。経営・営業・人事、さまざまなシーンで意思決定をしている。1年で1,000回、5年で5,000回。安定した組織にいたら、安定しているからこそ、意思決定をする機会がない。ビジネススクールも理論を学ぶことはできるけれど、意思決定をして実行することはできない。だからこそ、こういう場で知らない世界と交わり、越境し、それぞれの現場で意思決定をすることが大切」。参加者の議論が始まる前に、あらためて入山氏は「経営理論の中に正解はない。思考の軸として活用してもらえれば」と伝えた。正解がない時代だからこそ、思考して意思決定をする。入山氏から参加者へ、「越境知的コンバット」に向けたエールが送られた。
グループディスカッション
グループディスカッションは2つのステップで進んだ。ステップ1で『世界標準の経営理論』にまとめられた32の経営理論の中から、自分に刺さった理論を1〜2つグループメンバーに紹介する。なぜ刺さったのかという理由を自身のキャリアや所属する組織の状況を踏まえて説明する。ステップ2では、その状況に対してどんなアクションをとっていけばいいのかを発表し議論する。
会場では入山氏のファシリテーションのもと、グループごとに議論された内容が発表され、参加者全員が質問し、議論を深めるという場になった。
・グループメンバーそれぞれの企業の提供価値とは何か
・リモートワークをSECIモデル(※)で分析
・金融機関で起きるセクショナリズムをどうすれば乗り越えていけるのか など
※SECI(セキ)モデル:個人が蓄積した知識や経験(暗黙知)を組織全体で共有して形式知化し、新たな発見を得るためのプロセスのこと
グループの発表に対して、会場からいくつもの質問が飛び交う。質問を通じて、議論が深まっていく。「センスメイキング理論をもとに考えると」「知の探索・知の深化の理論で語られるように」という共通言語のもと、さまざまな組織の課題が越境し、抽象化され、知と知の掛け合わせが生まれていった。
【最後に】立場や地域を超えた共通言語
熱気に満ちたグループディスカッションを終え、最後に、入山氏から当初の予定にはなかった理論の紹介が参加者にプレゼントされた。「みなさんがめちゃくちゃ盛り上がってくださって、すばらしい議論を交わしてくれました。予定していなかったのですが、せっかくなので、私が最近大事だと思っている考え方を紹介したいと思います。もし『世界標準の経営理論』の改訂版を出すことになったら追加しようと思っているものです」
「それは”経路依存性”というものです。組織は複雑で、さまざまな要素が噛み合っている。それなりにうまく噛み合っているからこそ、うまくいっているとも言える。その中でどこか1つだけを時代に合わないから変えようとしても、変えられない。それが経路依存性です。ダイバーシティでもDXでも、その一部だけ変えようとしてもうまく変わっていかない。今日の皆さんの議論の中にもそんなお話がいくつも出てきたと思います。これを変えるにはあれも変えないとね、という視点で意見交換されていたと思いますが、まさにそれが経路依存性です。ぜひ皆さん、新たな思考の軸の一つとして、加えておいていただければと思います」
イベント終了後、入山氏にイベントの盛り上がりについての感想を求めた。「大変盛り上がって、いい場だったと感じています。ただ、実は毎回これくらい盛り上がるんです。それは、共通言語を持っているということ、そして非常に心理的安全性の高いコミュニティだから実現できているのだと思います。こういう場が日本全国いろいろなところで盛り上がってくれれば、と思っています」と笑顔で語った。
本イベントを企画した林は、自らの想いを含め次のように総括した。
「『世界標準の経営理論』は、業界や立場、年齢、地域を超えた共通言語になると思います。今回のイベントでは、社会課題の解決に向けた、既存組織の枠組みを超えたソーシャルキャピタルの可能性を感じました。また、地域課題の解決に向けて、実は、さらなるスピンオフ企画が決まっており、自発的に組織が立ち上がる魅力もあります。今後も『世界標準の経営理論×越境知的コンバット』を通じて、日本で働くことをもっとエキサイティングな社会にしていきたいですね」