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違うこと”を楽しみ“日本流”を表現する力を

“違うこと”を楽しみ“日本流”を表現する力を

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  • 吉田 博一

    吉田 博一HIROKAZU YOSHIDA
    パナソニック株式会社
    アプライアンス社 常務 海外マーケティング本部 本部長

    1986年、松下電器貿易株式会社(現パナソニック株式会社)に入社。ラテンアメリカ松下電器株式会社出向、パナソニックペルー株式会社出向社長・(兼)パナソニックチリ有限会社出向社長、パナソニックブラジル有限会社出向副社長を歴任。その後、パナソニック株式会社 AVCネットワークス社海外コンシューマーマーケティングセンターコミュニケーショングループグループマネージャーを経て、2014年よりパナソニック株式会社アプライアンス社海外マーケティング本部AVCマーケティングセンター所長へ。2020年4月、同社常務・(兼)海外マーケティング本部本部長となる。

  • 林 幸弘

    林 幸弘YUKIHIRO HAYASHI
    株式会社リンクアンドモチベーション
    モチベーションエンジニアリング研究所 上席研究員
    「THE MEANING OF WORK」編集長

    早稲田大学政治経済学部卒業。2004年、株式会社リンクアンドモチベーション入社。組織変革コンサルティングに従事。早稲田大学トランスナショナルHRM研究所の招聘研究員として、日本で働く外国籍従業員のエンゲージメントやマネジメントなどについて研究。現在は、リンクアンドモチベーション内のR&Dに従事。経営と現場をつなぐ「知の創造」を行い、世の中に新しい文脈づくりを模索している。

グローバルにおける競争力を高めるためには何が必要なのか。グローバルで活躍する人材に求められることは何なのか。20年以上にわたり、パナソニックの中南米ビジネスを牽引してきた経験を持つ、アプライアンス社・常務 海外マーケティング本部長の吉田博一氏に伺った。


生きて帰ってこい。赴任先はまさかの中南米。

生きて帰ってこい。赴任先はまさかの中南米。
林 幸弘

長らく海外で活躍されていた吉田さんのお話を伺い、日本企業のグローバルにおける競争力を高めるヒントを模索していきたいと思います。まずは、吉田さんがどのようなキャリアを歩んでこられたかをお聞かせください。

吉田 博一
吉田

1986年、当時の松下電器貿易(株)に入社しました。いわゆるメーカー商社で、グループの海外販売のほとんどを任されている会社でしたね。もともと私は、海外のスポーツや音楽、映画が大好きだったので、海外で働きたいという想いが強かったんです。松下電器に入社しても東京と大阪にしか拠点がないけれど、ここなら世界各地に販売会社を持っている。「こんなにいい会社はない!」と思っていましたね。

林 幸弘

海外で働く。明確な意志をお持ちでの選択だったのですね。

吉田 博一
吉田

そうですね。大学時代にスペイン語を専攻していたこともあって、私の頭はスペインのことでいっぱいでした。けれど、初の赴任先はパナマ。それから20年近くの間、中南米を回り、チリ、ブラジルと各拠点でのマネジメントを任されることになります。当時はまだ、海外で働くことが当たり前ではない時代。中南米って、自分たちの地図にはないわけですよ。しかも、出向時は一従業員。何の肩書きも与えられなかった。当時の上司からは「生きて帰ってこいよ」なんて言われたくらいです(笑)。

林 幸弘

今でこそイメージはわきますが、当時はなかなか、どのように生活し働いていくのか想像できないですよね。

吉田 博一
吉田

“何でも起こりうる世界”なんですよね。先が見えない中で、予測できないようなことが普通に起こる。不確実性の中で仕事をしていた気がします。例えば、為替。日本国内で暮らしていれば、ガソリン代を少し気にするくらいですよね。ところが、中南米の場合、ひと月の間に100%のインフレが起きたりする。すると、100円の商品が200円になるわけですよ。

林 幸弘

想像もできませんね。すごい世界です。

吉田 博一
吉田

大統領が変われば、政策がガラリと変わるし、イリーガルなことも多い。だから、政治や経済の仕組み、社会情勢に関心がなければ、中南米でビジネスはできないんです。特に肌身に染みたのは、お金の大切さですね。製品を売ることよりも、お金を回収することのほうが難しかったですから。さらに、先ほどお話した金利次第では、何もせず、銀行にお金を預けておいた方が儲かるケースもあった。5%の赤字の値段で製品を売り、お金に替える。そんな策をとることもありましたよ。

郷に入っては郷に従え。人生をエンジョイ?

郷に入っては郷に従え。人生をエンジョイ?
林 幸弘

異文化で暮らし、価値観の違う人たちと共に働いていたわけですが、人や文化に関して印象的なエピソードはありますか?

吉田 博一
吉田

そもそも海外へ行くのだから、違いがあるのは当たり前なんですよ。日本ではこうだからとか、くだらないことを言っていたら仕事にならない。郷に入っては郷に従え。そんな感じでしたね。現地の言葉をしゃべって、現地にあるものを食べ、その土地の暮らしをする。そして、自らローカルメンバーと一緒になって製品を売って回る。それしかなかったですよ。今なら日本の生活様式をそのまま持っていくこともできるだろうけど、当時は携帯電話もなければ、パソコンもない。テレビではNHKすら映らないのですから。

林 幸弘

現地の人と同じように暮らし、コミュニティーの一員となっていたんですね。

吉田 博一
吉田

当時の従業員は貧しい人たちが多くて、月給は400ドルほど。でもね、貧しくてもみんな楽しく暮らしているんですよ。人生エンジョイ型とでも言うんでしょうか。そのラテン気質に、私自身もハマっていきました。大音量で音楽を流して踊ったり、みんなで遊びに行ったりしましてね。人生を楽しんでいる、だから、自殺なんて一切考えない。社会に目を向けると、生活に困窮し、モノやお金を盗むみたいなことは当たり前に発生していました。でも、彼らと語らい、その状況を知ると、そうなるのも仕方ないと感じるんです。机の上にお金が置いてあれば、それは盗るだろうな、と。不正がないようにしようとするなら、同じ言葉を話して、同じ土俵に立たないといけません。日本から赴任した当社の従業員は、経理であっても、誰であってもそうしていました。こうしたやり方をする企業は非常に珍しかったと思いますよ。中南米はアメリカの影響が強く、多くのアメリカ企業が拠点を置いていましたが、経営者たちは指示を出すことはあっても、スペイン語を話したり、同じ暮らしをしたりすることはありませんでしたからね。

林 幸弘

なかなか日本のやり方や常識を捨てきれない人も多いようですが、本来、そうあるべきなんですよね。

吉田 博一
吉田

そもそも、仕事のためにそうしているわけではないんですよ。私自身、どれほど残業しようと、楽しくなければダメなタイプでしたから。違うからこそ楽しい。大切なのは、いかに楽しめるかですよ。衛生的でないとか、時間にルーズだとか、一つひとつの違いや習慣を受け入れなければ、マネジメントなんてできません。そうした違いを受け入れる力は、本来、日本人の強みだと思うんですけどね。

林 幸弘

そう思われるのは、なぜですか?

吉田 博一
吉田

島国で自然災害が多く、四季もあるからですかね。厳しい災害に立ち向かい、季節が移り変わるたびに衣服や食べ物も変わる。適応する力がある。これって実はすごいことをやっているんですよ。一年中あたたかくて、同じ服を着ている国だってありますからね。

林 幸弘

言われてみると納得ですね。ただ、日本国内で暮らしているとなかなか意識できないことでもあります。

吉田 博一
吉田

日本人は諸外国のいいところを見つけて、取り入れ、改善するのは得意だけれど、自分たちの良さを知らないですよね。ブラジルやペルーには、日本からの移民に関する資料館がありますが、その適応力のすごさを感じることができますよ。長い航海の先にたどり着いた荒地で、勤勉に働き、作物を育てた。努力してお金を貯めて成功し、国会議員や企業の幹部になった日系人もいる。海外で働き続けているからこそ、気づける良さもあるんです。

チリで販売会社を設立。いつも従業員の真ん中に。

チリで販売会社を設立。いつも従業員の真ん中に。
林 幸弘

吉田さんは40代に差しかかるタイミングで、チリの販売会社の立ち上げと経営を任されています。この経験は、非常に大きなチャレンジだったのではないでしょうか。

吉田 博一
吉田

それ以前は、現地の販売代理店に任せていたのですが、パートナーシップを解消するというので、新たに販売会社を設立することになりました。労働ビザも何もない状況で、急に話が決まりましてね。適当に荷物を詰め込んで、チリへ向かいました。メンバーは実質、私一人。経理担当もいなければ、現地の勝手もわからない。納税者番号を取得していなかったので、住む家も借りられないし、銀行口座もつくられない。ホテル暮らしをしながら、諸々の手続きを行い、人を雇い、事務所を借り……。私のキャリアで最も過酷な時期でした。

林 幸弘

まさに、裸一貫といったスタートだったのですね。経営者としてどのようなことを意識していたのですか?

吉田 博一
吉田

トップマネジメントの大きな役割は、「発信すること」です。トップはみんなに見られていますから、ある意味でその役を演じることが必要になります。さらに、日本では一定の理解と安心が社内にあるけれど、海外はそうではありません。だから、いつもみんなの真ん中にいましたよ。事務所には社長室もありましたが、一切、使ったことはありません。オフィスの真ん中に座り、疑問があれば気軽に聞くことのできる関係性を築き、わかってもらえるまで話す。とにかく、コミュニケーションを大事にしていました。

林 幸弘

上から指示するスタンスではなく、トップマネジメントがみんなの真ん中にいる。すごいことですよね。

吉田 博一
吉田

市場が厳しかったこともあって、そう簡単に利益を出せない。そうした苦しい日々を共に過ごしていましたから、とにかく腹を割って、何でも話しましたね。「利益が伸びないのは、私の不徳のいたすところ。これだけしか給料を払えません」みたいな。これは、もう日本的なスタイルだとは思いますが。けれど、みんな、理解してくれましたし、組織に絆みたいなものが生まれていましたね。やるべきことが山積して正月も日本に帰れなかったのですが、彼らは「吉田さんに悪いから」なんてパーティーに招待してくれるんですよ。そこには家族はもちろん、親戚や友人もたくさん集まってきましてね。もう家族みたいな存在になっていました。

林 幸弘

そうした会社の魅力は、日本企業ならではですよね。パナソニックの存在感は現地でも一目置かれていたのではないでしょうか。

吉田 博一
吉田

品質の良さはもちろんのこと、経営哲学があって、日本人が現地に入り込んで、勤勉に働く。「日本の真面目な会社」という印象だったんじゃないですかね。特に現地から注目されていたのは、「教育をする」ことだと思います。中南米の会社では、部下を教育すると自分のポジションが危なくなるので、そんなことはしないんですよ。学びたい人は自分でアクションを起こし、MBAを取得して他の企業でマネジャーになるようなケースが多い。だから、パナソニックは「いい学校」だなんて評判も立っていたほどです。当時は「パナソニックにいる人材を採用すれば、問題ない」みたいな風潮があり、多くのローカル人材が新興メーカーに引き抜かれました。今は給与体系も見直され、そんなことも少なくなったようですが。

林 幸弘

複雑ですよね。教育を放棄するわけにもいかないですし、「武士は食わねど高楊枝」ではないですが、そこは耐えるしかないのでしょうか。

吉田 博一
吉田

「社会の公器」ではないですが、それが美徳だったんでしょうね。こちらとしても、人と人で向き合っていますから。彼らが多額の報酬とベンツをもらえる、それで幸せになれるというなら、「頑張れ」としか言えませんよね(笑)。ただ、引き抜かれた人材もパナソニックを嫌いになったわけではないんですよ。その後も関係は続いていたし、中には戻ってきてくれた人材もいます。

日本人だからこそ、できることがある。

日本人だからこそ、できることがある。
林 幸弘

その国の文化や生活に溶け込みながら、日本企業の魅力や経営の良さを発揮していく。グローバルビジネスを展開していくうえで、とても重要なことですね。

吉田 博一
吉田

創業から受け継がれるパナソニックの理念って、何か特別なことではなく、人として当たり前のことなんですよ。「雨が降れば、傘をさす」ではありませんが、現地の従業員からしても違和感はなかったと思います。パナソニックの経営理念や企業精神に深く共感してくれていましたから。チリの販売会社の朝会では、スペイン語で「7つの精神※」を復唱していましたし、コスタリカの工場では社歌を訳して歌っていたくらいです。本社から遠く離れた中南米でも、多様な人材が集っていても、まさに日本の会社であったと思いますね。

※パナソニックの創業者・松下幸之助が掲げた7つの「松下電器が遵奉すべき精神」

林 幸弘

日本流の考え方や文化がグローバルにおける競争力になる。私はそう確信しています。吉田さんは、日本流の良さはどういう点にあるとお考えですか?

吉田 博一
吉田

グローバルにおける新たなスタンダートをつくるとか、本質的なイノベーションという意味では、ヨーロッパやアメリカには及ばないかもしれません。でも、他者の話を素直に聞き、いいところを取り入れて適応・改良していく力はすごいものがあると思っています。日本に帰ってきてびっくりしたのは、100円のおにぎりがこんなにもおいしくなっていること。そして、100円の発泡酒が改良を続け、毎年のように新商品が登場していること。他の国なら、こんなことはできませんし、しようとも思わないでしょう。

林 幸弘

適応力。そして、改良する力。確かにそのとおりですね。日本で当たり前のように暮らしていると、そのすごさには気づけません。

吉田 博一
吉田

日本ならではの魅力を活かせるビジネス・商品・サービスで勝負するべきなんですよね。やはり、向き不向きというのはあるのですから。例えば、ブラジルには豊富な資源と魅力的な市場がありますが、彼らが世界経済の頂点に立てるかというと、立てないんです。なぜか。世界の覇権を握ることと、ラテンの極致とも言える、人生をエンジョイする気質という彼らの素晴らしさが、まったく真逆のものだからです。みんなが同じ価値観になれば、多様性は失われ、モノトーンの世界になってしまう。それではおもしろくも何ともないでしょう? だからこそ“らしさ”を大切にすることが大事なんです。デザインなどでも、欧米のトレンドに飽きて、ブラジル独特のデザインや配色の世界にハマっていく人がたくさんいる。世界の潮流に合わせることがすべてではない。私はそう考えています。

林 幸弘

まさに多様性の時代、ということなのですね。

吉田 博一
吉田

そうですね。アリババグループが成長しているからといって、それと同じになる必要はない。Google社やAmazon社にもなれない。日本だからこそ、できること。日本だからこそ、なれるものってあるんじゃないかと。今は、そうしたものが通る時代なのですから。南米のサッカー選手って、その顕著な例ですよね。組織力が重視されるヨーロッパのリーグにおいても、類稀な存在感を発揮し、競技のレベルや魅力を一段階押し上げているでしょう。

林 幸弘

南米といえば、サッカーですね。パナソニックは2010年3月からブラジルのネイマールJr.選手と広告出演契約を結んでいますが、吉田さんは、ここに深く関わられたそうですね。

吉田 博一
吉田

撮影中に彼と話す機会もあったのですが、「常に人と違うことをする。違うことを考える訓練をしている」というんですよ。彼のプレーはとても創造的で、見る者の想像を簡単に超えてきます。相手へのリスペクトに欠けると指摘されることもありますが、これが個性であり、多様性。そして、そのプレーに、賞賛と喝采を送るのがブラジルなんです。最近はワールドカップで優勝できていないけれど、ドイツやフランスのようになってほしいと思っている人は、ほとんどいないでしょうね。

「表現力」を磨き、世界で戦う気概を。

「表現力」を磨き、世界で戦う気概を。
林 幸弘

多様な文化と価値観を受け入れ、現地に溶け込み、日本の魅力で勝負する。とても大切なことだと思います。次は、個にスポットを当てて、お話を伺いたいと思います。海外で活躍するビジネスパーソンに不可欠なものは何だとお考えですか?

吉田 博一
吉田

大前提となるのは「世界で戦う気概」を持つこと。そして、自らを「表現する力」を磨くことだと思っています。プロ野球の大谷翔平選手、そして海外の主要リーグで活躍するサッカー選手たち……。プロスポーツの世界では、多くのアスリートが海外のトップにチャレンジしていますが、彼らの言動やプレーから、共通して2つの力を感じることができます。ビジネスも同じです。自らの魅力・良さを知り、表現していかなければ、勝負することができないんです。“沈黙は金”などといわれますが、今はそれではいけない。質問しない、発信もしない、議論も交わさないでは何も始まらないのですから。

林 幸弘

「表現力」ですか。確かに日本人は下手ですね。

吉田 博一
吉田

自分の悪いところに真摯に向き合って、改善していくことはできるのだけれど、自分のよさがわからない。自信を持って話すことができない。ここは大きな課題ですよね。だからこそ、多様なバックボーンや視点を持った組織をつくること、さまざまな人と触れ合うことが大事なんですよ。今はSNS社会。使い方次第だとは思いますが、気の合わない人と接したくないと思えば、それで済んでしまうでしょう? 外から見れば、自ずとわかることも、気づけることもあります。ビジネスにおけるチームメイキングも然りですよね。みんなが同じ価値観を持ったチームは確かにマネジメントしやすいけれど、新しい何かが生まれることもないし、何よりおもしろくない。違うからこそ楽しいし、強いチームになれる。これは間違いないと思います。

林 幸弘

吉田さんがおっしゃると説得力が違いますね。グローバルでのご経験があるからこそ、だと思います。では、グローバルでの競争力を高めるうえで、リーダーの存在が必要不可欠です。そのためには、どのような人材育成が求められるとお考えでしょう。

吉田 博一
吉田

責任を持たせて、勝負させる。大切なのは「場数」だと思います。トップマネジメントの仕事は、発信することだと言いましたが、当然、そこには反発も生じるわけです。困難にぶちあたって、考えて、発信して、反発を受けて、議論を交わし、乗り越えていく。そうすることで初めて、人は大きく育つのではないでしょうか。違いを楽しむこと。自らの魅力を理解し、表現し続けること。とにかく、若い人には、いろいろなことを経験してほしいですね。

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