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自然科学で読み解く
組織変革エネルギー

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  • 岩本 隆

    岩本 隆TAKASHI IWAMOTO
    慶應義塾大学大学院 経営管理研究科 講師

    東京大学工学部金属工学科卒業。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)大学院応用理工学研究科マテリアル理工学専攻Ph.D.。日本モトローラ(株)、日本ルーセント・テクノロジー(株)、ノキア・ジャパン(株)、(株)ドリームインキュベータを経て、2012年6月より大学教員。

  • 林 幸弘

    林 幸弘YUKIHIRO HAYASHI
    (株)リンクアンドモチベーション
    モチベーションエンジニアリング研究所 上席研究員
    「THE MEANING OF WORK」編集長

    早稲田大学政治経済学部卒業。2004年、(株)リンクアンドモチベーション入社。組織変革コンサルティングに従事。早稲田大学トランスナショナルHRM研究所の招聘研究員として、日本で働く外国籍従業員のエンゲージメントやマネジメントなどについて研究。現在は、リンクアンドモチベーション内のR&Dに従事。経営と現場をつなぐ「知の創造」を行い、世の中に新しい文脈づくりを模索している。

物質は安定した状態のままでは大きな変化は起こらない。それが、自然科学の世界における摂理だ。別の状態へ移るためには、いったん、不安定な状態を通過しなければならない。もしかすると、自然科学における「遷移状態理論」から、人や組織の変革を捉えることで、組織変革のヒントが得られるのではないだろうか。自然科学から経営・人的資本・組織変革へと「知の越境」を経験した岩本隆氏と共に「組織変革エネルギー」を自然科学の視点から読み解いていく。


不安定は「悪」か?科学から組織を考える。

不安定は「悪」か?科学から組織を考える。
林 幸弘

「組織状態が不安定であることは、本当に悪なのか?」。私がこのような問いを抱くきっかけをくれたのは、あるメーカーの人事部長でした。その方は、もともとエンジニアで、人事領域へ越境されたのですが、「自然科学の世界において、“安定したまま”では何も変化は起きない。組織も同じではないか」と機会をいただきました。先生はもともと自然科学を専攻されていたそうですね。

岩本 隆
岩本

現在は人や組織変革を専門にしていますが、もともとの専門はマテリアルサイエンスでした。ガラスの研究室に所属し、そこで博士号(Ph.D.)を取得しています。原子レベルの構造が、いかに組成されているかの理論を勉強しました。どの原子とどの原子がつながって、周囲の電子がどうなっているか。新しい材料をつくって、その構造を調べ、その特性や関係性を論文にする日々を過ごしていました。

林 幸弘

そこから、なぜ、現在の専門に変化していったのでしょうか。

岩本 隆
岩本

外資系メーカーでの経験が大きかったですね。当時は、通信・エレクトロニクス業界の激動期。私自身、外資系グローバル企業3社で働きましたが、それぞれの会社で業績のピークからの急降下を経験しました。経営の都合で研究テーマを変えられたり、研究所そのものがなくなってしまったり……。エンジニアの悲哀のようなものを感じ、「エンジニアが経営に参画しないとエンジニアが不幸になる」という結論に至りました。キャリアをマネジメントにシフトしたのは、それからですね。もし、私のキャリアが順風満帆なものであったなら、今もエンジニアをしていたような気がします。

サイエンスから学ぶ組織変革のプロセス。

サイエンスから学ぶ組織変革のプロセス。
岩本 隆
岩本

林さんに示唆をくれた人事部長が話していたのは、化学の世界でいうところの「遷移状態理論(Transition State Theory)」ですね。物質は安定している限り、そのままでは変化しない。物質が別の状態へ変化するためには、エネルギーを注ぎ、“不安定な状態”を通過する必要があるというものです。例えば、水を沸騰させるのに熱が必要であるように、あらゆる化学反応には活性化エネルギーが必要であり、「安定→不安定→新たな安定」というプロセスを経て、物質は変化することになります。

林 幸弘

組織を変革しようとすると、さまざまな反発や想定外の障壁が発生し、苦しい状態に陥ってしまうことがあります。その状態は、「遷移状態理論」でいう不安定な状況であり、新たな安定へのプロセスだと言えるのかもしれません。

岩本 隆
岩本

新しい価値を創造する組織への変革を「化学変化」に例えるなら、人は原子のような存在になるでしょうね。これまでの関係性や常識を振り切って、異なる原子と原子を結合させる。そして、今までにない特性を発揮してもらう。ずっと同じビジネスをやっていくだけなら、これまでと同じ原子間の構造でもいいけれど、イノベーションを起こすためには、化学反応を起こさなくてはなりません。

林 幸弘

原子の関係性を考慮し、切断と結合によって化学変化を起こす。人材・組織の世界でも、思いどおりにはいかないものです。例えば、3年ごとにジョブローテーションを行うなどした場合に、上司との相性や環境が変化しただけで、急にパフォーマンスが上がったり、上司との相性で成果を出せなくなったりするケースもあるくらいですから。組織変革における活性化エネルギーは、危機感、パーパス、対話、新しい視点、リーダーシップ、外部環境変化などになるのでしょうが、それらがよほど大きくないと変革は成し遂げられません。

岩本 隆
岩本

組織変革にかかるエネルギーが大きくなればなるほど、途中で頓挫してしまうおそれも大きくなる。そこで、成功のカギを握るのが、より少ない活性化エネルギーで化学反応を成立させる「触媒」の存在だと思っているんです。

変革のハードルは「触媒」が下げる。

変革のハードルは「触媒」が下げる。
岩本 隆
岩本

触媒は、化学反応において必要な活性化エネルギーを低下させることで、反応速度を高める物質のことです。例えば、銀などは、原子と原子を結合させる媒介となっている電子の移動をスムーズにすることで、変化へのハードルを下げてくれる働きをしています。組織変革においても、ハードルを下げる「見えない促進要因」は存在します。DEIを高めるアクションや、DX人材のような存在はその象徴的な存在だと言えるでしょう。

林 幸弘

リンクアンドモチベーションでは、組織変革のコンサルティングを行う際に、経営トップの意図を汲み、経営陣と社員をつなぐ結節点となる「モチベーションマネジャー」をつくりましょうといった提案をすることがありますが、それも一種の「触媒」なのかもしれません。

岩本 隆
岩本

そう思います。イノベーションを実現するうえで、複数の異なる専門分野で深い知識やスキルを持ち、それらをつなぐ幅広い視野や総合的な知見を兼ね備えた「π(パイ)型人材」の重要性が叫ばれていますが、その存在も触媒的な役割を果たしていると言えるでしょう。

林 幸弘

「ウォークマン(WALKMAN)」開発におけるソニーの“ぶらぶらおじさん”は、触媒的な役割を果たす代表的な存在ですよね。明確な役割や目的を持たずに社内を歩き回り、いろいろな職場に顔を出して社内イノベーションや新規事業のアイデアを模索している。その自由な存在が媒介となって、今までつながってこなかった原子と原子が結合し、イノベーションを実現するチームが出来上がるという。

岩本 隆
岩本

各社のイノベーション事例の陰には、必ずと言っていいほど「自由に泳がせた人材」の活躍がありますよね。後は「求心力のある人材」でしょうか。よく映画の世界などでは、名監督や優れたプロデューサーに惹かれて、豪華な俳優陣や実力派のスタッフが集うというケースがあるでしょう? 尖った才能を持ったプロフェッショナルほど、「あの人となら」という想いが強いように感じます。

林 幸弘

イノベーションの最強タッグと話題になった「チャラ男・チャラ子」×「根回しおやじ」の場合は、「根回しおやじ」が触媒で、「チャラ男・チャラ子」の結びつきを強くしている感じでしょうか。制度の変更やパーパス経営、理念浸透、マネジメント・役割の変化……。組織変革の「触媒」は本当に多様です。より少ないエネルギーで変革を成し遂げるためにも、あの手この手で、触媒づくりをしていく必要があるのかもしれませんね。

人の感情を理解し不安定を乗り越える。

人の感情を理解し不安定を乗り越える。
林 幸弘

組織を変革するための活性化エネルギーが投入され続けて、組織は不安定な遷移状態になるわけですが、不安定な状態に不安を抱き、変革を諦め、もとに戻ってしまうケースも多いですよね。この苦しいフェーズを乗り越えられる企業には、どのような特徴があるのでしょうか。

岩本 隆
岩本

経営トップに、新結合のプロセスを乗り越え、イノベーションを成し遂げた経験があること。そこが大きな違いになっていると思います。私が特に重要だと考えているのは、CTO・テクノロジーを司る役員の存在です。テクノロジーを追究し、事業部門の経験を持つ人材は、新しいものへの関心が強く、ビジネスプロデューサー的な人が多いんです。「もう少し頑張ったらいける」という勘どころを押さえている人がいれば、苦しさで変革を諦めてしまうこともありません。

林 幸弘

変革には苦しい状態がつきものです。だからこそ、経験の有無が大事になってくるのですね。ただ、さまざまなお客さまの企業変革に向き合ってきた中で感じているのは、変革には「臨界点」が存在することです。長く苦しんだプロセスを経て、一気に局面が変わるというシーンを何度も目の当たりにしてきました。

岩本 隆
岩本

その点も化学反応と同じなんですよね。不安定な遷移状態を超えると、坂を転がるように、一気に安定状態に進んでいく。どこか山登りにも似ている気がします。よくある「臨界点」は、成果が出た瞬間ですよね。「この方法で間違いないんだ」とすべてのメンバーが理解し、同じベクトルで進めるようになる。それまでが、本当にしんどいのだけれど。

林 幸弘

私たちは組織の変革を手がける時に、組織に所属する人を「限定合理的な感情人」であると定義しています。企業のために必要不可欠な組織変革だと理解していても、感情として、怖さや面倒くささがあると、なかなか推進力につながりませんから。

岩本 隆
岩本

「何となく、やりたくない」「その方向に組織を持っていかれたら、居場所がなくなってしまう」みたいな気持ちですね。そもそも人間は、自分に不利な話は本能的に反対してしまうものです。

林 幸弘

今、各企業で行われている変革って、感情的に歓迎できないケースが多いように感じます。会社から「リスキリング」なんて言われても、その人にとっては、そんなに簡単にできることではありませんからね。

律速の解消と健全な不均衡。

律速の解消と健全な不均衡。
岩本 隆
岩本

もう一つ、注目しておきたいのが「律速」という概念です。もともと化学や生化学の用語でしたが、現在ではビジネスや日常の課題解決に広く使われるようになりました。Honda 先進技術研究所のコラムでも、「イノベーションのヒントは『律速』の発見と解消」だと語られています。

林 幸弘

速度を律する。つまり、一番遅くなっているところを見つけて、その問題を解消せよということでしょうか。

岩本 隆
岩本

律速の種類は2つあります。一つは「反応律速」。これは、反応そのものが遅いせいで全体の反応が遅い状態です。組織で言うなら、人と人は出会っているけれど、その反応が十分でないことを示します。もう一つは「拡散律速」。これは、化学反応自体はすぐ起こるけれど、反応物が相手のところまで「移動してくる速さ」が遅く、全体の反応が遅い状態です。組織においては、出会いが生まれていないことに問題がある状態だと言えるでしょう。

林 幸弘

日本人の変革って、だいたい律速しますよね。なぜなのでしょう。本能的なものなのでしょうか。

岩本 隆
岩本

日本人は、コンサバティブ(保守的)な気質の遺伝子を持っているんです。その主な理由は、脳の神経伝達物質「セロトニン」を運ぶ遺伝子(セロトニントランスポーター)にあります。日本人の約8割がセロトニンを分泌しにくいS型(ショート型)遺伝子を持っており、これが不安の大きな要因とされています。日本は自然災害が多い国。だから、遺伝子も慎重になっているのかもしれませんね。

林 幸弘

自然科学のメカニズムを組織の変革や自らの成長に当てはめてみると、いろいろな発見がありますね。「遷移状態」ではありませんが、リンクアンドモチベーショングループでも、「健全な不均衡」というキーワードが盛んに語られるようになりました。真の成長のためには、やみくもに動くのではなく、明確な目標を持って、意図的に「健全な不均衡」をつくり続けることが必要だ、と。

岩本 隆
岩本

プロ野球もそうですよね。阪神タイガースにしても、ロサンゼルス・ドジャースにしても、強いチームは毎年同じ「均衡した状態」では勝負していない。必ず「新しい血」を入れて「適切な不均衡」をつくり上げています。

林 幸弘

活性化エネルギーが足りないと、物質は別の状態へ変化(進化)できません。反応は途中で止まり、今の状態にとどまり続ける。これは組織変革でも同じこと。危機感やパーパス、対話、信頼などのエネルギーが不足してしまえば、人も組織も「変わらなければ」と思わなくなってしまう。変革とは、単に制度を変えることではなく、「人と組織を動かすエネルギーを生み出せるか」なのだと感じました。

岩本 隆
岩本

人間の免疫の中枢司令塔である骨髄液は、7年で入れ替わるそうです。つまり、人の脳は7年で飽きる構造になっていて、脳に刺激がないとハッピーになれないわけです。人間も動物であり、これまでのDNAを壊すことで新しい種が生まれ、それによって進化していくんです。「人間とは」「生命とは」を解き明かすことができれば、それはイノベーションに向けたこのうえないヒントになるはず。組織人事も、個人の変革も。自然科学的な目線を取り入れることで、「人間の本能」を見ていくことが大切だと思っています。

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