アートを「革新の起爆剤」に。PART2
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長谷川 一英KAZUHIDE HASEGAWA
株式会社E&K Associates
代表1990年、東京大学大学院薬学系研究科博士課程修了。協和発酵工業(株)(現 協和キリン(株))に入社、創薬研究や経営企画、企業広報などに携わる。スタンフォード大学客員研究員、ブリストル・マイヤーズ スクイブ株式会社を経て、2018年より現職。現代アートコレクターでもあり、アーティストと産業界との協業による双方の活性化に取り組む。
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林 幸弘YUKIHIRO HAYASHI
株式会社リンクアンドモチベーション
モチベーションエンジニアリング研究所 上席研究員
「THE MEANING OF WORK」編集長早稲田大学政治経済学部卒業。2004年、株式会社リンクアンドモチベーション入社。組織変革コンサルティングに従事。早稲田大学トランスナショナルHRM研究所の招聘研究員として、日本で働く外国籍従業員のエンゲージメントやマネジメントなどについて研究。現在は、リンクアンドモチベーション内のR&Dに従事。経営と現場をつなぐ「知の創造」を行い、世の中に新しい文脈づくりを模索している。
ビジネスの常識を覆し、新たな価値を生み出すための「アート思考」に注目が集まっている。異なる価値観とアイデアの化学反応は、行き詰ったビジネスに何をもたらすのか。第2回となる今回は、「Art-Driven Innovation Platform」事業として実施した、コニカミノルタ株式会社とアーティストとのコラボレーションプロジェクトに焦点を当てる。
「アート思考」は、フレームワークではない。
林
アーティストの感性や思考をビジネスに活用していく。その事例を伺う前に、「アート思考」とは何かを解き明かしていきたいと思います。 |
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長谷川
世間ではさまざまな定義がなされていると思いますが、私は、「アート思考」とはアーティストが作品を制作する時に発動される力であり、新たな価値を創り出すための基本だと捉えています。その力は大きく分けて3つ。1つ目は、社会の課題や事象を抽象化して考え、思考を飛躍させる力。2つ目は、困難を乗り越えて、自らのやりたいことをやり遂げる力。3つ目は、作品を通じて周囲や社会の共感を呼び、巻き込んでいく力です。これらは、ビジネスにおいても必要不可欠なもの。同様の力が備われば、大きなプロジェクトが結実していくと確信しています。「アート思考」をビジネスメソッドのように捉える風潮もありますが、「このとおりにすればうまくいく」という類のものではないんです。 |
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林
How toでもなければ、フレームワークでもない。土台となるものだということですね。私自身、さまざまな企業に対してコンサルティングをしていますが、「次世代経営者に求められる能力」を議論した時に、まったく同じワードが出てくるんですよ。 |
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長谷川
安宅和之さんの著書『シン・ニホン』を読んでみても、これからの人材に求められる能力について同じようなことが書かれていますよね。例えば、デジタルトランスフォーメーション(DX)って、単に業務をITで効率化することではなくて、既存の業務を何のために行っているのかを突き詰めて抜本的に変えていくことなんですが、それを実現するには先ほど挙げた「アート思考」が極めて重要になります。今は多くのビジネスパーソンが一生懸命考え抜くという機会が少なくなっています。大量生産で成長していた時代のようにマニュアルどおりに仕事して、決まった製品をつくり続けるだけでは、これからのビジネスは立ち行かない。一人ひとりが考え抜き創造性を発揮することが求められています。 |
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林
これからは「why」や「what」が問われる時代。それを突き詰めていくうえで、アートが必要不可欠な気づきを与えてくれるのかもしれませんね。 |
創造的なプロセスがかつてないビジョンに。
林
さて、ここからが本題です。「文化経済戦略推進事業」のひとつとして行われた「Art-Driven Innovation Platform」」について伺いたいのですが。 |
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長谷川
「Art-driven Innovation Platform」は、文字通り、アートの力によって産業界でのイノベーション創出を促進することです。コニカミノルタ株式会社では、Afterコロナ時代に進むべき会社の方向性や新たなビジョンを考えるプロジェクトを行っていたのですが、現代アートのアーティストが加わり議論することを提案しました。企業のプロジェクトにアーティストが参加するプロジェクトは「Artistic interventions」と呼ばれ、欧米では活発に行われているんです。 |
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林
企業の方向性やビジョン策定に、アーティストが参画する。おもしろいですね。 |
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長谷川
今回、アーティストの久門剛史さんが参加しました。プロジェクトのスタートにあたって、久門さんがこう言うわけですよ。「僕はジョーカー的な役割をすべきですね」と。企業の仕事のやり方やものの考え方に同調していては、アーティストが加わる意味がないことをわかってくれていたんです。その言葉どおり、彼が提案する手法は実にユニークでした。オンラインのディスカッションを進める中で、リモートワークの話題が出ました。コニカミノルタ株式会社のメンバーから「リモートワークになって、より忙しくなったところもある。自分の時間が増えたという感じはない」という声が上がった時、効率を求めているとなかなかアイデアが出てこないと考え、あえてデジタルではない「往復書簡」で、時間を遅らせようという提案がありました。 |
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林
往復書簡。手紙ですか? |
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長谷川
久門さんからメンバーの皆さんに作品制作の課題が郵送されてくるんですよ。刺繍やドローイング、彫刻もありました。久門さんがコニカミノルタ株式会社の事業に関係すると思ったお題が添えられています。「あなたにとっての光とは?」といった問いに対して、メンバーの皆さんは思い思いの表現をする。コンセプトを考え手を動かすことにかなりの時間を費やします。その中で、自分たちのビジネスや目指すべき方向性と向き合うことができたのではないでしょうか。 |
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林
アーティストという異なる存在がいるだけでも大きな刺激だと思いますが、制作という創作と表現の機会を設けることで、新たな発見がありそうです。 |
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長谷川
そうですね。こうしたユニークな過程や議論を踏まえて、最終的には久門さんが12枚のドローイングを制作しました。円周率をあしらい「見る」を表現した作品や、久門さんが作品を制作するときの思考法を図形で描いたものなど、感性を刺激するすばらしい作品でした。このドローイングをもとに、今後のビジョンを創るワークショップを開催したのですが、ビジネスの視点では決して出てこないような抽象度の高い、広く社会を見渡すビジョンを創出することができたと思っています。参加された皆さんが一様に手応えを感じる、満足度の高いプロジェクトになりました。 |
文化がビジネスを加速させ、世界を変える。
林
アートとビジネスの融合でイノベーションを創出する。今回の事例を伺っただけでも、長谷川さんが立ち上げたArt-Driven Innovation Platform事業には、大きな意味があると確信できます。ただ、それを形にするまでのご苦労は、並々ならぬものがあったのではないでしょうか。 |
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長谷川
前回、文化庁の堀さんが「大義がない」というお話をされていましたが、アーティストと企業のコラボレーションの実績がまだ少なく、企業の理解が十分でないことが大きな課題ですね。今回のコニカミノルタ株式会社のプロジェクトは、アートの可能性を理解している人が担当してくれたのでスムーズに話が進んだという経緯があります。 |
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林
私は長谷川さんのお話を聞いて、「アートは世界を変える力がある」と確信していますよ。地方自治体の振興や、教育の充実に向けたご相談を受けることもあるんですが、アーティストとのコラボレーションを提案してみたいと思っています。従来のやり方とは全く異なる展開がありそうです。 |
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長谷川
これまでは、ビジネスへのメリットを中心にお話ししてきましたが、アーティストの側から見てもこうしたコラボレーションは大きなメリットがあると思っています。アーティストにとっては、企業の中に入ることはなかなかないことです。企業が取り組んでいる社会課題や技術を知ることで、作品制作の幅を広げられると思います。そして、久門さんが言っていたことがあります。「企業とアーティストとでは、スピード感など違うことがいろいろあります。だけど両者とも、世界をよくしようと思って活動している、だからこのようなコラボレーションで、フラットに意見を言い合える関係を作ることが大事ですね。」と。社会貢献したいと考えているアーティストも結構います。このようなコラボレーションがあちこちで行われれば、世界が大きく変わっていくと思います。 |
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林
異なる存在が結びつくことで、世界が変わるのは素晴らしいですね。 |
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長谷川
そうですね。私は美術大学のキャリア担当者とも話す機会があるのですが、日本ではアーティストとして一本立ちすることが難しく、企業への就職も限定的になっていると言っていました。つい最近、発表されたアメリカの論文では、芸術系の学部出身の人がアントレプレナー(起業家)になる割合が、技術系の学部出身者よりも高いというのです。YoutubeやAirbnbの共同創業者も芸術系の学部を出ています。日本でも、アーティストのような思考を飛躍できる人が活躍できる場を増やしていきたいですね。 |
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林
そういう意味では、ビジネスとアートをつなぐ長谷川さんの存在が重要になりますね。 |
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長谷川
ファシリテートできる人材を増やしていくことも、私たちの課題であり、責任ですね。企業の皆さんが「今までと違うこと」に期待感を持っていただき、プラットフォームに参加していただけるよう努力していきたいと思っています。 |