資本主義の再定義 〜持続可能な経済システムとしてのサーキュラーエコノミー
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林 幸弘 Yukihiro Hayashi
モチベーションエンジニアリング研究所 上席研究員・THE MEANING OF WORK 編集長早稲田大学政治経済学部卒業。専攻は国際人的資源管理。2004年株式会社リンクアンドモチベーション入社。「採用」「教育」「制度」「風土」というテーマをリンクさせた組織変革コンサルティングに従事。その後、グローバルHRをテーマに人材開発 / 組織開発領域の事業責任者を経験。早稲田大学トランスナショナルHRM研究所の招聘研究員として、日本で働く外国籍従業員のエンゲージメントやマネジメント等について研究。現在は、リンクアンドモチベーション内のR&Dに従事。経営と現場をつなぐ「知の創造」を行い、世の中に新しい文脈づくりを模索している。
実現したい未来を思い描き実践するために、「知的好奇心」が武器になります。新たな「知の冒険」では、普段なかなか接することのない様々な領域の知恵に触れることで、人間が本来持っている「豊かな創造性と想像力」にアプローチします。
第1回テーマ「これからの資本主義経済」
第1回目のテーマは、「これからの資本主義経済」です。
いま世界中で、SDGs(持続可能な開発目標)を達成するために、個人レベルでも様々な挑戦が行われています。それは、誰もが、「従来型の大量生産・大量消費の経済システムの限界」を感じているからではないでしょうか。「このままでは、地球は持たないのではないか」という漠然とした感覚。「2050年の地球はついに持続不可能になり、2100年には人類は地球上に存在していない」といった悲劇のシナリオすら、ニュースで報道されることもあり、漠然と「このままでいいのだろうか…」と思っている。一方で、「SDGsという言葉は知っている」もしくは「重要性は理解できるが、取り組んでいない」「具体的な実践には落とし込めていない」方がほとんどなのではないかと思います。
人生100年時代において、「大量生産・大量消費の経済システム」から、「持続可能な経済システム」への移行について考えを深めておくことは、組織と個人と社会との新たな関係性を紡ぎ直す上で、決して他人事ではない重要なテーマになります。
そこでこのシリーズでは、SDGsの達成に向けた具体的な方法論として、「サーキュラーエコノミー」を取り上げます。サーキュラーエコノミーと聞いて、何が思い浮かびますか?サーキュラーエコノミーは、和訳すると「循環型の経済」という意味となりますが、「ヒト・組織」のテーマの中ではあまり聞き慣れないという方も多いかもしれません。
サーキュラーエコノミーとは、「資源が廃棄されることなく循環し続ける経済」を意味します。これだけ聞くと、いわゆる「3R(リデュース・リユース・リサイクル)」といった環境の話を思い浮かべるかもしれませんが、サーキュラーエコノミーは、その名の通り「エコノミー(経済)」そのもののあり方に関する変化であり、環境だけにとどまる話ではありません。
経済の仕組みが変われば、企業の仕組みが変わります。企業の仕組みが変われば、組織のあり方が変わります。そして組織のあり方が変われば、個人の働き方も変わります。サーキュラーエコノミーは、環境・社会・経済のすべてに大きな変化をもたらし、人事や組織のあり方にも大きな影響を与える世界全体の大きなシフトなのです。
このシリーズでは、「これからの資本主義経済のあり方」と「ヒト・組織」の関係を改めて考え直すために、「サーキュラーエコノミー」というテーマがどのような変化をもたらすのかを主題テーマに置き、これからあらゆるレイヤーで起こる本質的な変化について、複数回のシリーズを通じて思考を深めていきます。
シリーズ第1回となる今回は、サーキュラーエコノミーとは何か、その基礎的な概念について取り上げます。
サーキュラーエコノミーとは?
先ほど、サーキュラーエコノミーは「資源が廃棄されることなく循環し続ける経済」だと説明しましたが、もう少し丁寧に説明すると、サーキュラーエコノミーとは「地球上の限りある資源を廃棄することなく循環させ続けることで、社会的公正を実現しながら、持続可能な形で誰もが繁栄できる経済」のことを指しています。
サーキュラーエコノミーと比較して、従来の「Take(資源を採掘して)」「Make(作って)」「Waste(捨てる)」という大量生産・大量消費・大量廃棄を前提とした一方向型の経済システムは、リニア(直線型)エコノミーと呼ばれています。
サーキュラーエコノミーは、製品づくりの段階から廃棄が出ない設計を考え、一度採掘した資源ができる限り経済システムの中で循環し続ける仕組みをつくることで、経済成長と環境負荷を分離(デカップリング)し、自然のシステムを再生することを目指しています。
なぜサーキュラーエコノミーが必要なのか?
国連の推計によると、2050年には世界人口が98億人になると推計されています。また、OECDの調査によれば、2060年までに一人当たりの所得平均が現在のOECD諸国の水準である4万米ドルに近づき、世界全体の資源利用量は2倍(167ギガトン)に増加すると推計されています。
人口が増えて一人一人の暮らしも豊かになれば、当然ながらそれだけの人々の生活を支えるのに必要な資源の総量は大きく増加します。一方で、その資源を生み出している地球は一つだけしかありません。
世界では、すでにグローバルな経済活動の結果として、気候変動や資源の枯渇、森林破壊や生物多様性の喪失、海洋プラスチック汚染など様々な悪影響、いわゆる負の外部性が拡大し続けており、現状のリニアな経済モデルは持続不可能であることが明らかになってきています。
また、経済規模は拡大し続けているにも関わらず、経済が生み出した富の分配はうまくできておらず、貧困や経済格差といった社会課題も顕在化しています。こうした課題を解決し、全ての人々が地球の限りある資源の範囲内でウェルビーイングを担保しながら繁栄し、共生していくための仕組みとして、サーキュラーエコノミーの考え方が注目されているのです。
サーキュラーエコノミーの3原則
英国を本拠地とするサーキュラーエコノミー推進機関のエレン・マッカーサー財団は、サーキュラーエコノミーの3原則として下記を上げています。
1. 自然のシステムを再生(Regenerate natural systems)
有限な資源ストックを制御し、再生可能な資源フローの中で収支を合わせることにより、自然資本を保存・増加させる。
2. 製品と原料材を捨てずに使い続ける(Keep products and materials in use)
技術面、生物面の両方において製品や部品、素材を常に最大限に利用可能な範囲で循環させることで資源からの生産を最適化する。
3. ゴミ・汚染を出さない設計(Design out waste and pollution)
負の外部性を明らかにし、排除する設計にすることによってシステムの効率性を高める。この3原則のうち、最も重要なのが3つ目の「ゴミ・汚染を出さない設計」です。最初の製品・サービスの設計段階から持続可能な素材を利用する、廃棄物が出ない・減るようなデザイン、修理やリサイクルがしやすいデザインにするといった「サーキュラーデザイン」を意識することが、サーキュラーエコノミーの実現において重要な鍵を握っています。そして、一度システムの中に製品を投入した以上は、できる限りその製品の価値を維持したまま循環させ続ける。これがサーキュラーエコノミーの基本的な考え方となります。
サーキュラーエコノミーの「バタフライ・ダイアグラム」
また、エレン・マッカーサー財団は上記の3原則に基づいて、サーキュラーエコノミーのモデルを示した概念図、通称「バタフライ・ダイアグラム」を公表しています。
このバタフライ・ダイアグラムは、左側の「バイオサイクル」と、右側の「テクニカルサイクル」に分かれています。バイオサイクルは、食品など土に還る有機物のサイクルを示しており、右側は、パソコンやスマートフォンといった工業製品のサイクルを示しています。この図の一番重要なポイントは、複数ある循環サイクルのうち、内側のサイクルになればなるほど、価値を維持し続けられるということです。
右側のテクニカルサイクルを見てみましょう。一番内側にあるシェアリング、維持・長寿命化といったサイクルは、製品をそのまま使い続ける形なので、それまでに投入した価値を維持し続けることができます。一方で、一番外側にある「リサイクル」のサイクルでは、資源や人件費など、様々なコストを投入して作った製品を、もう一度原材料レベルまで分解することになるため、それまでに投下した価値はすべて失われてしまいます。また、リサイクルのプロセス自体にも新たなエネルギーがかかります。
サーキュラーエコノミーにおいては一度市場に投入した製品をいかに内側のサイクルにとどめながら循環させ続けられるかが重要であり、これこそが、「サーキュラーエコノミー=リサイクル」ではないと言われる一番の所以です。
5つのサーキュラーエコノミー型ビジネスモデル
サーキュラーエコノミーを実現するための具体的なビジネスモデルとしては、どのようなものがあるのでしょうか。戦略コンサルティングファームのアクセンチュア社は、2015年8月に公表した『Waste to Wealth(無駄を富に変える)』の中で、サーキュラーエコノミー型のビジネスモデルを下記の5つに分類しています。
・再生型サプライ
再生可能な原材料利用による調達コスト削減や安定調達の実現
・回収とリサイクル
廃棄予定の設備や製品の再利用による生産・廃棄コストの削減
・製品寿命の延長
修理やアップグレード、再販売による使用可能な製品を活用
・シェアリング・プラットフォーム
不稼働資産となっている所有物の共有による需要への対応
・サービスとしての製品(PaaS)
製品を所有せず利用に応じて料金を支払うビジネスモデルこの5つのビジネスモデルを理解する上で重要になるのが、3つ目の「製品寿命の延長」です。製品の原材料調達から製造、使用、廃棄までが一方向で直線的になっているリニアエコノミーにおいては、企業は寿命が長い製品を作れば作るほど新しい製品が売れなくなるというジレンマを抱えることになります。
だからこそ、リニアエコノミーでは、本来はより製品寿命が長い製品を作る技術があるにも関わらず、あえて一定期間で壊れるように製品を設計するという「計画的陳腐化」と呼ばれる現象も起こっていました。しかし、このような事態が続けば、当然ながら企業は必要以上に製品を大量生産する必要が生まれ、結果として大量の廃棄が出てしまいます。
このジレンマを解消する一番効果的な方法は、販売というビジネスモデルで製品の所有権を企業から消費者に移動するのではなく、製品は企業が所有し続け、消費者に対しては必要に応じてその製品へのアクセス権を提供するという方法に変えることです。その具体的な手法が、4つ目のシェアリング・プラットフォームを活用した製品のシェアリングや、5つ目のPaaS(Product as a Service)モデルによる製品提供となります。
ビジネスモデルを売り切り型からPaaS型に切り替えると、企業としては製品寿命を伸ばせば伸ばすほど、同じ製品をより多くの利用者に長い期間貸し出すことができるため、結果として利益が出るようになります。
そのため、製品の耐久性向上に対してより多くの投資をすることも可能となります。このように、経済モデルをリニアからサーキュラーへと切り替えると、従来のロジックが180度転換し、サステナブルな製品設計と経済合理性が一致するのです。
最新のサーキュラーエコノミー動向
欧州の動向
EU(欧州連合)は、2015年12月に「競争力・雇用創出・持続可能な成長の実現の加速に向けた野心的な新政策」と題して「サーキュラー・エコノミー・パッケージ」を採択しました。このパッケージには、2030年までに都市廃棄物の65%、包装廃棄物の75%をリサイクルし、全種類の埋め立て廃棄物を最大10%削減するといった具体的な目標も盛り込まれており、優先分野としては「プラスチック」「食品廃棄物」「希少原料」「建築・解体」「バイオマス」が特定されています。
ポイントは、サーキュラーエコノミーを環境のためだけではなく「競争力・雇用創出・持続可能な成長の実現」を目的として導入しているという点です。実際に、同パッケージ内において、サーキュラーエコノミーへの移行による想定経済効果として、欧州企業での6,000億ユーロの節約、58万人の雇用が創出されると試算されており、サーキュラーエコノミーの価値が、環境だけではなく経済・雇用の側面からも示されています。
また、EUが2019年12月に公表した、2050年までにCO2排出量を実質ゼロにするという野心的な目標も含む「欧州グリーンディール」政策の中でも、サーキュラーエコノミーは柱の一つに据えられています。
そして、2020年3月11日には新しい「循環経済行動計画」が公表され、持続可能な製品づくりの法制化、消費者の修理する権利(The Right to Repair)の強化、電子機器・包装・プラスチック・繊維・建設・食品といった資源集約性の高い産業における具体的な施策、ゴミの削減に向けたEU共通の分別とラベリングの策定などが示されました。
直近では、コロナからの経済復興にあたり、経済を回復させる過程で環境も回復させる「グリーンリカバリー」が一つの合言葉になっていますが、各国のグリーンリカバリー政策においても、その具体的な手段としてサーキュラーエコノミーへの移行が叫ばれています。
EU全体に限らず国単位で見てみても、アムステルダムやロンドン、ヘルシンキ、パリなど多くの都市がサーキュラーエコノミーを政策の中心に据えており、特にアムステルダムは「2050年までに100%サーキュラーエコノミーを実現する」という目標を掲げ、先進的な取り組みを進めています。
日本の動向
日本においても、経済産業省が2020年5月、グローバルにおける日本の中長期的な産業競争力強化に向けて、「循環性の高いビジネスモデルへの転換」「市場・社会からの適正な評価の獲得」「レジリエントな循環システムの早期構築」という3つの観点から、日本の目指すべきサーキュラーエコノミー政策の基本的な方向性を示した「循環経済ビジョン2020」を公表しました。この循環経済ビジョンは、環境活動としての3R(リデュース・リユース・リサイクル)ではなく、経済活動としての循環経済への転換を進めるという点が明記されており、規制的な手法は最低限にし、企業の自主的な取り組みを促進するという点がポイントとなっています。
また、環境省も「脱炭素社会」「循環経済」「分散型社会」への移行を政策の3つの柱として掲げており、菅首相が公表した2050年までの「脱炭素」を実現する具体的な方策として、サーキュラーエコノミーに対する期待はますます高まっていくものと考えられます。
この大きな経済システムの転換にいち早く気づき、サーキュラーエコノミー型ビジネスモデルへの移行に成功した企業は、新しい経済の中で圧倒的に優位なポジションを築くことができるようになるでしょう。
サーキュラーエコノミーと「ヒト・組織」の関係
これまでサーキュラーエコノミーのマクロな側面についてお話をしてきましたが、サーキュラーエコノミーへの移行は、労働市場や人事の分野とどのように関わってくるのでしょうか。詳細については次回以降のシリーズで触れることにして、ここでは簡単にそのポイントをご紹介していきます。
・経済のあり方が組織のあり方を変える
・新たな雇用が生まれる
・インクルーシブな移行が求められる
経済のあり方が組織のあり方を変える
冒頭でも触れたように、経済の仕組みが変われば、その主役を担う企業のあり方や組織のあり方も変わることになります。例えば、サーキュラーエコノミーでは新たな素材(バージンマテリアル)を地球から採掘する代わりに、ユーザーの手に渡った製品から素材を回収し、それを原材料として新たな製品をつくるといった仕組みがスタンダードとなります。すると、これまで購買・調達担当者が担っていた仕事は、顧客と接点を持つカスタマーサポートの担当者が担うことになるかもしれません。サーキュラーエコノミーへ移行すると、リニアエコノミーにおいては効率的だった縦割り型・機能分化型の組織では対応が難しくなり、組織のあり方そのものに大きな変化をもたらすことになります。
新たな雇用が生まれる
サーキュラーエコノミーへと移行することにより、新たに多くの雇用が生まれることが期待されています。例えばサーキュラーデザインなどのように、修理や解体、リサイクルなどを前提としたプロダクトデザインができる人材に対するニーズも高まりますし、リペア技術のある職人に対するニーズも高まるでしょう。これまでは「静脈産業」と呼ばれていた廃棄物処理やリサイクル関連ビジネスも、経済の表舞台に踊り出てくることになります。このように、経済システムの移行に伴い、多くの新たな雇用が生まれ、新たなスキルが求められるようになります。
インクルーシブな移行が求められる
新たな雇用が生まれる一方で、失われる雇用もあります。サーキュラーエコノミーへの移行に伴い、職のリスクを抱える人に対してどのようにリスキリング(スキルの再習得)やリデプロイメント(再配置)を行い、インクルーシブに移行を進めていくかといった点も重要なテーマの一つとなります。
まとめ
初回となる今回は、サーキュラーエコノミーの基本的な概念や、海外、日本における最新動向、サーキュラーエコノミーと「ヒト・組織」の関係性についてご説明しましたが、いかがでしたでしょうか。次回以降は、サーキュラーエコノミーが「ヒト・組織」をどのように変えていくのか、具体的な事例も踏まえながらより詳しく説明していきます。
サーキュラーエコノミーは一過性の「トレンド」ではなく、世界全体で起こりつつある根本的な「パラダイムシフト」です。どのような「シフト」が起こっているのかを正しく理解し、「ヒト・組織」の視点から先手を打っていけるかどうかが、新しい経済において、持続可能な形で繁栄できる企業とそうでない企業の分かれ目となるかも知れません。