Vol.2|エンゲージメントを「企業変革の原動力」に|味の素|ASVエンゲージメントマネジメントサイクルへの取り組み
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野坂 千秋CHIAKI NOSAKA
味の素株式会社
取締役 執行役専務 ダイバーシティ・人財担当1983年、味の素(株)に入社。研究職に従事し、調味料や加工食品などの開発を手がけ、イタリアの料理修行経験を持つ。上海味の素食品研究開発センター社総経理、食品事業本部食品研究所の商品開発、技術開発の責任者、食品研究所長を歴任し、2019年より現在のダイバーシティ・人財担当。2012年には『日経WOMAN』のウーマン・オブ・ザ・イヤーの一人に選出された。
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林 幸弘YUKIHIRO HAYASHI
株式会社リンクアンドモチベーション
モチベーションエンジニアリング研究所 上席研究員
「THE MEANING OF WORK」編集長早稲田大学政治経済学部卒業。2004年、株式会社リンクアンドモチベーション入社。組織変革コンサルティングに従事。早稲田大学トランスナショナルHRM研究所の招聘研究員として、日本で働く外国籍従業員のエンゲージメントやマネジメントなどについて研究。現在は、リンクアンドモチベーション内のR&Dに従事。経営と現場をつなぐ「知の創造」を行い、世の中に新しい文脈づくりを模索している。
ASV(Ajinomoto Group Shared Value)へのエンゲージメント向上を企業変革の第一歩に。味の素の施策には、企業変革に向けた取り組みを一過性のもので終わらせない工夫が散りばめられている。ASVエンゲージメント向上のためのマネジメントサイクルとダイバーシティ&インクルージョンへの取り組みについて、第2回は施策の推進体制について取締役 執行役専務(ダイバーシティ・人財担当)の野坂千秋氏に伺った。
ASVエンゲージメントを高めるマネジメントサイクルとは
ASV(Ajinomoto Group Shared Value)。「従業員エンゲージメントの向上が顧客価値・経済価値を生み、経済価値が従業員に還元され、さらにエンゲージメントを高めるサイクル」が味の素グループの企業価値であるという再定義のもと、従業員一人ひとりが「食と健康の課題解決」に取り組み、ビジョンの実現に貢献しているという実感と、心のうちから湧き上がる情熱を高めるために構築されたマネジメントサイクルのこと。「ASVエンゲージメント向上」と「個人の能力開発」との同期化を図っている。
全社一丸の体制で企業文化変革を推進する。
林
「創業の志を現代に合わせた形で再定義し、エンゲージメントの向上を通じて、企業文化変革のベースを整えている」「そのためのマネジメントサイクルを回す中で、主体的な取り組みが広がっている」というのが前回までのお話でした。次は、施策の推進体制について伺えますでしょうか。 |
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野坂
2020年度から企業文化変革推進体制の中に社長直轄で全社オペレーション変革タスクフォースが立ち上がりました。その重要な柱はエンゲージメント向上であり、推進役のASVエンゲージメントチームは、経営企画部門、人事部門、コミュニケーション部門を事務局に、各事業本部、営業、R&Dなど、さまざまな部署からメンバーを募り、30人ほどで構成されています。「経営との対話」「個人目標発表会」「ASVアワード」といった施策ごとにチームをつくっているのですが、横串のコミュニケーションもしっかり取るようにしています。すべての施策が繋がって初めて「ASV自分ごと化」が進み、企業文化変革を成し遂げることが出来るのだと思います。あと、特徴的なのは、労働組合とも協働して進めているところですね。 |
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林
労働組合も関わる30人ほどのチームなのですね。ただ、一般的なイメージからすると、関わる部門が多岐に渡ると、スピードが遅くなってしまうのではないかと思いますが。 |
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野坂
そんなことはないですよ。特に労働組合について言えば、働き方改革の推進を行った時に、協働した実績があるんです。「賃金要求にとどまらず、会社や働く環境をよりよくしていこう。一体感を醸成しながら前向きに取り組んでいこう」というのが当社の労働組合。こうした姿勢が浸透していることも、私たちの強みだと思っています。 |
初めから100点を目指さない。10年後に向けた変革のスパイラル。
林
あらゆる部署と連携しながら、年間を通してさまざまな施策を行い、PDCAを回していく。このマネジメントサイクルを構築するにあたって、どのようなことを意識されたのでしょうか。 |
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野坂
「最初から100点を目指さない」ことですね。10年後の2030年に食と健康の課題解決企業となっているために、そこからバックキャストして20-25中期経営計画で企業文化変革に取り組んでいます。このマネジメントサイクルって、OE(オペレーショナル・エクセレンス)の考え方なんですよね。顧客価値の最大化を目指しながらPDCAを回して、個々の施策を着実に進化させていくという。ASVエンゲージメント向上に向けたサイクルを重ねることで、食と健康の課題解決企業に向けたスパイラルをつくり出す。そんなイメージを持っています。 |
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林
すべてを一気に変えようとすれば、反発が生じることもあるでしょうし、うまくいかないケースが多いですよね。いきなり100点を目指して一歩目が踏み出せない、もしくは途中で挫折してしまう企業って、かなり多い気がします。 |
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野坂
そうですね。サイクルを回すことで、課題も見えてくるし、それを乗り越えていくための知恵も出てきます。全社から集った多様なメンバーが知恵を出し、それをまとめて、アクションに結びつけていけばいいのですから。例えば、当社では従業員一人ひとりが自らの目標を宣言する「個人目標発表会」が行われているのですが、ASVに関連づけた発表がそれほど多くなかった。そこで、施策を担当するメンバーから「今年は、自分の言葉でASVを語ろう」という副題をつけてみてはというアイデアが出たんです。大切なのは、小さな知恵や工夫を積み重ねながら、試行錯誤していくこと。そうすることで、より共感度の高い、効果的な取り組みになっていくと思っています。 |
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林
まさに、10年後を見据えた企業変革なのですね。貴社の考え方は、多くの企業にとって確かな指針になると思います。 |
キャリアをつなぎ、キャリアを活かす。キャリアダイバーシティを実現する仕掛け
林
多様な従業員がエンゲージメントを高めることで、確かなやりがいと誇りを感じながら活躍する。貴社の企業文化変革において、ダイバーシティ&インクルージョンは非常に重要な意味を持っています。次は、そこに取り組む目的や背景について教えてください。 |
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野坂
「性別、年齢、国籍、経験の多様な人財を受け入れ、従業員一人ひとりが互いに尊重し、活躍できる会社と社会を目指す」というのが当社の掲げるポリシーです。日本の場合、まだまだジェンダーギャップが大きいですし、社会に対する責任を果たすうえでは重要なテーマであると思っています。ただ、地域や職場によって最重要課題が何であるかはさまざま。非常に広範な概念となっているダイバーシティを当社なりに定義することが必要だと考えていました。では、当社に求められるダイバーシティとは何なのか。それは、多様な従業員に対して、多様なキャリアを築きながら活躍できる「キャリアダイバーシティ」なのだと思っています。 |
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林
従業員一人ひとりが思い描いたキャリアを築いていける「キャリアダイバーシティ」。属性のダイバーシティも大切ですが、キャリアのダイバーシティ、多様性を提案できることに会社の懐の大きさを感じます。 |
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野坂
当社の離職率は2%未満。これはとても素晴らしいことなのですが、若い人の活躍機会がなくなってはいけません。彼らからすると、「まだまだ年功序列だよね」という感は否めないと思います。デジタルトランスフォーメーション(DX)への取り組みなどを考えると、若い人のほうがデジタルへの親和性も高いですしね。若者の活性化というのは重要な課題の一つです。さらに、ジェンダーに目を向けると、配偶者の転勤などの理由でキャリアを途切れさせてしまう女性もいますし、意思決定層に入りたいという人はまだまだ少ない。やはり、キャリアのジェンダーギャップをなくすことも大きな目標です。 |
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林
具体的にどのような取り組みを実施しているのでしょうか。 |
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野坂
自律的なキャリアを築いていける制度をということで、定期異動とは別に、公募によるオープンポジションを設ける取り組みが生まれています。例えば、「Z世代向けの新商品開発」というミッションがあった場合に、社内募集をかけ組織長がそのメンバーを募るといった方法ですね。こうした手挙げの制度が浸透し、「アミノサイエンス事業本部の人財が食品事業本部へ」「研究開発の人財がコーポレートへ」といった交流が生まれることを期待しています。交流によって、多様な視点や刺激や発見が生まれ、イノベーションが加速する。そうでなければ、新たな価値を創造することなどできませんからね。さらに、社内のみでなく、従業員が副業として社外の仕事をすることも認めています。 |
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林
取り組みの一端を伺っただけでも、貴社が一人ひとりの人財に対する想いが伝わります。 |
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野坂
そう言っていただけると、とてもうれしいですね。配置による機会の提供だけでなく、ASVマネジメントサイクルの中で「個人の能力開発」にも取り組んでいます。eラーニングによる「ビジネスDX人財育成コース」や、食と健康の課題解決に欠かせない「栄養の基礎」などは、新中計で力を入れているプログラムです。前者には1,000人近い応募があり、後者はすべての従業員の受講を目指し、進行中です。 |
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林
経営戦略の実現に向けて、従業員のリスキル・成長は極めて重要なもの。ASVへの共感が軸となり、従業員の皆さんも「ASVの実践者であり、マネジメントサイクルの実践の主体者」として前向きに挑戦できるように、一貫した仕掛けを行っていることが分かりました。 |