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産官学座談会「人材版伊藤レポート」が示す未来

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  • 能村 幸輝

    能村 幸輝KOUKI NOUMURA
    経済産業省 経済産業政策局 産業人材政策室長

    2001年、経済産業省入省。人材政策・税制担当、エネルギー政策・資源外交担当、原子力被災者支援担当、大臣官房総務課政策企画委員などを経て、2018年より現職。経済産業省の人材政策の責任者。テレワーク、副業・複業、フリーランスなど「多様な働き方」の環境整備、リカレント教育・AI人材育成、HRテクノロジーの普及促進などを担当。

  • 岩本 隆

    岩本 隆TAKASHI IWAMOTO
    慶應義塾大学大学院経営管理研究科 特任教授

    東京大学工学部金属工学科卒業。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)大学院工学・応用科学研究科材料学・材料工学専攻Ph.D.。日本モトローラ株式会社、日本ルーセント・テクノロジー株式会社、ノキア・ジャパン株式会社、株式会社ドリームインキュベータを経て、2012年より現職。(一社)ICT CONNECT 21理事、(一社)日本CHRO協会理事、(一社)日本パブリックアフェアーズ協会理事などを兼任。

  • 林 幸弘

    林 幸弘YUKIHIRO HAYASHI
    株式会社リンクアンドモチベーション モチベーションエンジニアリング研究所 上席研究員
    「THE MEANING OF WORK」編集長

    早稲田大学政治経済学部卒業。2004年、株式会社リンクアンドモチベーション入社。組織変革コンサルティングに従事。早稲田大学トランスナショナルHRM研究所の招聘研究員として、日本で働く外国籍従業員のエンゲージメントやマネジメントなどについて研究。現在は、リンクアンドモチベーション内のR&Dに従事。経営と現場をつなぐ「知の創造」を行い、世の中に新しい文脈づくりを模索している。

経営戦略と人事戦略を一致させ、人的資本を可視化し、資本市場との対話を図る。経済産業省が2020年9月に公表した「人材版伊藤レポート※1」は、日本の経営に一石を投じるものとなった。同レポートが誕生した経緯はどこにあるのか。これからの企業変革に求められるものは何か。産官学の有識者が忌憚のない議論を交わした。


※1 「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書」の通称。2014年に公表され、ROE(自己資本利益率)が8%を上回ることを提言し、経済界に影響を与えた「伊藤レポート」(通称)の人材版。一橋大学CFO教育研究センター長の伊藤邦雄氏を座長に、各企業の経営層やコンサルタント、エコノミスト、機関投資家が参画した。

加速する変革のトレンド。「人材版伊藤レポート」はいかにして生まれたのか。

経済産業省_人材版伊藤レポート
林 幸弘

「人材版伊藤レポート」は、一時的な取り組みではなく、ここに至るまでの「文脈」が蓄積されて生まれたものです。このプロジェクトが発足した経緯について、伺えますでしょうか。

能村 幸輝
能村

社会や組織で求められる能力をまとめた「社会人基礎力」や、長時間残業をはじめとした日本型の労働環境を変革する「働き方改革」など、経済産業省では、組織や個人の在り方を問い直し、再定義する取り組みを進めてきました。それらは社会における共通言語となり、企業や教育機関において、さまざまな対話や取り組みにつながることになります。そして現在、企業は足元のコロナ禍をはじめ、さまざまな変化に対応していくことが求められ、個人は人生100年といわれる時代を生きていかなければならなくなりました。従来どおりの勝ち筋では立ち行かなくなった時代の中で、企業経営はどうあるべきなのか。個人にどう生き生きと能力を発揮し、新たな価値を生み出してもらうのか。「人材版伊藤レポート」は、企業と個人、そして社会との関わり方をもう一度、問い直すための提言なのです。

鼎談_人材版伊藤レポート

林 幸弘

共通の言語をつくり、それをベースに対話を進める。そして、企業や個人、あらゆるステークホルダーの間を埋めていく。あらゆる要素を再定義し続けてきた歴史には、そんな想いが根底にあるように感じます。今回の研究会では機関投資家をオブザーバーに招くなど、座組みに大きな特徴が見られました。

能村 幸輝
能村

人的資本について議論する時に、企業のCHROとアカデミアなど各界の有識者を招くのが一般的ですが、今回は企業のCHROと機関投資家に腹を割って議論してもらおうという意図がありました。持続的な企業価値の向上を考えた時に、資本市場との対話は不可欠になりますからね。

岩本 隆
岩本

欧米では1980年代から産業構造が変化し、金融工学、ITなどのソフト産業が中心になりました。日本も30年ほど遅れて、同じような産業構造になったのですが、企業の仕組みがその変化についてきていない現状があります。知的財産資産を中心としたオピニオン、マネジメント、アドバイザリーサービスを提供するオーシャン・トモ(Ocean Tomo)社という会社が発表した資料によると、「S&P500※2」に名を連ねる企業の時価総額評価におけるインタンジブルアセット(無形資産)の割合は飛躍的に増え、今では90%を占めるそうです。欧米ではすでに、知的財産・人材力・組織力といったソフト面が企業評価の中心となっていることがわかります。私自身、機関投資家向けの講演を行うことが多いのですが、彼らの関心は非常に高いですよ。日本ではまだまだイノベーションを生むためのエコシステムができていませんし、人的資本に関する情報も見えにくいですから。

S&P500、オーシャン・トモ社
※2 S&P ダウ・ジョーンズ・インデックス社が算出している米国の代表的な株価指数
能村 幸輝
能村

グローバルな視点からも、経営の持続的な価値を生む人材や、人材戦略の重要性は非常に高まっているということですよね。これまでは、経営戦略が常に上位概念にあり、人材戦略はそれに従うという考えが一般的でしたが、今や経営戦略と人材戦略が双方向に影響を及ぼす関係になっていると考えています。人材がいなければ、デジタルトランスフォーメーション(DX)も新規事業も実現することはできません。経営戦略と人事戦略の連動性そして、人的資本に関する取り組みの発信。これらは特に、研究会座長の伊藤邦雄先生が強調されていたポイントでもあります。また、研究会を開催している時期に、新型コロナウイルス感染症の流行に直面することとなったのですが、「時計の針は戻らない。強い意志で未来を柔軟に創り変える(Build Forward Better)機会とすべき。」と言われていました。変革のトレンドはさらに加速していくことになるでしょう。

人的資本の可視化と多様なチームビルディング。経営がプロスポーツ化する?

能村幸輝_経営がプロスポーツ化
能村 幸輝
能村

機関投資家向けにESG説明会を開催するなど、投資家と人材戦略について対話する機会を設けている企業は少しずつ増えているようです。働きがいを含めた「S(ソーシャル)」に該当する取り組みは、ますます重要になりますよね。

岩本 隆
岩本

そうですね。ただ、「ソーシャル」の部分に取り組めていない企業が多いと感じています。一般的に「ソーシャル」における従業員の取り組みは、差別をなくすことが基本ですが、ビジネスがグローバル化した現代では、日本の常識だけでは通用しなくなっていますよね。戦後から続く日本の年功序列制度や定年制度などは、外国籍従業員からすると、年齢差別にあたるのだそうです。そもそも日本企業では、経営陣が年功序列に縛られていることが多いですから。

能村 幸輝
能村

CEOが経営に多様な人材を招き入れて、経営課題の解決や、事業創出に取り組んでいく。これからの時代は、そうした多様性を取り込んでいく柔軟さが求められますよね。現状では、戦後から続いている年功序列制度などの日本型雇用慣行が大きなデメリットをもたらしてしまっています。

林 幸弘

経営陣のチームビルディングは確かに重要ですね。その点は、HRのコンサルティングでもなかなか踏み込めなかったファクターでもあります。ただ、日本の歴史を振り返ると、さまざまな価値観を受け入れる土壌はあるはずなんですよね。聖徳太子の「和を以て貴しとなす」であったり、神仏習合であったり。けれど、今の日本企業が多様性を受け入れ、その価値を享受することが得意かというとそうではない。儒教の影響もありますから、なかなか難しいのでしょうか。

岩本隆_経営がプロスポーツ化
岩本 隆
岩本

かつて私が勤務していたノキアでは、役員のほとんどが40代でした。マネジメントスキルのある若手に目をつけ、20代後半で部長クラスに昇格させる。そこで、実績を上げた人材が役員になるという流れができていたんです。当然、年上の部下をマネジメントする機会も多くなるのですが、軋轢などはありませんでした。そこはファンクションとして受け入れる土壌があったんですよね。ただ、それが日本で実現できないかというと、そんなことはないと私は考えています。例えば、プロ野球の世界では、アマチュア時代から続く年功序列の上下関係が根強い。けれど、与えられるポジションや給料は、その上下関係とはまったく関係ありませんよね。

能村 幸輝
能村

プロスポーツの例はわかりやすいですね。個人が持つそれぞれの能力が可視化されていて、プロスポーツに携わる人材も選手やコーチ、施設やトレーニングの専門家など多様です。さらに、人材の流動性もある。ビジネスや経営の世界でも、少しずつそうした傾向が見られるようになってくるのでしょうね。今の日本の労働市場を見てみると、DXを視野に入れたジョブ型新卒マーケットなども拡大していますから。

林 幸弘

日本中を感動させたラグビー日本代表のスローガン「ONE TEAM(ワンチーム)」もそうでしたね。決して同じタイプのタレントが集まったのではなく、多様なプロフェッショナルの集団でした。人的資本が可視化され、それらが流動的に機能する。「人材版伊藤レポート」を社会に実装していくうえで、とてもわかりやすい例であるのかもしれません。

能村 幸輝
能村

とはいえ、日本のスタイルがまったくダメだとは思っていないんです。欧米のようにCEOが強烈なリーダーシップを発揮する経営スタイルは、創業者がCEOである企業を除くとほとんどの日本企業ではなかなか実現できません。「人材版伊藤レポート」を契機に、多様性のある経営チームの力で変革を推進する、日本流の新たな経営を世界に発信していくことができると信じています。次世代の若き経営陣候補が集い、チームを組んで経営の準備を行うといった取り組みをしている企業もありますから、期待は大きいですよね。

相互依存から、ワクワクし合える関係へ。企業と個人の新たなエンゲージメントを。

林幸弘_企業と個人の新たなエンゲージメント
能村 幸輝
能村

経営戦略と人事戦略を連動させる。人的資本に関する取り組みを可視化する。さまざまな人材戦略を講じてみても、多様な個人がいきいきと活躍していなくては、議論自体の意味がなくなってしまいます。企業と個人の関係性もこれまでとは大きく変わりました。

林 幸弘

単純につながりを強くするのではなく、多様な価値観と能力を持ったタレントを集めるには、最適なつながり方を模索していく必要がありますよね。エンゲージメントの土台を広げていかなければ、経営の武器にすることはできません。

岩本 隆
岩本

これまで、企業と従業員の関係は、互いに依存し合う「親子」の関係でした。それが今では、お互いに選び合う対等な関係になっている。いわば、「パートナー」ですね。エンゲージメントとはよく言ったもので、ここで理想的なのは、互いにワクワクし合える、気持ちのエネルギーが高まっている。そんな状態を保ち続けなければいけません。これが、結婚して、依存し合ってしまうとダメなのですが(笑)。

鼎談_企業と個人の新たなエンゲージメント
林 幸弘

そうですね(笑)。その状況をどうキープしていけるか。そして、リテンションしていけるか。やはり、対話することが大切だと思います。現場で活躍する若手が進んで経営と対話し続けられる。そんな環境が必要不可欠になりますね。

能村 幸輝
能村

お互いが選び、選ばれるという関係になれれば、個人もキャリアは会社に与えられるものではなく、自分でつくっていくものだと理解できます。そうなれば、学び直し(リスキル)にも一生懸命になるし、持続的に価値を生み続けることができる。会社としても、ワクワクし合える関係を保つために、個人に対してどのような就業経験を提供し、どのような人材マネジメントしていくかを突き詰めていけるようになります。個人と企業が相互依存の受け身な関係から脱却できれば、日本全体における適所適材が進み、いわば、日本全体の人材ROAの上昇に及ぼす影響は大きいと思っています。

攻めの人材情報が資本市場の信頼につながる。

能村幸輝_攻めの人材情報が資本市場の信頼
林 幸弘

経営戦略と人事戦略を一致させる。そして、人的資本に関する取り組みを資本市場に発信していく。それが企業の持続的な成長につながる。「人材版伊藤レポート」を社会に実装し、ムーブメントを生み出していくには、資本市場との対話が重要になってくると思います。その点において、企業に期待することがあればお聞かせください。

能村 幸輝
能村

まずは、多様な価値観とバックボーンを持つ、ひとりひとりの人材に対する取り組みをしっかりと発信していくこと。昨今の新型コロナウイルス感染症対策に伴うリモートワークの実現などはわかりやすい例だと思います。そして、何より期待したいのは、人材戦略が経営戦略を押し上げる原動力になっていることを示すこと。経営戦略と紐付けた形で情報を発信していただきたいと思っています。キーとなる取り組みがどのようなKPIを置いて、どのような効果をもたらしているのか。それらを明確なストーリとして具体的に発信できれば、経営戦略が“絵に描いた餅”でないことが伝わり、投資家のさらなる信頼を得ることにつながりますよね。

岩本 隆
岩本

能村さんのお話を受けてですが、面白いトピックがあるんです。昨年、米国証券取引委員会(SEC)は米国の上場企業に人的資本の開示を義務付けましたが、SECによる義務化と並行して2020年に「Workforce Investment Disclosure Act」という法案が提出されていて、その法案の中身を見てみると、ISO 30414※3に準拠していればこの法律を満たすとあります。本法案自体はまだ成立はしていませんが、人的資本開示の重要性を政治サイドも認識しているといえると思います。人的資本の開示の一方、近年、サステナブルレポートに人材情報を開示する企業が増えてきたのですが、これらの開示情報とISOの58項目を見比べてみると、見事に“ある部分”が欠けていることがわかるんです。それは、タレントマネジメント系のトピックス。いわゆる攻めの人材情報ですね。ここは、まさに「人材版伊藤レポート」が指摘している部分でもあります。

※3 ISOの人材マネジメント規格における人的資本レポーティングの企画。組織文化、採用、離職、生産性、安全衛生、リーダーシップなど、幅広い人材マネジメントを対象としている。

岩本隆_攻めの人材情報が資本市場の信頼
能村 幸輝
能村

「人材版伊藤レポート」の研究会で、(株)日立製作所のCHROである中畑英信さんをゲストスピーカーに招いたのですが、まさに経営改革に取り組む中で、経営戦略と人材戦略を連動させ、5年、6年、そして7年と継続して取り組むことで、人材施策と経営戦略に紐付く指標との相関が見えてくる、と言われていました。こうした取り組みは時間がかかるものであり、それらを常に経営戦略と紐付けながら継続していくことに意味があるのだと気づかされましたね。さまざまな知見を蓄積していく中で、機関投資家にとって納得感のある相関やデータが生まれていくことになるのだと思います。

林 幸弘

経営戦略に紐付けた攻めの人材情報ですか。面白いですね。資本市場との対話において、大きなヒントをいただきました。さて、「THE MEANING OF WORK」は、個人と組織の“働く意味”を再定義していくプロジェクトですが、お二人の話を伺ってみて、経営が社会や従業員にとってどんな意味があるのかを再定義し、可視化し、具体的なアクションを起こしていくことが重要であると感じました。

能村 幸輝
能村

リモートワークが中心となった昨今、盛んに叫ばれているのがパーパスの重要性ですよね。企業理念や存在意義を明確にして、個人の働く意味と接続する。それが、大きなモチベーションを生み出していく。こうした企業が強くなっていくのだと思います。

岩本 隆
岩本

新型コロナウイルスは、世界に甚大な被害をもたらした一方で、企業経営や企業文化が変化するための転機になっています。今までわかっていてもできなかったことをやらざるを得ない。今が大きなチャンスであると捉えるべき。ポストコロナの働き方は、おそらく不可逆的なものになっているはずです。

能村 幸輝
能村

まさに、「時計の針は戻らない」ですね。ここで行った議論は、私たち3人だけのものではなく、グローバルな議論に発展していくものです。そして、この議論を通じて、欧米の知見を借りてくるだけでなく、日本ならではの経営を見出し、知見を世界に発信することができると私は考えています。産官学の多様な知見を持つ人を巻き込んで、大きなうねりをつくっていきたいですね。

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