Vol.2|「新しい資本主義」を考える。|鼎談 新しい資本主義×THE MEANING OF WORK
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渋澤 健KEN SHIBUSAWA
シブサワ・アンド・カンパニー株式会社
代表取締役テキサス大学卒業。UCLA大学大学院にてMBA取得。複数の米系投資銀行、米大手ヘッジファンドに勤務。2001年にシブサワ・アンド・カンパニー(株)、2007年にコモンズ投信(株)創設。ブランズウィック・グループのシニアアドバイザー、経済同友会幹事、アフリカ開発支援戦略PT副委員長、社会保障委員会副委員長、政府系委員会委員、UNDP SDG Impact Steering Group委員、東京大学総長室アドバイザー、成蹊大学客員教授などを歴任。
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大島 崇TAKASHI OSHIMA
株式会社リンクアンドモチベーション モチベーションエンジニアリング研究所 所長京都大学大学院修了後、大手ITシステムインテグレーターを経て、2005年、株式会社リンクアンドモチベーションに入社。中小ベンチャー企業から従業員数1万名超の大手企業まで幅広いクライアントに対して、組織変革や人材開発を担当。現場のコンサルタントを務めながら、商品開発・R&D部門責任者を歴任。2015年、モチベーションエンジニアリング研究所所長に就任。
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白藤 大仁DAIJI SHIRAFUJI
株式会社リンクコーポレイトコミュニケーションズ 代表取締役社長2006年リンクアンドモチベーション入社、同社の採用支援部門の事業部長を務め、業務効率向上コンサルティング等に従事。2015年には新規グループ会社を設立。企画室室長としてマーケティングやセールスプロセス構築のコンサルティングに従事した経験を持つ。多くの経営者および経営ボードとの実務を経て、2019年に株式会社リンクコーポレイトコミュニケーションズの代表取締役社長に就任。「オンリーワンのIRを。」をメインメッセージとし、企業のオンリーワン性を導き出すことで、IR活動や経営活動を支援する事業を行う。
「新しい資本主義」を実現するうえで、極めて重要となるファクターが「人的資本」だ。第2回となる今回は、シブサワ・アンド・カンパニーの渋澤健氏と共に、それぞれの動機と人的資本の可視化について議論を交わした。
山は、見る方向によって姿を変える
白藤
サステナビリティという言葉が一般化する中で、「人的資本」という言葉も浸透しています。『論語と算盤』においても、「国は経済的な豊かさを持てばいいだけではなく、文明の発展にも一部の力を割くべきである」という、現代のサステナビリティと同様の文脈があります。渋澤さんは論語と算盤経営塾の開催を通じて、後進の育成にも注力されていますが、これも文明の発展、つまりは次の世代を見据えた「人的資本」への投資なのだと思います。あらためて渋澤さんが「今、ここ」だけではない視界で物事を捉え始めたのは、何かきっかけがあったのでしょうか。 |
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渋澤
何か特別なきっかけがあったわけではなく、じわじわと変わっていった感じでしょうか。若い頃は、自信を持てず、悩んでいた時期がありました。「将来こうなるんだ」なんて考えたこともなかったし、いつも不安な自分がいたんです。少年時代をアメリカで過ごしたこともあって、自分は日本人なのか、アメリカ人なのか、果たして何者なのかという想いもありました。ただ、私自身、日本しか知らない日本人になりたいわけではなかったし、アメリカしか知らないアメリカ人にもなりたくはなかった。私の立場だからわかる日本もあったし、違うアメリカも見えていた。「だったら、今の自分でいいじゃないか」。そう思えるようになっていきました。いつしか、無意識のうちに抱えていた重みのようなものもすっとなくなっていったんです。これは、ある中国人の学生が教えてくれたことなのですが、歴史問題を議論している時に、その彼が「歴史は絶対変わりません」と断言するんです。山のように積み重ねられた長い年月は絶対に変わらないと。けれど、山というものは見る方向によって姿形がまったく違うと。存在は同じだけれども、見える視点によって、まったく異なるそれぞれの現実がある。それを聞いた時に、自分の経験と重ねて、「なるほど」と納得したんですよ。大島さんは、どのようなきっかけで、モチベーションにフォーカスされるようになったんですか? |
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大島
私は「THE日本人」みたいな生まれで、父方の実家がお寺なんです。幼い頃は、よく実家のお寺に遊びに行ったのですが、そうすると、檀家さんが30人くらい集まってきて、昼ご飯や夜ご飯を一緒に食べるみたいなことがあるんです。子どもながらに感じていたのは、人の多面性って面白いな、怖いなということ。表面上は、穏やかに会話をしているのだけれど、いろいろな噂話が出てくるんです。あそこの〇〇くんがグレて、商店街に1軒だけある不良の変形学生服を売っている店に出入りしているといったような話が(笑)。で、「親の教育、どうなってるんやろうなあ」なんて軽口をたたくわけですよね。その家の人と話す時は、何も言わないのに、ですよ。 |
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白藤
変形学生服ですか(笑)。 |
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大島
今はないのかな? 長ラン・短ランとかを売っている店ですね(笑)。人のモチベーションから入ったのではなく、そのメカニズムに興味を持ったんですよね。もともと、入手したおもちゃはすべて分解してしまうメカニズム大好き少年だったので。その後、大学院まではエネルギー工学を専攻して、IT企業に新卒入社したのですが、ここで少年時代の思い出がフラッシュバックすることになります。なかなかいいシステムができたとお客さまに報告した時に、表面上は「いいですね」と言ってくれていたのに、経営から下されたのは新システムには移行せず、従来のシステムのままでいくというジャッジ。「あ、これ、お寺でよく見ていた光景だ」と。そこで、人のやる気のメカニズムって面白そうだと考え、リンクアンドモチベーションに中途入社して、一生のテーマにしたと……そんな流れですね。 |
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渋澤
いろいろなことがあって、今に至っている。すべてはリンクしているわけですね(笑)。 |
人的資本のメジャーメント
白藤
資本市場には、VRF(Value Reporting Foundation)のフレームワークに、「財務資本」「製造資本」「自然資本」「社会関係資本」「知的資本」「人的資本」という6Capitalsといった評価基準が存在します。しかし、現代において、すべての根幹は人にあるという文脈は、もはや大前提になってきています。今後、ISSB(国際サステナビリティ基準審議会)に統合されるにあたり、一定のガイドラインはソフトローレベルでルール化されると思われますが、この「人的資本」においても、切り取った事実のみの開示が要求されており、未来に資する資本が何たるかの答えがない状況です。この「人的資本」の見える化について、どのようにお考えでしょうか。 |
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渋澤
「人的資本」は、私の最大の関心事。鉄鋼業でも、ソフトウェア業でも、価値を生むのは人ですから。最近、多くの企業で人材の「材」を財産の「財」に言い換えています。人は確かに大切で宝物には違いないのですが、財産とは大事にしまって保有するもの。そこから価値が生まれるわけではありませんよね。資本というのは、企業が価値を生むための源泉ですから、「人的資本」という言葉は非常にしっくりきますね。財務資本だけでは価値は生まれない。すべては人の力をもって成されるもの。これは、渋沢栄一の合本主義の考えに通じるものだと思っています。とはいえ、財務資本と違って、「人的資本」を可視化するのは非常に難しいことです。賃金がどれだけ上がって、企業価値に影響を及ぼしているか。教育・研修にどれだけ投資して、どれだけ成果につながったのか。そこにかけた金額や時間を示すのは簡単ですが、成果との相関性を示すことは実に困難だからです。ただし、いかにメジャーメントするのが難しくても、正しい答えがわからなくても、さじを投げるということではいけません。「人的資本」の可視化はそれほど重要なテーマ。まさに、「箸をとれ」ということだと思っています。 |
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白藤
だからこそ、私たちも大学教授とも連携し、企業の未来価値を示す変数をつくろうという研究を進めています。学術的な手法で、すべての企業価値が図れるわけではありませんが、大きな変数として注目しているのが「従業員エンゲージメント」。会社と個人がどれほど力強くつながっているのか、期待と満足が一致しているのかが重要なのではないかと考えています。組織の因果をすべて勘定するのは難しいですが、投資家の方々が「賭けたい」と思える説得力を持って、世の中に示すことができると考えています。従業員エンゲージメントを指針としていくうえで、企業の将来の発展に資する可能性や、考慮すべきポイントについて、大島さんの見解を伺えますでしょうか。 |
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大島
リンクアンドモチベーションが創業してから20年以上経ちましたが、以前は数値が高かったらいいかなという状態から、高くないといけないよねという時代に変わってきていることを実感しています。ただ、従業員エンゲージメントは高ければOKという話ではないんですよ。スポーツチームを例に挙げると、優勝することが課せられている常勝チームと、和気あいあいやれればいいというチームでは、同じ高い数値でも、従業員エンゲージメントの数値が示す意味はまったく違ってきますよね。 数値が高いことは大前提なのですが、企業それぞれのあるべき姿=目的と、多様化する個人の在り方を踏まえたうえで、どう握手していくのかから考えていく必要があると思っています。大切なのは、可視化された従業員エンゲージメントをいかに成長ドライバーとしていくか。筋トレやダイエットに近い発想なのかなと、私自身は考えています。 |
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白藤
ひと言で「従業員エンゲージメント」といっても、世の中にはさまざまな計り方が存在します。満足度調査のような形で実施している企業もあれば、一橋大学の伊藤邦雄教授が出されているROIを指標にしている企業もあります。渋澤さんはどのようなエンゲージメント指標が好ましいとお考えですか? |
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渋澤
私自身、2008年にコモンズ投信を立ち上げた時に、「対話力」という概念を企業の重要な価値として掲げました。非財務的な価値を重要なファクターとしたのは、日本国内では初めてだと思います。「エンゲージメント」とは、言葉どおり「婚約」のこと。結婚ではないですよね。婚約期間には、何を望んでいるのか、将来をどう捉えているのか、もっと相手を知りたいもの。そこで対話が必要だというわけです。結婚して会話がなくなるみたいに言うと、批判されるかもしれませんが(笑)。 |
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一同
実際、そうなりますよね。わかります(笑)。 |
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渋澤
で、お互いを知りたい、理解し合いたいという意識は、双方向でないと意味がないのです。片方が「エンゲージメントが大事だ」なんて意気込んでいても、もう一方が「で?」なんて冷めていたら、まったく意味がなくなってしまいます。そうした中で、うまくエンゲージメントを高められている企業は、やはり、トップのコミットメントが強いというイメージを持っています。人事部に丸投げするのではなく、さまざまな部署・現場に自ら足を運んで、自身の考えを直接伝える。同時に、現場からの組織変革のヒントをもらう。これがすごく大事なことだと思っています。大きな会社になると、社長って、入社式の時になんとなく遠目で見たくらいの存在で、あとは社内報でたまたま見る程度で終わることも多い。直接、ライブで話す機会はとても貴重だと思うんですよね。その結果、満足度を感じたり、モチベーションが芽生えたり。逆に冷めてしまうこともあるかもしれませんが(笑)。ただ、組織に頼ったエンゲージメント施策は絶対にうまくいきません。トップのコミットメントは不可欠。人と人の関係の中で、パッションを揺さぶるような取り組みがなければいけません。そもそも、パッションがない婚約なんて、面白くもなんともないでしょう? |
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白藤
私自身、いち企業のトップとして身の引き締まる思いです。さて、昨今、世の中では若者たちの意識も大きく変化しています。新卒採用の面接などでも、「日本のプレゼンスを上げたい」といった学生も増えてきています。最後に、そんな若いビジネスパーソンたちに向けて、エールをいただきたいと思います。 |
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大島
生物学的に、人間は子どもの時間が長いとされています。社会人になることも、それと同じ。まずは、この会社で働く、この道を進むと決めたのなら、その場所で一人前になるまで頑張ってみることをお勧めしたいと思います。一意専心で、一人前になったのちに、他者との違いや多様性をうまく活かせる場所を探せばいいんです。みんながみんなライオンや虎ではありませんし、ライオンと虎がいいわけでもない。自分の持ち味をしっかりと見つけて、違いを生み出せるビジネスパーソンになっていく。そして、その違いが所属している企業で、どのような差別化につながっていくのか。そこがリンクすれば、モチベーション高く、他社や社会とのつながりを実感しながら働けるようになりますからね。 |
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渋澤
では、私からは、若い人を預かる企業に向けてメッセージを送ります。令和の時代、企業には有能な若い人を引き寄せて、それをきちんと会社の中で活躍させることが大きな課題になります。それができる会社とできない会社では、大きな格差が生まれていくことになります。そのうえで、これから挙げる成長を阻害する「NGワード」を覚えておいてください。「前例がない」「組織に通らない」「誰が責任をとるんだ」。この3つです。前例がないからと、若者のチャレンジやアイデアを打ち消す。論外です。そもそも、前例の1つもつくられていない会社に未来なんて存在しません。組織に通らない、上に通らないでは、何も始まりませんし、その発想は若く有能な人に壁をつくることにもなります。そして、誰が責任を取るのかなんて、わかりきったことです。そのために上司や社長はいるのですから。半分冗談めいたメッセージかもしれませんが、これらは人材の可能性を、日本の組織の可能性を抑制するもの。これらのワードはすぐにでも禁止にしていただきたいですね。 |