組織理論に基づいてマネジメントを解明する
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磯村 和人Kazuhito Isomura
中央大学 理工学部ビジネスデータサイエンス学科教授京都大学経済学部卒業、京都大学経済学研究科修士課程修了、京都大学経済学研究科博士課程単位取得退学、京都大学博士(経済学)。主著に、Organization Theory by Chester Barnard: An Introduction (Springer, 2020年)、『戦略モデルをデザインする』(日本公認会計士協会出版局、2018年)、『組織と権威』(文眞堂、2000年)がある。
前回、『経営者の役割』において、バーナードは、組織概念を体系的に提示することによって、どのような組織に関する概念枠組を構築したかについて論じた。それでは、この組織理論に基づいて、バーナードは、管理者が行うべきことをどのように導いたのだろうか。今回、バーナード研究の第一人者である磯村和人教授による『Organization Theory by Chester Barnard: An Introduction』と『Management Theory by Chester Barnard: An Introduction』から、バーナードが組織理論からどのようなマネジメント理論をつくり上げ、提示しているかを明らかにする。
組織理論からマネジメント理論へ
前回、バーナード『経営者の役割』においてどのような組織理論が構築されたか、協働システム、公式組織、非公式組織、複合公式組織など、主要な組織概念を取り上げて考察した。『経営者の役割』を執筆した目的はマネジメントを解明することであり、バーナードは、管理者が行うべきことを提示するために組織理論を構築する必要があった。今回、組織理論からマネジメント理論がどのように導かれているかを検討する。
図表1に示したように、公式組織は個人と協働システムのインターフェイスとしてあるので、管理者は公式組織を通じて個人と協働システムに対して働きかけを行う。したがって、バーナードは、管理者が行うべきことを明らかにするために、公式組織がどのような性質を持つものであるかを論じたのである。
『経営者の役割』において、バーナードの中心的仮説は公式組織の概念であり、公式組織の成立・存続・発展条件からマネジメント概念が導かれている。これらの条件は、図表2のようにまとめることができる。
まず、公式組織が成立するための必要十分条件は、共通目的、貢献意欲、コミュニケーションである。この公式組織の3要素から以下のような職能が導かれる。つまり、共通目的を達成する組織構造を構築する専門化、貢献意欲を高める誘因の方法、コミュニケーションを円滑にし、命令の受容と伝達を促すオーソリティーとコミュニケーション・システムの構築、共通目的に基づいて実行するべきことを決める意思決定、これらが管理者に求められる職能と考えられる。
次に、公式組織の存続条件は、有効性と能率である。有効性は共通目的の達成度であり、能率は個人目的に満足度を意味する。有効性と能率を充足させることは、公式組織の内的均衡と外的均衡を維持することを意味する。
さらに、公式組織の発展条件は、組織道徳の創造である。公式組織はその成立、存続のプロセスにおいて組織道徳を創造し、道徳的制度として組織の性格を創造し、維持し、変革する。さまざまな組織道徳が創造されると、次第に相互に矛盾を起こすようになり、これらの調整を図ることが管理者に求められる。貢献者によって新しく受け入れられる組織道徳を創造することにより、公式組織は発展を遂げることが可能になる。
公式組織を成立させ、存続させ、発展させる管理者の職能は、図表3のように整理できる。管理者は、まず、共通目的を実行するための組織構造を形成し、これに関わるのが専門化となる。続いて、管理者は、共通目的に基づいて行うべきことを決定し、貢献者に対して行うべきことを提示する。それらが進んで受け入れられるためには、適切な誘因を提供し、説得を行うことで貢献意欲を高め、モチベーションを生み出し、維持する。また、指示されたことが受容されるようにオーソリティーを高め、複合公式組織の場合には、適切なコミュニケーション・システムを構築する。そのうえで、変化する環境に適切に適応を図るために、新しい共通目的を探索し、設定することによって、組織道徳を創造し、それらを定着させることによって組織文化を生み出す。こうした管理者の職能は、リーダーシップとして位置づけることができる。
このように、公式組織は、協働システムと個人のインターフェイスになっているので、管理者は、公式組織を通じて、個人に働きかけるとともに、協働システムを成立、存続、発展させると考えることができる。したがって、バーナードは、公式組織という中心的仮説を理解することの重要性を強調し、それらに基づいてマネジメント概念を体系的に示したと言えるだろう。
公式組織を成立させる
バーナードは、公式組織の成立条件として、共通目的、貢献意欲、コミュニケーションの3つを挙げている。この公式組織の3要素から管理者が取り組むべき専門化、モチベーション、オーソリティー、コミュニケーション、意思決定という4つの管理職能を導いているので、それぞれがどのような関係にあるのかを検討する。また、これらの4つの職能について、バーナード理論の特徴的な点をいくつか論じることにする。
(1)専門化の理論
『経営者の役割』第11章では、専門化の理論が論じられている。専門化は、基本的に共通目的と深い関係にある。専門化については、一般社会機構における労働の分割という分業、人々をどの仕事に専門化させるかという専門化、どのような仕事に分けられるかという職能化という3つの用語の違いについて論じている。一般的には、どのように仕事を分けるかという職能化をベースに専門化が論じられるが、バーナードは、個人にフォーカスし、どの仕事に専門化するかを重視している。
実際、バーナードは、専門化の基礎には、空間的な専門化、時間的な専門化、社会結合の専門化、作業対象の専門化、方法の専門化の5つを挙げている。厳密には、先の用語にしたがうと、前者の3つは「いつ」「どこで」「誰と」仕事をするかという専門化に、後者の2つは「何を」「どのように」という職能化に対応する。これらの5つを適切に組み合わせることで、専門化が行われ、それらを実行するための組織構造が形成される。社会結合の専門化という、人の組み合わせを専門化として提示している点はバーナードの特徴であろう。
共通目的の達成は、基本的に専門化の革新と採用に依存する。時間と場所について、正しい順序と組み合わせを発見する。人々の組み合わせ、専門知識、技術、相性などを考慮して、正しい人に正しい仕事を割り当てる。時間、場所、人を相互に考慮し、適切な作業対象と作業方法を選択する。これらの独自の組み合わせを生み出すことで、イノベーションが起きる。専門化は、人々の多様性、協働条件の多様性、技術の発明と革新に依存する。
具体的な段階では、組織と専門化は同義になる。目的の専門化から組織構造が生み出される。また、組織構造を形成したうえで、それらの調整プロセスが管理職能となる。全体目的が定められると、中間目的から細部目的へと細分化される。全体目的から細分化された目的が現場で十分に理解されることによって、単位組織は強化される。これに対して、現場では、全体目的から細分化された目的に取り組むので、全体目的をよく理解していないということが起きる。
(2)モチベーションの理論
第12章では誘因の理論が展開される。誘因の理論は、基本的に貢献意欲と深く関連している。公式組織は、個人の貢献意欲とその程度に強く依存する。貢献意欲は公式組織の成立条件の一つであり、貢献意欲を高めることによって、公式組織は個人を協働へと誘引し、個人から必要な貢献を引き出す。つまり、図表5のように、誘因と貢献のバランスを図ることで貢献意欲は調整される。公式組織は、誘因を提供する、あるいは、個人の心的状態を変化させるといういずれかの方法を採用する。前者が誘因の方法、後者は説得の方法と呼ばれる。
個人の貢献意欲は基本的に不安定である。個人によって程度の違いがあるとともに、特定の個人においても貢献意欲は常に変動する。したがって、貢献意欲の強度を誘因によってマイナスからゼロへ、ゼロからプラスへと変動させる必要がある。もし、個人の動機を満足させることができないと、個人は公式組織から離れ、貢献を提供しなくなる。つまり、I-C≧0、あるいは、I/C≧1(I:Incentive、C:Contribution)に保つことが必要であり、報酬などの経済的誘因だけでなく、威信や優越心などのような社会的誘因も活用される。
誘因には、さまざまな類型がある。プラスをつくる積極的誘因と、マイナスを減らす消極的誘因がある。また、客観的に存在する条件を変える客観的誘因と、心の状態や態度を改変する主観的誘因がある。さらに、個人に特定的に提供される特殊的誘因と、組織全体に提供される一般的誘因がある。
バーナードは、特殊的誘因として、賃金、モノなどの物質的誘因、優越心、威信、名誉心、昇進などの非物質的誘因、好ましい作業条件、理想の充足の4つを挙げている。物質的誘因は、最低限、充たされると弱くなり、非物質的誘因は物質的誘因と連動することも多く、地位が高まると、賃金なども上昇する。好ましい作業条件は、個室をもらう、特別な設備利用を認められるなど、作業環境の充実を意味する。理想の充足は、個人の理想を満足させ、働く誇り、適正感を生み出す。
これに対して、バーナードは、一般的誘因として、社会的結合の魅力、慣習・習慣への適合、参加への充実感、心的交流の4つを挙げている。社会的結合の魅力は、社会的な調和をもたらすとともに、協働していることから生まれる喜びを意味する。慣習・習慣への適合は、気心の知れた人と環境で働くと、安心感が生まれ、作業条件、方法、態度、同僚などの要因が影響を与える。参加への充実感は好ましい組織に対する帰属意識であり、心的交流はともに働く仲間意識のような感情的なものである。
心的な状態や態度を変化させる説得の方法には、個人目的と組織目的が適合するように働きかける動機の教化、組織で行っていることの意義を周知し、理解させる機会の合理化、必要があれば、個人の貢献の排除や獲得を力によって行う強制の活用の3つがある。
このように、誘因の経済は、誘因と貢献のバランスをとることで可能になる。しかし、組織のタイプによって、働きやすい要因は異なる。また、誘因は個人間で相互に対立し合い、どの誘因がよく効くかは、状況によっても変化する。さらに、誘因の組み合わせによって効果は異なり、個人の欲求も状況によって変化する。したがって、有効な誘因のシステムを構築することは容易ではない。そのために、組織はしばしば提供できる誘因自体を拡大しようとして、組織の成長を図る。また、個人に応じて、異なる誘因を提供する仕組みとして、差別的な誘因の維持と確立も課題になる。つまり、評価の仕組みで競争と平等のバランスを図ろうとする。
(3)オーソリティーとコミュニケーションの理論
第12章では、権威とコミュニケーションについて論じられる。権威は、貢献意欲とコミュニケーションに深く関連する。バーナードは、権威を公式組織における命令(=伝達)の性格であり、組織の貢献者はその性格づけにしたがって、自己の貢献する行為を支配するものとして受容すると定義する。権威には主観的側面と客観的側面があり、命令(=伝達)を権威あるものとして受容することが主観的側面であり、命令がどのような性格を持つかということが客観的側面である。図表6のように、バーナードは、権威というのは、基本的に、個人の受容や同意に基づくものと捉え、命令の受容がないと、組織への貢献は得られず、組織は失敗すると論じる。権威は本質的に発令者の側ではなく、受令者の側にあり、そのために、バーナードの権威理論は権威受容説と理解される(飯野、1978、1992)。
バーナードは、命令受容の条件とは、命令が理解できること、組織目的と矛盾しないと思われること、個人目的と矛盾しないと思われること、精神的にも肉体的にも従いうる命令であること、という4つの条件が同時に充たされることとしている。命令は理解できるように、必要に応じて解釈され直し、できないことを命令されても、従うことはできないと論じている。
しかし、常に出された命令が4つの条件に適合しているかどうかが反問されるわけではない。もし、4つの基本条件を充たす命令が常に出され、命令が無関心圏にあり、無関心圏を維持する非公式組織の働きが存在するという3つの条件が充たされると、長期の命令受容が可能になり、そのつど、受容すべき命令かどうかが問われなくなる。発令者は、服従されない命令を出し続けると組織を解体させることになることを認識する必要がある。また、組織に参加する以前から予想される問題なく受容される命令群として無関心圏が存在するので、これを維持し、拡大することが重要になる。無関心圏は必ずしも固定されているわけではなく、誘因、リーダーシップなどの効果によって広くもなり、狭くもなる。さらに、組織から得られる利益を守るために、最低限の命令が受容されるように、非公式組織が機能していることに注意を払うことも求められる。
バーナードは、長期に命令受容を可能にする3つの条件が充たされていると、上位権威というフィクションが成立するとしている。権威は通常、上から下へ至るものという考え方が組織に浸透・定着すると、個人は屈辱感を感じることなく、命令に従うことができるようになる。命令が拒否されるという事態を慎重に回避することによって、組織における調整がスムーズに進むようなルーチンが確立される。命令拒否というのは例外的なことであり、発令者が受容可能な命令を出している限り、上位者の命令に下位者が従い、上位者に権威があるという慣行が確立される。
バーナードは、権威の客観的側面を公式組織における命令の性格に関わるものとしている。つまり、命令の公的性格を確立することを意味し、時間、場所、服装、儀式、認証などによって命令は性格づけられる。命令は基本的に、組織的行為に関わるものであることによって、権威を持つ。責任ある職位にある人から命令が発令され、その命令が組織人格に支配されたものである限り、命令は受容される。バーナードは、命令の出所が明確にされ、公的な性格を持つことを職位の権威と呼ぶ。しかし、命令の受容は、個人の能力、あるいは、影響力に依存する部分も無視できず、リーダーシップの権威によって職位の権威は強化される。
命令の客観的側面は、複合公式組織において、特に重要性が高くなる。バーナードは、コミュニケーション・システムを維持するために、
1.コミュニケーションの経路を明確にする
2.すべての人がコミュニケーションの経路で結ばれる
3.コミュニケーションラインは、直接的でできれば短くする
4.責任を維持して伝達の矛盾を防ぐために飛び越えは認められない
5.伝達センターにいる人(管理者)は高い能力が求められる
6.伝達のラインは中断されてはならず時間的な連続性を確保する
7.すべての伝達は認証されなければならない
という原則を挙げている。(4)意思決定の理論
第13章、第14章では、意思決定の理論が論じられる。意思決定は共通目的と深く関連する。意思決定は組織の思考プロセスを意味する。思考することと行為することは分離されるわけではなく、一体のものとしてある。意思決定は主として、目的と手段を選び出すことに関わる。手段の選択に関しては、論理的な過程を踏むことが比較的容易である。これに対して、目的については簡単ではない。というのは、目的の決定には価値が含まれるからである。特に、組織全体の方向を定めるという全体目的については、価値が含まれる。手段の決定については、目的の決定と比較すると、論理的であることが可能になる。しかしながら、手段の決定に価値が含まれないわけではない。いずれにしろ、全体目的から中間目的、細部目的を決定する中で、目的と手段の連鎖がつくられる。このように、共通目的を定式化するとともに、時に再設定することも求められる。また、全体目的を実現するために、必要な手段を熟慮したうえで採用するというプロセスが繰り返される。バーナードは、公式組織の本質に意思決定があると捉えている。
組織の行為は、個人目的ではなく、組織目的に支配されている個人の行為であり、個人の行為には、事前に計算・熟考・思考された結果行われるものと、無意識的・自動的・反応的に行われるものが含まれる。組織の行為は、目的を定式化する必要があるので、論理的な過程によって導き出される。ただし、組織の行為を行うのは個人であるので、非論理的な過程を完全に排除することができない。これを意思決定に関連づけると、組織的意思決定と個人的意思決定があることになる。組織的意思決定は個人によって行われるが、組織目的の視点から意図と効果が考えられる非人格的なものであり、他の人に委譲できる。これに対して、個人的意思決定は組織に参加するかどうか、参加を続けるかどうかを決めることであり、他の人に委譲できない。
意思決定は、組織構造の階層に応じて、大きく3つに分類できる。第1は全社的意思決定であり、トップマネジメントが組織の進むべき方向性を定める戦略的意思決定である。第2は管理的意思決定であり、非管理的な業務を行う人々が適切に個々の判断を行うことができるようにする。第3は業務的意思決定であり、全体目的から細部目的に分化され、その実行の手段の決定は個人に割り当てられる。このように、意思決定は組織全体で行われる。組織参加者の個々の意思決定は、戦略的意思決定や管理的意思決定ほど注目されることがないものの、全体的に見れば重要性は高い。というのは、組織の行動は、意思決定の累積の結果として生まれるからである。
意思決定は、次のような3つの機会から行われる。第1は上位から命令される時、第2は下位から要求される時、第3は自らのイニシアティブによる時である。第1と第2は基本的にルーチン化されているので、意思決定者の権威は問われないことが多い。しかし、第3の場合には意思決定者の権威がテストされる。しかしながら、実際には、意思決定がどのように行われたかを知ることはそれほど容易ではない。行うべきことが命令として提示された時には、あるいは、行うべきでないことを中止し、させない決定がある時には、意思決定が行われたことが明らかになる。これは積極的意思決定と呼ばれる。これに対して、意思決定が行われても、意思決定者以外に必ずしも伝達されない場合もある。また、当面、状況を見極めるために、消極的意思決定という決定しないという決定も行われる。したがって、意思決定がいつ、どのように行われたのかを正確にすることは容易ではない。積極的・消極的意思決定があることを踏まえて、バーナードは、管理的意思決定の真髄として、現在、適切でない問題を決定しないこと、機が熟すまで決定しないこと、実行しえない決定をしないこと、他人のすべき決定をしないことを挙げている。
意思決定を進めていくうえで、環境と目的という2つの要因が深く関わる。組織の活動は、基本的に、目的を変えること、あるいは、環境を変えることによって行われる。目的を立て、実行することで、環境を変える。古い目的とその実現が新しい環境を生み出す。つまり、組織の活動は、目的の精緻化と反復的意思決定のプロセスである。図表7のように、環境は目的の視点から分析され、目的に関わらない条件は背景に退く。
環境は物的・生物的・社会的要因からなるシステムであり、目的という視点からその達成に関わる戦略的要因が識別される。戦略的要因とは、その要因を変化させることで目的の達成につながるものである。組織は働きかける対象を戦略的要因として定めて、具体的な行動を導く。これに対して、当面、目的に関係しない要因は補完的要因と呼ばれる。しかし、戦略的要因と補完的要因は固定されたものではなく、物事の進行に合わせて、戦略的要因と補完的要因は交代する。いったん、一つの戦略的要因に働きかけ、目的を実現するうえで、変化させることに成功すると、次に、新たな戦略的要因が探索される。このように、組織は新しい戦略的要因を絶えず反復的に決定する。このプロセスで、目的の分割と細分化が図られる。意思決定は目的への絶えざる漸近化・精緻化を図ることという連続的なものであり、決定と実行は一体化されたものとして行われる。意思決定において客観性を確立することが難しいので、しばしば前例踏襲主義が採用され、過去が参照される。しかし、一つとして同じ現実は存在しているわけではないので、過去の意思決定を基準にすると、現在と過去を混同することにつながる。意思決定とは、過去を参考にしつつ、未来を見据えて現在を取り組むことを意味する。
以上のように、『経営者の役割』第3部である第11章から第14章において、管理者が行うべき専門化、モチベーション、コミュニケ―ション、意思決定が論じられている。これらは、公式組織を成立させる条件である共通目的、貢献意欲、コミュニケーションから基本的に導かれている。
公式組織を存続させる
『経営者の役割』第3部は、公式組織の理論に基づいて、管理者が行うべきこととして、専門化、モチベーション、コミュニケーション、意思決定を論じている。つまり、公式組織の理論に基づいて、管理者が行うべきことを分析的に導いている。これに対して、第4部に入ると、バーナードは分析的アプローチから転換を図り、総合的アプローチを模索し始める。というのは、公式組織は自律性を持つ全体であり、全体性という観点から公式組織にアプローチする必要があるからである。公式組織は決して共通目的、貢献意欲、コミュニケーションという3つの要素に分解されるわけではなく、公式組織の3要素から導かれる4つの管理職能を果たせばよいということにはならない。バーナードは、公式組織の存続条件である有効性と能率を高めるという視点から全体性を捉えようとし、管理職能と管理過程を論じている。総合的アプローチでは、科学よりもむしろアートが求められる。
第15章では、管理職能について論じられる。組織は全体として自律性を有し、自ら管理する。したがって、その部分である管理者や管理組織によってコントロールされるわけではない。バーナードは、人間の身体を例えて、神経系統は身体が環境に適応できるように指令を出し、身体を維持すると説明している。つまり、神経系統が必ずしも身体を管理しているわけではない。身体機能の大部分は神経系統から独立し、神経系統自体のほうが身体に依存しているからである。
バーナードは、管理職能として、コミュニケーションのシステムを提供すること、不可決な努力の確保を促進すること、目的を定式化し、規定することという3つを挙げている。第1に、コミュニケーション・システムを提供するためには、管理職位、管理スタッフ、非公式管理組織が必要になる。第2に、不可決な努力の確保を促進するためには、個人を協働する関係に導き、実際に貢献を引き出す必要がある。しばしば、採用のプロセスである前者にばかりに目が向けられるが、組織の現場では後者が重要になる。貢献を確保する方法としては、モラールの維持、誘因体系の維持、抑制体系の維持、監督と統制、検査、教育と訓練が採用される。第3に、目的を定式化し、規定するとは、目的を細分化し、責任を割り当て、客観的な権威を委譲することを意味する。全体目的を決定し、中間目的、細部目的へとブレイクダウンされる。それらのプロセスを組織構造としてデザインし組織の現場で何を行うか、権限を委任し、そのうえで、的確に実行できるようにする。この職能は、広く分散した職能であり、その累積によって組織の現実は動いている。
第16章では、管理過程について論じられる。管理過程とは、部分的ではなく、全体として、組織の有効性と能率性を高めることを意味する。図表8のように、協働システムは、物的経済、社会的経済、個人的経済、組織経済という4経済から成り立つ。その機能は、1.効用の創造、2.効用の変形、3.効用の交換を行う。また、効用は組織経済に蓄積される。協働システムというのは、効用を生産するシステムであり、それらを必要な部分に配分するために効用を蓄積し、変形し、交換を行うことで、自らを維持するシステムと理解される。
したがって、管理過程には、組織の全体性と自律性が表れる。組織は自ら創造した効用を蓄積し、各経済間で変形し、交換しながら、分配する。その中核に組織経済がある。組織は自ら創造した以上のものを分配することはできない。しかし、調整を図ることで、組織全体を維持している。公式組織を発展させる
第17章では、管理責任とリーダーシップについて論じられる。管理責任とリーダーシップは、主として共通目的に関連し、公式組織を発展させる条件になっている。
管理者が何に取り組むべきかを考える時、組織における行為を個人の心理や行動に還元し、それらをどのように技術的にコントロールするか、という合理性が基本的に追求される。しかし、組織のマネジメントにおいて、個人の感情や価値に関わる非合理的な側面の重要性も無視することはできない。
管理責任を果たすためには、合理性だけでなく、組織行動の複雑性から生まれる非合理性に対応する力も求められる。組織行動の複雑性は、
1.物的環境・人間の生物的要因に由来する制約
2.協働の成果の不確定
3.目的の共通理解の困難
4.コミュニケーション・システムの脆弱性
5.個人の分散的傾向
6.権威を確立するため個人からの同意の必要性
7.組織に定着させ組織の要求に応じる説得の役割
8.動機の複雑さと不安定さ
9.意思決定という永続的な負担
などによって生み出される。
バーナードは、こうした組織行動の複雑性に対応するために、道徳性の創造が重要になるとしている。道徳性の創造は、個人の利益に直接関係するというよりも、組織に望ましいこと、組織の利益に深く関わっている。例えば、道徳性の創造とは、共通理解が存在するという信念、組織は成功するだろうという信念、個人の動機が充たされるだろうという信念、客観的権威は確立されているという信念、個人目的よりも組織目的が優先されるという信念を生み出すことを意味する。
このように、公式組織を持続可能な存在にするためには、さまざまな信念(=価値)をつくり出すことによって、協働を促す個人的意思決定を鼓舞する力が必要になる。道徳性は、組織に秩序と安定をもたらす。組織は社会的システムであり、慣習、文化、世界に対する考え方、信念、無意識を表現し、反映する自律的・道徳的な制度である。道徳性の複雑性が道徳の対立、矛盾、誤解を生み出す。
バーナードは、道徳を「個人における人格的諸力、個人に内在する一般的、安定的な性向で、これと一致しない欲望、衝動、関心を禁止、統制、修正し、一致するものを強化する傾向のこと」(Barnard、1938、P.261)と定義する。道徳は、個人が守ろうとする考えや行動のことであり、一致するものを強めようとし、一致しないものには反発する。道徳というものは基本的に、個人にとって外的な諸力から生まれ、通常、私的な行動準則(code of conduct)として表れる。人々は複数の道徳を身につけるので、しばしば道徳間に対立が生まれると、行為の麻痺を引き起こし、道徳を守れないと、罪悪感や不快感を生み出す。
道徳の対立を回避するためには、道徳を体系化する必要がある。道徳は多様性であり、単純なものと複雑なもの、高いものと低いもの、広いものと狭いものがある。これらの道徳には、個人にとって優先順位がある。道徳は、基本的にこの優先順位によって体系化される。また、道徳には私的準則と公的準則がある。バーナードは、責任を各自に内在する道徳性がどのようなものであれ、それらが行動に影響を与える個人の資質として捉え、道徳にどの程度、支配されるか、その強度によって責任の高さがわかるとしている。もし、人々が能力以上の責任を引き受けると、責任を果たすことができず、人格が破壊されるという。
その中でも、管理責任とは、管理職位に関わる責任を意味する。これを果たすためには、複雑な道徳性への対処し対立を処理する能力、高い責任能力、活動的である必要性、的確に状況判断し代替案を作成する技術的能力が必要になる。
道徳の対立は、責任の破壊をもたらし、道徳を低下させ、責任感を減退させ、責任回避の傾向を生み出す。したがって、管理責任を果たすためには、以下のような3つの方法を活用し、人々の道徳性を守ることが重要になる。第1に新しい代替案を提案する行政的な方法、第2に例外や妥協に正当性を与える司法的な方法、第3に新しい道徳を創造する立法的な方法である。その中でも、リーダーの創造的機能が最も重要になる。リーダーは、個人と組織の道徳が両立するという確信を持って、新しい価値を生み出す。そうした強い信念が組織への定着欲求を呼び起こす。個人の利害を離れて、組織のためにすることが正しいという信念に基づいて行動する。こうして、リーダーは、状況に適合した新しい組織道徳を創造することによって、公式組織の長期的な存続、発展を導くリーダーシップの役割を果たす。
組織理論をベースにマネジメント理論を提示する
バーナード『経営者の役割』を執筆した目的は、管理者が何を、どのように、なぜ、行うかを明らかにすること、つまりマネジメント理論を構築することだった。マネジメント理論を明らかにするためには、バーナードは公式組織の性質を明らかにする必要があると考えた。というのは、管理者は公式組織を通じて管理を行うからである。管理者は個人と協働システムのインターフェイスである公式組織に働きかけることによって管理を行うので、公式組織への理解を深める必要があったのである。
このようにして、バーナードは、公式組織の理論を打ち立て、公式組織を成立させ、存続させ、発展させる条件を明らかにした。公式組織の成立条件は、共通目的、貢献意欲、コミュニケーションであり、これらから専門化、モチベーション、オーソリティーとコミュニケーション、意思決定が導かれる。つまり、管理者の職能は、専門化を通じて組織構造を形成し、行うべきことを意思決定し、指示されたことを受容されるように権威とコミュニケーション・システムを確立し、受容を促進されるように適切な誘因を人々に提供することになる。
また、公式組織を存続させるための条件は、有効性と能率であり、共通目的を達成し、個人目的を充足させる必要がある。公式組織を存続させるためには、専門化、モチベーション、権威とコミュニケーション、意思決定をバラバラに行うのではなく、全体状況に適合しながら、適切に組み合わせて総合的に取り組む必要がある。というのは、公式組織は全体性と自律性を持ち、必ずしも要素に分解して対応できるわけではないからである。
さらに、公式組織を発展させる条件は、管理責任とリーダーシップであり、状況の変化に対応しながら、共通目的を新たに設定し直すことが求められる。公式組織は、成立、存続を続ける中で、さまざまな組織道徳を生み出す。しかし、組織に貢献する人々は、それぞれ異なる個人道徳、組織道徳を持つために、公式組織に貢献する中で、道徳間に対立を生み出してしまう。これらの対立を放置すると、組織道徳を守れないために、個人の行動を麻痺させ、道徳を低下させる可能性を引き起こす。したがって、管理者は、道徳を守れない時には正当化し、対立する道徳を両立させる代替案を提示し、あるいは、新しい組織道徳を創造する必要がある。この組織道徳の創造機能が公式組織を発展させることにつながる。
このように、管理者は公式組織を成立させ、存続させ、発展させることを通じて、管理という職能を果たすのであり、それゆえに、バーナードは『経営者の役割』において前半部分を通じて組織理論を構築し、後半部分で組織理論に基づく管理理論を提示したということができる。
参考文献一覧
Barnard, C.I. (1938) The functions of the executive, Harvard University Press
飯野 春樹(1978) 『バーナード研究』文眞堂
飯野 春樹(1992) 『バーナード組織論研究』文眞堂
Isomura, K. (2021) Management theory by Chester Barnard: an introduction, Springer
加藤 勝康(1996)『バーナードとヘンダーソン』文眞堂