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独自の読書法で理論と経験を融合させる

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  • 磯村 和人

    磯村 和人Kazuhito Isomura
    中央大学 理工学部ビジネスデータサイエンス学科教授

    京都大学経済学部卒業、京都大学経済学研究科修士課程修了、京都大学経済学研究科博士課程単位取得退学、京都大学博士(経済学)。主著に、Organization Theory by Chester Barnard: An Introduction (Springer, 2020年)、『戦略モデルをデザインする』(日本公認会計士協会出版局、2018年)、『組織と権威』(文眞堂、2000年)がある。

前回、バーナードが「組織とは何か」という問いに対してどのように探求したのか、そのプロセスを辿った。しかし、アカデミックの研究による影響を受けることなく、バーナードは、本当に自らの経験だけから論理的で体系的な組織とマネジメントの理論を形成したのだろうか。今回、バーナード研究の第一人者である磯村和人教授によるOrganization Theory by Chester Barnard: An IntroductionとManagement Theory by Chester Barnard: An Introductionから、バーナードがどのようにアカデミックの研究成果を取り入れているか、『経営者の役割』と未発表原稿を検討するなかで考察する。

独自の読書法でアカデミックの成果を取り入れる

独自の読書法でアカデミックの成果を取り入れる

バーナードは、『経営者の役割』を執筆する際に、自らの経験を素材にして、組織とマネジメントの理論を構築していると繰り返し述べている。しかし、他方でバーナードは大変な読書家であり、特に、多読家であったという(Wolf, 1973)。また、バーナードは、かなり広い範囲の研究領域に手を広げ、研究者でも手を出しにくいような大部の本も読み込んでいる。具体的には、哲学、経済学、経営学、社会学、心理学、言語学、人類学まで広がり、研究者顔負けの読書家である。

さらに、バーナードは、独特の読書法を採用している。まず、2~3回ほど、ざっと読み通してから、続いて繰り返し同じ本を読み込むという(Wolf, 1994)。最低でも5~6回は読み直すことで、バーナードは、大部の本でも理解を深めて、自らの考えになるまで徹底的に消化吸収する。その結果として、どこまでが自分の考えで、どこからが著者の考えかがわからなくなるほど、自分のものにしていると考えられる。

例えば、アンドリュースは、「ちなみにバーナード自身は、重要と思う本を再読することをためらわなかった。彼はジョンズ・ホプキンス大学で学生に話をしたとき、『私は(ロス・アシュビーの「頭脳の設計」)を5度読んだが、たぶん、さらに5度読むことになろう』と言っている」(Andrews, 1968, p. xiii)というエピソードを紹介している。

研究者と同じように、もちろんバーナードも自ら読んだ本を通じて、さまざまなアイデアを取り入れていると考えられる。したがって、『経営者の役割』を執筆した際も、いろいろな形で読書から学んだことに影響を受け、その結果を反映していると考えるのは自然なことだろう。

しかし、バーナードは専門研究者ではないので、参照した文献を一つひとつ取り上げて言及する、あるいは、特定の研究分野での文献を体系的にレビューするという方法を採用しているわけではない。したがって、バーナードがどの程度、アカデミックの影響を受けているのかを明確にすることは容易ではない。いうまでもなく、バーナード自身、アカデミックの影響を否定しているわけではない。実際、『経営者の役割』の序文で自らの観察や体験を定式化する上で、理論や他の著作の助けを借りていることを明確に述べている。また、中心的な組織概念の一つである非公式組織の用語についても自ら考案したものではなく、借りものであることを明言している(加藤, 1996)。

それでは、バーナード研究者はアカデミックの影響をどのように評価しているのだろうか。Wolf (1974)は、ホワイトヘッドの思弁哲学の影響を受けていることを指摘している。ハーバード・サークルの研究会に参加し、発表を行い、意見交換を行うとともに、書簡を通じて、多彩な研究者との交流を深めている。そのために、ウォルフは、彼ら、あるいは、その著作から多くの影響を受けていると述べている。また、飯野(1979)は、バーナードがパレート社会学を共通の関心事としてヘンダーソンと親交を結んでいたことから、バーナードのシステム的思考や新しい科学観は少なからずヘンダーソンの感化があるだろうと推定している。

さらに、加藤(1996)は、バーナードが『経営者の役割』における概念枠組を構築する上で、ヘンダーソンの影響を丹念に検討している。『経営者の役割』の序文で、バーナードが「また多くの時間を費やして方法の問題に関する有益な助言と、全体の叙述に関する必要欠くべからざる助力と励ましをくださったハーバード大学アボット・ジェームス・ローレンス化学教授ヘンダーソン氏にとくにお礼を申し上げたい」と謝辞を述べているので、これは間違いないだろう。加えて、村田(1984)は、ホワイトヘッドとバーナードの人間観を検討し、双方が基本的に同一であることを論じている。その上で、ホワイトヘッドの人間観がバーナードの人間観に対する十分な哲学的基礎を与えていると論じている。

このように、バーナードがパレート、ヘンダーソン、ホワイトヘッドなどの影響を受けていることについては指摘されている。しかしながら、実際、どの程度、影響を受けているかを特定することは容易ではなく、そのようなバーナードに関する研究もほとんどない。

したがって、今回、まず、『経営者の役割』において主要な概念に関わって取り上げられている文献を特定し、どのように論じているかを検討する。続いて、バーナードの未発表原稿で参考文献として言及されているものを明らかにし、バーナード自身がどのように述べているかを確認する。その上で、バーナードが組織とマネジメントの理論を構築する上で、どのような影響があったかを考察する。

『経営者の役割』で引用された文献について

『経営者の役割』で引用された文献について

まず、『経営者の役割』において、どのような参考文献を取り上げられ、言及されているか、アカデミックの影響を検討するための材料を収集し、提示する。

バーナードは、日本語版への序文で、「これを組織だて、その概念用具を展開するに当たっては、デュルケイム、パレート、テンニース、パーソンズその他多くの人々の著作を研究してそれに負うところが大きいが、それにもかかわらず、本書の実体は個人的経験と観察とそれに対する長い間の思索から生まれたものである」(バーナード, 1968, p. 33)と述べている。また、序文では、「私はその前年に組織理論の一部を、他の学者による研究を刺激するつもりで概説しようと試みていた。当時ハーバード大学経営学大学院長ドーナム氏およびその協力者---キャボット、ヘンダーソン、メーヨーおよびホワイトヘッドの諸教授---から与えられた関心と援助がなければ、おそらく私はこの分野において一つの論文も試みなかったことだろう」(Barnard, 1968, p. xxvii)と述べている。

さらに、序文では、権威の起源と本質が国家にあり、そこから生まれるトップダウンの法律万能主義の考え方によって、公式組織が社会生活の最も重要な特徴であり、社会そのものの主要な構造的側面であることを認識することを困難にしていることを指摘している。その上で、エールリッヒ『法社会学の基本原理』によって、法律が社会的に組織された人々の公式的、非公式的理解から生じること、このような慣行と理解から実定法として定式化され、立法者によって公布される限り、法律は単に定式化にすぎないことを明らかにし、権威がボトムアップで成立することを説明した点を高く評価している。加えて、Bridgeman (1938)から「われわれが直面する状況の全体は、社会の経済的、政治的、審美的、宗教的側面を含み、物理学や化学のようなよく定義された科学が提示する状況よりもはるかに複雑である」(Barnard, 1938, p. xxxii)を引用し、協働システムの複雑性について論じている。最後に、序文では、方法について、ヘンダーソンのサポートがあったことを謝辞として述べている。

続いて、本文に入ると、第1部では、第2章で人間論を展開し、第3章から第5章で協働システムの理論を論じている。第2章では、直接、パレートを引用しているわけではないが、パレートによる残基概念について言及している。第5章では、一つの事象は、物的、生物的、社会的な不可分の構成要因をもつものとして生じ、人びとの行為がそれによって影響を受けていることを述べ、Bentley(1935)を注で挙げている。さらに、協働で仕事をするときに制約の克服が物的、生物的、社会的要因のいずれかに向けられることが一般的であるが、制約は全体状況あるいは諸要因の結合から生じるとする方が正しいであろうと述べた上で、注でパレート、ヘンダーソン(Pareto, 1932; Henderson, 1935)に言及している。

第2部では、組織論として、公式組織、複合公式組織、非公式組織の概念が取り上げられている。第6章の公式組織の定義ではパーソンズ、デュルケイム、パレート、ウェーバーを挙げ、行為のシステムについて言及し(Parsons, 1937)、システムの定義では注でHenderson(1935)に触れている。また、第7章の以心伝心(observational feeling)について、注でRivers(1924)、Bartlett(1932)を参考文献にしている。

さらに、第8章の複合公式組織の理論では、集団数の増大が集団間の複雑性を高めることに関して、注でGulick and Urwick(1937)に言及している。組織をピラミッドではなく、円あるいは球という比喩で捉えることに関しては、キャボットの所論に触れている。第9章では、非公式組織に言及した研究を取り上げ、Mayo(1933)、Whitehead, T.N.(1936, 1938)、Roethlisberger and Dickson(1938 1934?)を注で挙げている。しかし、これまでの研究は経営組織の生産レベルだけについて明確に研究されてきたにすぎないと指摘している。この注では、組織の動態的な側面を論じたフォレットにも言及している(Gulick and Urwick, 1937)。また、非公式組織の理論のなかでは、デュルケイムのアノミーにも触れられている。

第3部に入ると、公式組織の要素として、専門化、誘因、権威、意思決定を論じている。第11章の誘因の理論では、マルクスに言及し、物的誘因が極度に強調されるのは、古典派経済学、唯物論哲学と結びついていると指摘する。第12章の権威の理論では、政治学者のミヘルスによる権威の定義に触れ、退役軍人であるHarbord(1936)も権威の受容的側面を取り上げているとしている。第13章の意思決定の理論では、「目的はそれ以外の環境の部分になんらかの意味を与えるために必須のものであることに注意しなければならない」(Barnard, 1938, p. 195)と述べ、この考え方がWhitehead, A.N. (1936)の影響を受けていることを明言している。第14章の機会主義の理論では、戦略的要因の理論についてコモンズを直接、大量に引用し、ここからアイデアを得ていることを論じている(Commons, 1934)。 

第4部では、協働システムにおける組織の機能について、管理機能、管理過程、管理責任を論じている。第16章の管理過程の理論では、組織経済を論じた部分でパーソンズとパレートに言及し、考え方を共有していることを述べている。組織経済と個人経済、組織の効用と個人の効用は区別され、組織の効用は個人の効用の総計とは異なることを注で説明している。ここに組織の独立性と動態性があることを指摘している。

ここで、取り上げたもの以外で目につくのは、軍人の発言がしばしば言及されるとともに、実例としてもいくつか軍事に関わるものが紹介されている。また、バーナードにはより原初的な現象から人間を捉えようとする姿勢が見られ、人類学的なアプローチに強い関心を示していることが特徴的である。

未発表原稿で言及された参考文献について

未発表原稿で言及された参考文献について

続いて、『経営者の役割』へのアカデミックの影響を考察するために、1936年から1937年にかけて執筆されたと推定される未発表原稿において取り上げられている参考文献を調査する。特に、Barnard (n.d.)では、取り上げた参考文献についてどのように参考にしているかが具体的に述べられ、貴重な資料となっている。

Barnard (n.d.)は、プラトン『共和国』、『法律』などの古典を除くとして、Ehrlich (1936)、Pareto (1935)、Commons (1934)、 Brown (1936)、 Koffka (1936)という5冊の著書を取り上げている。研究領域としては、法社会学、社会学、経済学、心理学と広範に関わっている。Barnard (n.d.)にはBibliography and Critical Notesという節があり、バーナードは、「組織とは何か」を考える上で、参考にした文献としてこれらをレビューしている。これらの5冊の著書は、組織それ自体を取り上げているわけではないものの、組織のセンスを導く参考文献と評価されている。また、これまでの研究とは一線を画し、オリジナリティが高いものと捉えられている。以下では、バーナードがどのようなことを指摘しているか、1冊ずつ検討する。

エールリッヒ『法社会学の基本原理』は、法社会学、法科学、法の歴史を取り扱っている(Ehrlich, 1936)。バーナードは、ここで議論されているのはアソシエーションであり、組織、あるいは、組織化された人間関係と理解することができ、正式な法律や法として力を有する行動規範の源泉として捉えられると述べている。また、権威主義的な上部レベルからではなく、社会構造の下部レベルから生じる人間の行動や権威について論じ、国家にすべての源泉を見出す学説へのアンチテーゼとして重要性が高いと評価している。

パレート『心と社会』は、社会的なダイナミクスを議論する重要な文献と位置づけられる(Pareto, 1935 )。ただし、組織の社会的な側面については議論されていないと述べられている。非論理的な人間的な諸力をベースにしている点でメリットが大きく、相互依存する変数から成るシステムとその動的均衡が論じられていると評価され、これは人間相互作用のシステムを理解するための本質的な概念であるという。バーナードは人間相互作用のシステムを組織とするが、パレートは相互依存するシステムから一足飛びに社会の分析に向かったことが欠陥であると指摘する。社会を説明する構造的なものとして、この概念を適用すべきだったとしている。

コモンズ『制度経済学』は、経済的世界の最も現実的な解釈を提供していると評価される(Commons, 1934)。コモンズは、経済的現象の中心に経済的な性質をもつ特有の組織としてゴーイングコンサーンを据えている。ただし、コモンズは組織自体の研究を基礎にしているわけではない。コモンズが経済活動の単位を取引とし、それらの取引をバランスさせ、ゴーイングコンサーンを通じて生産から消費のステージまで方向づけているとされる。

バーナードは、コモンズによってモノではなく、力が経済学の素材として 取り扱われていることに注目する。力は組織を通じて作用し、組織的に条件づけられた取引によって力の妥協がその効果として生み出される。コモンズは、基本的にトップダウンのアプローチを採用している。しかし、大小の組織の関係を示し、経済的な習慣や慣行の関係を慣習法として理解し、エールリッヒと同様に経済的な世界におけるボトムアップのアプローチにもなっている。もっとも、コモンズは組織という用語を使用していないので、社会における組織的な側面にベースをもつ経済理論であると見なされる。

ブラウン『心理学と社会的秩序』は、組織に関する研究ではない(Brown, 1936)。しかし、一般的な社会的現象に対して個人と組織の基盤になっている心理的な力からアプローチしている。心理学的な力の場(psychological force-fields)という方法論を取り扱っている。この力の場は、組織の重要な側面を抽象化したものといえる。ただし、バーナードは、ブラウンが十分に科学的に力の場を確かめることができていないとしている。

コフカ『ゲシュタルト心理学の原理』は、個人は組織のメンバーであり、組織のエネルギーの源泉であるとしている(Koffka, 1936)。ゲシュタルト心理学は有機体の理論であると評価される。個人心理学は非物資的なものであり、組織理論と同等のものと見なされる。ブラウンの社会心理学は、トポロジーとともに、集団に対してゲシュタルト理論を適用したものである。コフカの方が科学的な客観性を追求し、より哲学的、科学的なアプローチであるとバーナードは評価する。ただし、コフカの研究も組織理論とはいうことはできないとしている。

バーナードは、このリストに挙げていないものの、組織理論の思想的な基盤になっているのは、ホワイトヘッド『過程と存在』であると述べる(Whitehead, 1936)。この研究は、世界と現実の根本的な有機体の哲学を体現する思弁哲学と形而上学であるとしている。自らの組織理論は個人の体験に由来するものであるが、ホワイトヘッドの論説と一致しているという。また、このリストには、デュルケイム、あるいは、ウェーバーも含めるべきであろうとバーナードは論じている。さらに、人類学については適切なものを見出すことができていないと指摘している。

Barnard (n.d.)では、参考文献とそれがどのように有益であるかを明確に述べている。しかし、バーナードは、組織に関する着想については、経験から来るものであり、自らの読んだ本に由来するものではないことを繰り返し述べている。組織については、その素材を力とその関係、システムとして捉えることを強調し、組織理論ではないが、同じ着想をもつ文献を法社会学、社会学、経済学、社会学、心理学などに求めていることがわかる。

続いて、Barnard (1937)で取り上げられている参考文献を見ていこう。この未発表原稿では、人間関係について考察され、Korzybski (1933)、Ogden and Richard (1936)、Bentley (1935) 、Whitehead, A.N. (1936)が特に有益であったとして挙げられている。これらの文献は、哲学、社会学、心理学、言語学の研究領域に属するものである。

また、ハーバードで開催された研究会のメンバーが産業研究に関して論じたものとして、Mayo (1933)、Whitehead, T.N. (1935, 1936)、Roethlisberger (1936)、Roethlisberger and Dickson (1934)を参照し、人間関係論に関わる文献に言及している。人間関係論に関わる研究者とは直接的な知的交流をもつとともに、彼らの文献についても読んでいることを確認することができる。

力のシステムとしての組織を求めて

力のシステムとしての組織を求めて

『経営者の役割』と未発表原稿で言及された参考文献を手がかりにバーナードがアカデミックの研究からどのような影響を受けているのかを検討する。『経営者の役割』で取り上げられている文献から、著書全体に与えた影響をいくつかまとめることができる。

第1に、パレート、ヘンダーソンの相互依存システムの考え方が『経営者の役割』の全体で言及され、全体の構成への影響を見てとることができる。例えば、人間論における残基概念、論理的要因だけでなく、非論理的要因の重視、誘因の経済、管理過程を論じている組織経済の理論における効用の創造、変換、交換、均衡など、随所で確認できる。

第2に、公式組織概念を中心に組織概念の構築に関しては 、パレートとヘンダーソンによる相互依存システム、パーソンズを経由してウェーバー、デュルケイムによる行為システムなどの考え方を共有している。

第3に、ホーソン実験に関わった人間関係論から非公式組織の用語を採用するなど、一定の示唆を受けている。ただし、バーナード自身は、人間関係論で提示された非公式組織概念との違いを明確にしようとしている。非公式組織の概念については、エールリッヒ、あるいは、デュルケイムについても言及しているので、一定の影響を受けていると考えられる。さらに、非公式組織の動態を捉える上では、フォレットの考え方に共感を示している。

第4に、バーナードの権威受容説には、社会学のミヘルス、序文でも触れられている法社会学のエールリッヒの考え方を大いに参考にしていると考えられる。国家、法律などトップダウンではなく、慣習、習慣などボトムアップに目を向けている点で、考え方を共有している。

第5に、コモンズの考え方を意思決定において戦略的要因の理論を構築する上で全面的に活用している。ここでは、環境と目的の関係についても言及され、目的が環境全体を捉える上での役割についても論じている。また、過去、現在、未来を見る時間に関する考え方にもコモンズへの共感が示されている。

次に、未発表原稿からわかることを整理しよう。Barnard(n.d.)は、バーナードが自らの経験に基づいてどのような独自の組織概念を構築しようとしているか、理解できる貴重な資料である。この原稿では、組織を人間相互作用のシステムとして捉え、目的によって統一化されるものと定義している。『経営者の役割』のように、公式組織と非公式組織との区別はこの時点では存在していない。しかし、組織の動態性、全体性を見えない、非物質的な力という視点から定義づけようとしていることがわかる。公式組織の定義に向かう一里塚と捉えられる。

バーナードが既存の研究において見出すことができない組織概念は力のシステムとして組織ということになる。Barnard (1936)において、組織と個人を諸力のシステムとしてpowerとして位置づけているが、この考え方を組織の定義に反映しようとする試みと理解できる。これまでの組織理論では見いだせなかったアイデアをエールリッヒ、パレート、コモンズ、ブラウン、コフカ、その他、ホワイトヘッド、デュルケイム、ウェーバーにも見出そうとしている。

また、Barnard(1937)では、多くの文献が挙げられている。この文献では、人間関係の多様性、複雑性を議論し、そこからどのように組織が生成されるかを考えている。ここでは、人間関係論に関する文献とともに、心理学、哲学、言語学、社会学から人間関係の不可視性、非論理的要因を抉り出そうとしている。これらの文献では、非公式組織から公式組織を形成するプロセスを追求する上で、人間関係、これも力の関係であり、見えないものであり、必ずしも論理化、意識化、言語化されないものとして重視される。

『経営者の役割』と未発表原稿で取り上げられている文献のなかで、直接触れられていない影響を見出すことができる。村田(1984)が指摘するように、ホワイトヘッドの有機体の哲学は、協働システムの理論の形成で大きな影響を与えていると考えられる。外部環境、協働システム、公式組織、人間がシステムという同じような構造をもちつつ、相互関係で結ばれる階層性のなかにあること、つまり、垂直同型性をもつことについて、ホワイトヘッドの有機体の哲学から理解できる。

また、コフカについても、システムの全体性を捉える上で、影響があると考えられる。視覚や聴覚のような知覚と人間の抽象化、言語化から総合した理解を形づくるとするゲシュタルト心理学の全体性の考え方をバーナードは共有している。コフカによる部分は全体以上のものであるという考え方に共感していると考えられる。

経験と理論を融合させる

経験と理論を融合させる

バーナードは、自らの経験に基づいて、組織とマネジメントの理論を構築しているということは本当のことであろう。バーナードは、アカデミックの研究からそのまま借り受けたもので理論構築しているわけではない。ただし、外部ではヘンダーソンの理論を借り受けたものではないか、あるいは、人間関係論の研究成果を参考にしたものではないか、という評判があったために、バーナードは、これらを警戒し、打ち消そうとしたという可能性は十分に考えることができる(飯野, 1978; 加藤, 1996; Wolf, 1973)。

バーナードの読書法は独特のものであり、他の研究をそのまま借り受けるということも、実際上ないと考えられる。大部の文献を何度も繰り返し、読み込み、自分が納得できるまで理解し、消化し、自分のものにしているので、バーナードの独自の理論になっている。これを自分の経験とつき合わせて、それに適合するかどうかを丹念に検討している。特に、力のシステムとして組織概念については、そのように理解できる文献に遭遇することができているものの、それぞれが自らの問題に対して導き出した理論であり、バーナードの問題意識を共有したものではなく、同じものであると考えることができない。

もっとも、バーナード自身が認めているように、アカデミックですでに活用されている用語を取り入れた例はいくつもある。実際、公式組織、あるいは、非公式組織は、バーナード自身が考案したタームとはいえないであろう。しかし、同じ用語が使われていても、人間関係論で論じられている公式組織と非公式組織とは異なるものであり、概念的に同一のものと考えることができない。したがって、バーナードの組織とマネジメントの理論を理解する場合には注意が必要になる。

特に、バーナードの組織概念と考え方が共有されているものを整理すると、以下のようになるだろう。(1)システムの階層性については、ホワイトヘッド『過程と存在』、(2)システムの動態性については、パレート『一般社会学提要』、エールリッヒ『法社会学の基礎理論』、(3)システムの全体性については、コフカ『ゲシュタルト心理学の原理』、コモンズ『制度経済学』が挙げられる。今回、議論しなかったが、システムの自律性については、ポランニー『自由の論理』、あるいは、ハイエクの影響を受けていることは、バーナード自身が往復書簡で認めている通りである。

以上のように、大変な読書家で、多様な研究分野で蓄積された成果は、バーナードの独特の読書法で消化吸収され、自らの経験とつき合わせられながら、バーナードの哲学や理論に融合されていると考えることが適切であろう。

参考文献一覧

Andrews, K.R. (1968) Introduction to the 30th anniversary edition, in Barnard, C.I. The Functions of the executive, Harvard University Press
Barnard, C.I. (1938) The functions of the executive, Harvard University Press
バーナード, C.I. (1968) 『新訳 経営者の役割』ダイヤモンド社(山本安次郎・田杉競・飯野春樹訳)
Barnard, C.I. (n.d.) Preface, Barnard Collection, Baker Library, Harvard Business School
Bartlett, F.C. (1932) Remembering, Cambridge University Press
Bentley, A.F. (1935) Behavior, knowledge, fact, Principia Press
Brown, J.F. (1936) Psychology and the social order: An introduction to the dynamic study of social fields, McGraw-Hill
Commons, J.R. (1934) Institutional economics: Its place in political economy, Macmillan Co.
Ehrlich, E. (1936) Fundamental principles of sociology of law, Russell and Russell
Gulick, L.H. and Urwick, L. (eds.) (1937) Papers on the science of administration, Institute of Public Administration, Columbia University
Harbord, J.G. (1931) The American army in France, Little, Brown and Co.
Henderson, L.J. (1935) Pareto’s general theory, Harvard University Press
加藤勝康(1996)『バーナードとヘンダーソン』文眞堂
飯野春樹(1978)『バーナード研究』文眞堂
飯野春樹編(1979)『バーナード 経営者の役割』有斐閣
Koffka, K. (1936) Principles of gestalt psychology, Trench, Trubner
Korzybski, A. (1933) Science and sanity: An introduction to non-Aristotelian systems and general semantics, International Non-Aristotelian Library
Mayo, E. (1933) The human problems of an industrial civilization, Macmillan Co.
Michels, R. (1930) Authority, in Seligman, E.R.A. and Johnson, A.S. (eds.) Encyclopedia of the social sciences, Macmillan
村田晴夫(1984)『管理の哲学』文眞堂
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Pareto, V. (1932) Sociologie Générale, Payot
Pareto, V. (1935) The mind and society: A treatise on general sociology, Dover Publications
Parsons, T. (1937) The structure of social action, McGraw-Hill
Rivers, W.H. R. (1924) Instinct and the unconscious, 2ed., Cambridge University Press
Roethlisberger, F.J. (1936) “Understanding a prerequisite to leadership,” address before Prof. Cabot’s Business Executives Group, Harvard Graduate School of Business Administration, Feb. 9
Roethlisberger, F.J. and Dickson, W.J. (1934) Management and the worker: Technical vs social organization in an industrial plant, Harvard Graduate School of Business Administration Business Research Studies, No.9, Oct.
Whitehead, A.N. (1936) Process and reality: An essay in cosmology, Macmillan
Whitehead, T.N. (1935) “Human relations within industrial groups,” Harvard Business Review, Autumn
Whitehead, T.N. (1936) Leadership in a free society, Harvard University Press
Whitehead, T.N. (1938) The industrial worker: a statistical study of human relations in a group of manual workers, vol.1 and 2, Harvard University Press
Wolf, W.B. (1973) Conversations with Chester I. Barnard, New York State School of Industrial and Labor Relations, Cornell University(日本バーナード協会訳『経営者のこころ』文眞堂、1978年)
Wolf, W.B. (1974) The basic Barnard, New York State School of Industrial and Labor Relations, Cornell University(日本バーナード協会訳『バーナード経営学入門』文眞堂、1975年)
Wolf, W.B. (1994) Understanding Chester I. Barnard, International Journal of Public Administration, 17(6), 1035–1069

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