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人生100年時代。「東洋思想」が語りかける「学ぶ目的」とは?

人生100年時代。「東洋思想」が語りかける「学ぶ目的」とは?

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  • 手計 仁志

    手計 仁志HISASHI TEBAKA
    株式会社東レ経営研究所
    シニアコンサルタント

    早稲田大学政治経済学部卒業。1998年、東レ株式会社に入社。IT機器向け素材営業携わり、中国市場開拓を長く担当。上海駐在時にコーチングに出会い、2017年より現職。専門分野はコーチングによるリーダー・マネジャー育成。生涯学習開発財団認定コーチ、日本産業訓練協会マネジメントトレーニングプログラムインストラクター。

  • 林 幸弘

    林 幸弘YUKIHIRO HAYASHI
    株式会社リンクアンドモチベーション
    モチベーションエンジニアリング研究所 上席研究員
    「THE MEANING OF WORK」編集長

    早稲田大学政治経済学部卒業。2004年、株式会社リンクアンドモチベーション入社。組織変革コンサルティングに従事。早稲田大学トランスナショナルHRM研究所の招聘研究員として、日本で働く外国籍従業員のエンゲージメントやマネジメントなどについて研究。現在は、リンクアンドモチベーション内のR&Dに従事。経営と現場をつなぐ「知の創造」を行い、世の中に新しい文脈づくりを模索している。

正解のない不確実な時代。私たちに生き抜く基準を示してくれる『弟子規(ていしき)』。第2回目は、「東洋思想」を実践に落とし込んで考える。「リーダーとしての判断基準を持つためには?グローバルでビジネスをする際に必要な視点とは?「SDGs」とは?学ぶ事の目的とは?」など、思考の軸のヒントにしていただきたい視点を提供する。

関係性の世界で、「身・口・意」を整える。

関係性の世界で、「身・口・意」を整える
林 幸弘

共著者である車文宜さんとの出会い、東洋思想をもとにしたパーソナルブランディングプログラムを経て、人生の目的を「徳のあるリーダーを育成するために、この世に生まれてきた」と定めた手計さん。『リーダーとして論語のように生きるには』の出版に至るまでに、どのような経緯があったのでしょうか。

手計 仁志
手計

東洋思想は、すべてが関係性の中で語られる。自らのブランディングも自己と他者の認識の重なりの中で構築していく。前回、そんな話をさせていただきました。いくら私が「徳のあるリーダーを育成するために、この世に生まれてきた」と勝手に言っていても、他者が認めない限り何の意味もないということです。そのためにも大切なのは、常に自分を整え、心と言葉と行動をそろえていくこと。東洋思想で言うところの「修身※1」です。身近にいる家族にどう接するのか。会社の部・課・チームに対して、どのようにふるまっていくのか。社会に対して、どのような影響を与えていくのか。他者から認められて、初めて、自らの意味が成立することになります。本を出版したのも、その一環です。自らの想いを伝え、社会へ影響力を発揮するための手段だったからです。

※1 修身:自分の行いを正しくし、身を修め、整えること。

林 幸弘

自分の心と言葉と行動をそろえていく。ビジネスにおけるハイパフォーマーには、そうした一貫性が共通してあるように思えます。想いや、覚悟みたいなものを持っているイメージです。一方、組織の中には、それができずに悩んでいる人も多くいます。

手計 仁志
手計

組織人にはよくあることですね。「部長は右が正解だと言っているから従うけれど、自分は左が正解だと思うんだよな」みたいな(笑)。

林 幸弘

はい。そこで心の通っていないコミュニケーションをしていると、メンバーにも動いてもらえない……(笑)。などというケースは頻繁に見られますよね。

手計 仁志
手計

「身(しん)・口(く)・意(い) ※2」をそろえることは、仕事において重要なこと。そのためには、どのレイヤーでそろっているか・いないのかを意識することが必要だと思います。「Why(目的)」「What(目標)」「How to(手段)」のどこで相違が生まれているのか。例えば、利益を達成するという目標に対して、安くつくる、単価を上げる、大量に売るなど多様な手段が存在しますが、手段がそろっていないだけなら、そういう考え方もあるかと納得できるわけです。その違いが多様性であり、選択肢の多さでもありますから。ただし目的が揃っていない組織は厄介ですね。

※2 身・口・意:仏教用語で三業(さんごう)のこと。動作を行う「身」、言語表現を行う「口」、精神作用をなす「意」を指す。

林 幸弘

そうした枠組みで考えれば、マネジャーとメンバーの間でディスカッションもしやすい。ひとりひとりの「Why」に対するメンテナンスは重要です。

手計 仁志
手計

現代の企業は、わざわざ目的を語らなくても効率的に回るように仕組み化されています。本来、最も大事なのは「目的」であるはずなのに、目標や手段が繰り上がり、「顧客を50件訪問すること」や「資料をつくること」が仕事になっている人が多い。思考停止のでき上がりです。そうならないために、ここぞという時には自分の目的を言語化し、拠りどころを定めておくことが大切です。ただ、それをするには、静かな場所で、じっくりと自分自身や社会に向き合う必要があります。私自身、この世に生まれてきた意味を定めるのに1年以上かかりました。

世界との向き合い方を見直そう。

世界との向き合い方を見直そう
林 幸弘

「老いは容易に到来する、今という時間を惜しみ大事にする」。『弟子規』を読んで、特に印象に残った一節(和訳)です。学問を求める人は一刻も無駄にすることなく、向上心を持って励む。本分をしっかりと自覚していれば、疲れることはない。この“疲れ”というものが、現代社会において大きな課題だと思っています。

手計 仁志
手計

そうですね。報酬などの外発的動機は、瞬発力はあるが、持続性がありません。内発的動機の有無が極めて重要なのだと思います。私自身、「徳を備えたリーダーを育成する」という本分を定めてから、それと関係のない事物と距離を置けるようになり、一切疲れなくなりました。やはり、「Why」を持つことが大事なのだと思います。

林 幸弘

1970年代から1990年代にかけて、日本企業は世界に飛躍しました。当時、若手社員だった人たちが今は経営層となっているのですが、「昔は目的など考えずに、突っ走れた」などという話も耳にします。あの時、日本企業はなぜ「Why」がなくとも成長できたのでしょうか。それとも意識していなかっただけで、本当はあったのでしょうか。

手計 仁志
手計

「What」が明確であったからでしょうね。戦争に負けた日本は、世界のトップグループから大きく離され、どうすれば発展を遂げられるかを模索していました。すると、目の前には、世界一の国・アメリカという目標があったわけです。「こういうふうに自動車をつくれば、世界中から買ってもらえるんだ」といったように、わかりやすい正解があったのです。ここまで成長を遂げられたのは、本当に素晴らしいことですが、「Why」は緊急の事態や停滞を迎えないと意識しないものですからね。世界のトップグループとなり、ITの劇的な進化で世界のあらゆる価値観に触れる機会が生まれ、私たちの中に価値観の多様化という「遠心力」が生まれた。そして今こそ「何のために」を「求心力」にする必要ができた。そういうことだと思います。

林 幸弘

物質的な豊かさを手に入れた今、私たちは正解のない世界と向き合っています。働く意味や、自分にとっての「本分」を強く意識し、価値観や行動をシフトしていく必要がありますね。

手計 仁志
手計

スキルを磨いて独立したい人もいれば、我が子を立派に育てたい人もいる。個人レベルの「意味」には正解がありません。ですが、宇宙ベースで物事を捉えると、そこには正解があるんです。命が終わりを迎えること、日が昇り沈むこと、宇宙万物の法則という絶対的正解からは誰も逃れないのです。その中で、どう世界と向き合い、何を残し、どう生きるのか。東洋思想は、これからの世界に向き合ううえで、極めて大切なことを教えてくれているんです。近年、「SDGs」というワードが盛んに使われるようになりましたが、この概念は、太古から続く、中国のタオイズムそのもの。西洋の人はコンセプトや枠組みを言語化して、世界を動かしていくことが本当に上手ですよね。個人的には、「してやられた!」という感じです(笑)。

学ぶことは、「本分」を見つけること。

何のために、この世に生まれたのか
林 幸弘

ここからは、著書のテーマとなった『論語』『弟子規』について伺いたいと思います。

手計 仁志
手計

『論語』は、儒教の四書※3に数えられる書物の一つ。端的に言えば、「学び方」を説いた本です。『論語』が生まれたのは、今から2500年以上前のこと。漢字というのは表意文字ですから、そこには数多の解釈が存在しました。「で、具体的には何をすればいいの?」となり、中国・清の時代に『論語』の実践編として誕生したのが『弟子規』です。これは主に、子どもたちの教本として活用されていました。「親に疾病がある時は、薬は先に味見する」「路上で年長者に遭遇したら、速やかに走り寄り挨拶する」といった具体的な行動が記されています。

※3 四書:儒教の経書のうち『論語』『大学』『中庸』『孟子』の4つの書物を総称したもの。

林 幸弘

「当たり前だけど、全部できたらすごいこと」と本の帯にもありましたが、実際に読んでみると、なかなか実践できていないことばかりでした。

手計 仁志
手計

『弟子規』の文字数はたったの1,080文字。子どもたちはその意味もわからないうちから、これを暗誦し、体に染みつかせていきます。世の中には、実際に体感してみないとわからないことがいくつもありますよね。例えば、自転車の乗り方にしても、何度も転びながら、バランスのとり方を試行錯誤していくじゃないですか。習う(=実践する)、そして、学ぶ(=意味づけする)。日本では学習という言葉が一般的ですが、本来あるべき姿は逆で「習学」です。そのほうが学習効果も高くなるんです。私が『弟子規』をテーマにしたのも、まさにそこが狙いでした。頭で「わかった、わかった」と早合点していても、そこにある意味を理解できていない、実践できていない人はたくさんいます。これまでの話で「Why」が大事と繰り返してきたのに、「How to」を前面に打ち出すのにはちゃんとした理由があるんですよ。

弟子規の概念図
林 幸弘

学び方を学ぶ。素晴らしいテーマですね。日本人って、年齢を重ねるごとに学習時間が右肩下がりになるじゃないですか。本来、人は学びを欲する生き物であるはずなのに……。常々、そこに楔を打ち込みたいと思ってはいるのですが。

手計 仁志
手計

確かにそうですね。子どもに何かを見せると、「何それ!教えて、教えて!」と寄ってきますでしょう?学びの欲求って、本能的なものであるはずなんですけどね。宇宙万物の法則に照らせば、人間は一人で生きていくことはできません。他者と、自然と、時空と調和し、その中で自らが果たすべき「本分」を知る。私は、そのために人は学ぶのだと思っています。目の前にチラつくお金に執着したり、予算やノルマ、競争に目を奪われたり……仕事にも多くの煩悩がありますが、それらに目を奪われるのではなく、自らの核となる部分を見定めること。自らを修身し続けること。それが「学ぶ」ということなのだと思います。

林 幸弘

多くの人が煩悩だらけだと思います(笑)。そうした中でも、『論語』や『弟子規』を通じてリーダーとしてあるべき姿を学び、自らの「本分」を見つけることができる。それがこの本の大きな魅力なのですね。ただ、「本分」を見つけることは、なかなか難しいことだと思います。日頃からコーチングに従事されている手計さんですが、どのような問いかけが大事だとお考えですか?

手計 仁志
手計

「本分」に至るまでには、3つのステップがあると思っています。最初は、「自らの資質を知る」こと。次に、「その資質を強みに変える」こと。そして、「それを社会でどう発揮するかを知る」ことです。私たちは関係世界の中に存在しますから、他者を意識して初めて自分の「本分」が成立します。例えば、人と話すことが好きな人がいたとします。ただ、余計なおしゃべりばかりに夢中になってしまっては、そのコミュニケーション力が弱みになってしまうこともあるわけです。モノづくりに打ち込める人、知識を追求するのが得意な人、それぞれの資質に合わせて、それを他者や社会との関係性を考慮して突き詰めていくことが大事だと思います。

本分に至るまでの3つのステップ
林 幸弘

「What」が提示されなくなった世界において、リベラルアーツが新たな世界への足掛かりとなるものだと思い知らされます。次回は、組織経営・HRといった課題と結びつけながら、東洋思想のコアな部分に踏み込んでいきたいと思います。

次回『東洋思想で読み解く、「企業経営」。深い人間理解で、経営やマネジメントが生まれ変わる』に続く…

【書籍紹介】
『リーダーとして論語のように生きるには』 車文宜・手計仁志 著 <Amazon
定価:本体1,480円(税別) ※価格は店舗・形態によって異なります。
発売:2019年8月
ページ数:288ページ
出版社:株式会社クロスメディア・パブリッシング <公式サイト

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