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寺沢 徹×THE MEANING OF WORK「失われた30年」に決着を。「期待にあふれる対話」の可能性。~投資の力で未来を育む~|意味のあふれる社会を実現する|Link and Motivation Inc.
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寺沢 徹×THE MEANING OF WORK「失われた30年」に決着を。「期待にあふれる対話」の可能性。~投資の力で未来を育む~

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  • 寺沢 徹

    寺沢 徹TORU TERASAWA
    アセットマネジメントOne株式会社 運用本部 責任投資グループ
    エグゼクティブESGアドバイザー

    1988年、(株)富士銀行(現(株)みずほ銀行)入行。デリバティブや外国為替のトレーディング、ALMなど市場部門業務に従事し、カストディヘッドを経て、2015年、みずほ投信投資顧問(株)運用企画部長。2016年、アセットマネジメントOne(株)発足時より責任投資グループ長を務め、2023年4月より現職。経済産業省を中心に各種検討会委員などを務める。

  • 林 幸弘

    林 幸弘YUKIHIRO HAYASHI
    株式会社リンクアンドモチベーション
    モチベーションエンジニアリング研究所 上席研究員
    「THE MEANING OF WORK」編集長

    早稲田大学政治経済学部卒業。2004年、(株)リンクアンドモチベーション入社。組織変革コンサルティングに従事。早稲田大学トランスナショナルHRM研究所の招聘研究員として、日本で働く外国籍従業員のエンゲージメントやマネジメントなどについて研究。現在は、リンクアンドモチベーション内のR&Dに携わるとともに、経営と現場をつなぐ「知の創造」を行い、世の中に新しい文脈づくりを模索している。

人的資本情報の開示に、意味はあるのだろうか。投資家に届いているのだろうか。人的資本情報開示元年を終えた現在も、多くの企業がその難題に悩みを抱えている。日本の経営を変革するために。失われた30年に決着をつけるために。投資家とどのような対話を行うべきなのか。アセットマネジメントOne のエグゼクティブESGアドバイザー・寺沢徹氏にそのヒントを学ぶ。


金融を変えてやる。志と革新のキャリア。

金融を変えてやる。志と革新のキャリア。
林 幸弘

寺沢さんには、当社が主催する「伊藤ゼミ」にもご参画いただきまして、大きな示唆をいただけたという経緯があります。「この失われた30年に決着をつける」「投資の力で未来を育む」というテーマでお話を伺っていこうと思います。まずは、寺沢さんのこれまでのキャリアについてお聞かせください。

寺沢 徹
寺沢

もともと、大学では精密機械工学を専攻していました。私が社会に出たのは1988年。バブル景気の真っ只中で、理系人材が金融業界に流れ始めたタイミングでもありました。私は大学ではあまり勉強していなかったこともあって、就職活動当初は周りの優秀な人たちがつくったものを世界に売っていこうと考え、商社を狙っていたのですが、金融業界という道もあるなと。その頃は、今でいうデリバティブ、当時はスワップ、オプションといった言葉が出始めていて、金融業界は文系出身者が大半を占めている状況。これは勉強しなかった私でも何とかなるだろうと思ったんですね。それで、証券会社を含めた数社を回り、最終的に、富士銀行(現 みずほ銀行)に入社することになりました。

林 幸弘

金融業界の転換期だったわけですね。寺沢さんは、富士銀行に入社されてから、どのような業務を経験されてきたのでしょうか。

寺沢 徹
寺沢

まずは営業店での業務に半年間従事し、その後、トレーディングルームで勤務することになりました。主に担当していたのは、ディーラー業務です。一般的にディーラーは「ばくち打ち」みたいなイメージがありますが、実際は車のディーラーと同じ。言葉が示すとおり、「商う人」というのが本質的な役割です。さまざまな金融技術を駆使して、新しい商品をつくり、お客さまのリスクヘッジと会社の収益を上げるといった仕事を経験してきました。それなりにマーケットでも名前が売れ、「金融業界を変えてやるんだ」という大きな志を持って仕事に向き合っていましたよ。

林 幸弘

マーケットの最前線で活躍されていたんですね。キャリアにおける転機は何でしょうか。

寺沢 徹
寺沢

みずほ統合のあと、少し経った頃ですね。40歳を超え、1分1秒を争うようなディーラーの仕事がしんどくなり、銀行全体の資金運用を担当するポジションを希望して異動したんです。証券化商品の運用部署立ち上げの後、ALMという銀行全体の預金や、貸出のコントロール、資金繰りなどを任されました。当時、私は次長職だったのですが、定期預金の金利、通常の企業への貸出、住宅ローンなどの仕組みを大きく変えることができました。「役員でなければ、できなさそうなこと」を実現させてもらったことは、本当にありがたく思っています。

林 幸弘

数々の貴重な経験を経て、現在の資産運用会社にキャリアの舞台を移していくことになりますね。

寺沢 徹
寺沢

みずほの資産運用会社のアセットマネジメントOne統合の際に、責任投資を任されることになりました。そこで、議決権行使とエンゲージメント※1を担当していくというミッションが与えられたのです。国内トップクラスの資産運用会社で、議決権を持ちながら顧客企業と向き合うことには、非常に大きな影響力が伴います。そうしたことをやりたいと希望したわけではありませんが、とても貴重な機会をいただいたと思っています。同じ部署に配属されたベテランのアナリストたちと議論を重ねながら、パッシブ運用の観点から、スチュワードシップ活動を展開する新たなビジネスモデルを構築していきました。

※1 投資先企業との建設的な対話

きちんと稼ぎ、規律を持って経営する。

きちんと稼ぎ、規律を持って経営する。
林 幸弘

「THE MEANING OF WORK」を見てくださる方の多くは、人的資本経営の実践に携わるコーポレーション部門の方や、現場の部門長やファーストラインのマネジャーです。「議決権」という言葉を聞いても、いまいちピンと来ないかもしれません。

寺沢 徹
寺沢

わかりやすい言い方をすると、「取締役を解雇できる」のが議決権です。株主総会で過半数の賛成がなければ、仕事を続けることができなくなるのですが、これは過半数の賛成を得れば、それでいいわけではありません。議決権行使の結果は開示されますから、コーポレートガバナンス・コードの観点で言うと、7割を切った賛成というのは、相当な警戒レベルになるわけです。会社提案の賛成票は、是が非でも得たいところでしょうね。

林 幸弘

パッシブ運用の立場から、スチュワードシップ活動を展開する――この背景には、どのような目的があるのでしょうか。

寺沢 徹
寺沢

通常のインデックス投資というのは、日経平均株価やTOPIXに連動してさえいれば、ファンドマーネジャーが投資の意思決定をしなくて済むのです。だから、投資コストがすごく安くなる。資金運用を依頼されるお客さまも、とにかくコストを削ってくださいと言ってくる。すると、そこには、ものすごい量のお金が世界中から集まってくることになるんです。インデックスの指標とコストしか見ていなかった場合、企業との対話も行われませんし、何でもいいから賛成だという風潮になりかねません。これに対して、議決権を適切に動かしていこうというのが、私たちのスタート。確かに人事の方には、あまり馴染みがなさそうですが、役員の皆さんは気にしていると思いますよ。

林 幸弘

スチュワードシップ・コードにせよ、コーポレートガバナンス・コードにせよ、規律をどう持たせていくかということだと思います。こうした動きは2015年頃から始まったと認識していますが、これによって、どのような変化があったとお考えですか。

寺沢 徹
寺沢

それ以前に「伊藤レポート」の存在が大きかったですよね。「ROE8%」という数字は「企業はちゃんと稼いでください」というメッセージであり、コーポレートガバナンス・コードを示すことで「規律を持って、しっかり会社を経営してください」ということを伝えたのです。その中で「社外取締役を増やしてください」「投資家と対話しましょう」といったお題目が提示されたのですが、違和感を抱かれた人も多かったと思いますね。当時は、社外取締役は邪魔な存在、ただのお飾りなどといった風潮がありました。そこから、外部立場から企業を監督する役割・責任を持つという流れに変わっていったわけです。あとは、人事の担当者からすると、指名委員会の存在は衝撃があったと思いますよ。自分たちの会社の人事は、自分たちで決めるものだと思っていたところに、外部の人間が役員を決めるとなったわけですから。

日本の経済は自信を失ったまま。

日本の経済は自信を失ったまま。
林 幸弘

寺沢さんは、バブル崩壊から「日本の経済全体が自信を失っている」ように感じているそうですね。この状況は私も同様に感じていて、日本流の経営はダメだと必要以上に自虐的になっていると思っています。例えば、人事の世界では、欧米の成果主義が流行するとそれに追随し、最近ではジョブ型人事にしなくてはならないと各企業が考えている。でも、一方では、それがなかなかフィットしないといった課題もある。そういう意味で、「人材版伊藤レポート」は、世界に通じる経営レベルに引き上げていく転機になりました。寺沢さんは機関投資家として、また経済産業省の多くの検討会の委員の一人として、自信を失っている日本に向き合っていますが、今の日本の現在地をどのように捉えていますか。

寺沢 徹
寺沢

いつまでも経済成長が続き、自分の給料も永遠に増え続ける。かつての日本は、高度経済成長期の延長線上にあり、将来についての不安などなく、目の前の業務に邁進できていたんです。そして、「JAPAN as No.1」といわれていたように、経営者も自らの経営に自信を持っていました。ただ、バブル期の資産や株がどんどん上がっていくという状況を抑えようと、日銀が総量規制などお金が流れていく蛇口をギュッと締め、金利を上げたタイミングで、その順回転がストップしてしまったんですよ。そこからどんどんお金を返せない人が増え、不良債権の処理が大きな課題になり、金融機関の足かせになってしまいました。そこで、何が起きたかというと、いつまでも将来の不安を感じることがない楽観的なマインドから、急に悲観的なマインドに陥ってしまったんです。借金をしてチャレンジした企業からすると、ちょっとした失敗で金返せとトリガーを引かれてしまうこともありますからね。政策としてはある程度正しかったと思いますが、タイミングとスピード感がちょっとずれてしまい、ここまで縮み志向に変わってしまったのは想定外でしたよね。

林 幸弘

私たちの世代からすると、「昔は楽観的なマインドだった」という事実が感覚的に理解できません。

寺沢 徹
寺沢

2000年初頭のITバブルや、ベンチャーの隆盛といった事象もありましたが、そこで頭を押さえられて、若い人たちが希望を持たなくなってしまいましたよね。企業も、飛躍的な成長や夢を見るよりも、倒産や、社員の失業を避けたいと考えるわけです。いつしか、縮んでもいいから我慢しようというようなマインドセットに変わってしまった。多少、上向きになった時期もありましたが、リーマンショックでトドメを刺されてしまった感じですね。この点は非常に根深い問題だと思っています。

林 幸弘

ちなみに、寺沢さんは「資本市場の規律」という言葉を使われていますが、この規律とはどのようなことを意味しているのでしょうか。

寺沢 徹
寺沢

端的に言えば、持続的に稼いでいくために、企業価値を上げていくことですね。成長しなくてもいい。現状維持でいい。手元にお金があればいい。そうした縮み志向に陥るのは仕方のないことですが、そのお金は会社を経営している人のものだけではなく、株主のものでもあるわけです。本来であれば、そのお金を投資に向けて、事業収益を上げていかなければならないのに、手元にずっとお金を置いておくだけ。株主からすれば、「だったら配当をより多く出してほしい」となりますよね。そのお金を投資して、きちんと企業を成長させ、配当や株価の上昇をもって報いる。それを意識して経営することが資本市場の規律であり、資本コストを意識するということなんです。かつての日本の経営者は、借金は利息をつけて返さなくてはならないと理解しているけれど、株で調達したお金は「タダ」みたいな考え方を持っている人が多かった。「これ、ウチのお金だから返さなくていいよね?」なんて。いやいや、そうじゃないでしょうと(笑)。

林 幸弘

エクイティ(株主資本)の部分が、まったくゼロだと思われてしまっていたと。

寺沢 徹
寺沢

エクイティで調達したお金に対する義務・責任を意識せずにいたのは、持ち合い株式による馴れ合いがあったことや、株主として企業に物申す人がいなかったことに起因している気がしますね。ちょっとでも強く物申すと、アクティビストだとか言われかねません。資産運用会社の投資家にしても、「企業に対してもっとこうしてください」というエンゲージメントがメジャーではありませんでしたから。

人的資本経営の実践で日本の経営に「魂」を。

人的資本経営の実践で日本の経営に「魂」を。
林 幸弘

ここ15年くらいの出来事ではありますが、なかなか深刻な状況ですね。

寺沢 徹
寺沢

急に「マインドセットを変えろ」というのも、酷な話ですよね。ただ、金融政策も含めて、マイナス金利まで持っていくくらいに緩和的な状態を続けていて、企業が資金繰りで倒産するといったところに関しては、かなりのセーフティネットが敷かれている。その中で、コーポレートガバナンス・コードや資本コストへの意識が徐々に広がってきてもいる。日本の企業は真面目ですから、その形はつくっているんですよ。ただ、形はできていても、そこに魂がこもっていない。納得感がないまま進めている企業は多いと思いますね。

林 幸弘

おっしゃるとおりだと思います。難しいチェックリストがたくさん出てきているけれど、「いったい何のためにやるんだろう?」といった感じですね。

寺沢 徹
寺沢

「やらないと怒られるから」みたいなところもあるのでしょう。そうした意味で、私たち投資家には、そこに魂を入れるための役割が求められているのだと思います。

林 幸弘

企業側としては、さまざまな指標を開示することが求められる中で、そこに魂が入っていないと、「○○ウォッシュ※2」みたいに言われることもある。

寺沢 徹
寺沢

そうそう。ただ、そうした批判をする人たちの理想が高すぎる側面もありますよね。一部には、経営者は企業価値は犠牲にしても環境・人権を最優先にといった過剰な声から、そうした状況になってしまうことがあるのでしょう。ただ、企業に突きつけられた最も大きな課題は、「長期にわたる企業の成長を考えていきましょう」ということなんです。

林 幸弘

持続的な企業の成長を実現するのは、紛れもなく「人」です。人的資本情報の開示は極めて重要なテーマになります。寺沢さんは人的資本経営コンソーシアムの企画委員を担当されてます。ディスカッションを重ねていく中で、特に印象に残っていることをお聞かせいただけますか。

寺沢 徹
寺沢

経営方針と人材戦略を連動させること。レポートにもある、人的資本経営の推進手段となる「3P・5F※3」モデル。これは、まさにキーファクターだと思いました。これまでの人事部門は、大きく2つのパターンに分けることができます。一つは、昇給・昇格などすべての人事に決定権を持つ強い人事。役所や銀行がその代表的な例です。もう一つは、昇格や配置はすべて事業部門長が決定権を持ち、人事は総務的な役割をこなすというパターン。製造業などに多い形だと言えます。ただ、どちらのパターンも経営方針とは独立していて、一体化しているとは言い難かった。それぞれの業態からすると、当たり前といえば、当たり前のことなのだけれど、できていなかったというのが実際のところなのでしょうね。

林 幸弘

確かに、経営と人事の距離が遠かったように思えます。「伊藤レポート」がきっかけとなって、経営と人事の距離を埋め、連動させるコミュニケーションが活発になっています。

寺沢 徹
寺沢

人的資本は、すべての会社に関わること。だから、「やらなくてはならない」という納得感があるんですよ。実際に、世界的な課題である気候変動に関する情報開示も求められていますが、鉄鋼・電力・製造業といった本業中の本業でなければ、なかなか実感が湧かない。貴社(リンクアンドモチベーション)は温室効果ガスをあまり排出していないですから、気候変動対応にはそれほど実感はないはずですよ。

林 幸弘

そうかもしれませんね。そうした意味では、人的資本の取り組みは、形だけは出来上がっている経営に魂を入れるきっかけになりますし、長期にわたる企業成長を実現するドライバーになるのかもしれません。

寺沢 徹
寺沢

人的資本は、コストではなく、投資なんですよね。コストを削りに削ったのでは、社員のモチベーションは上がらない。給料を支払うことは投資であり、それがリターンとなって返ってくる。それをいかに回していくかが「人的資本経営」なのだと思います。

※2 上辺だけの対応で取り組んでいるように見せかけること

※3 企業価値を高め続ける人材戦略に必要となる3P(3つの視点(Perspectives))と、どんな企業でも共通して戦略に組み込むべき5F(5つの要素(Factors))を示した人材戦略の枠組み

機関投資家は十把一絡げではない。

機関投資家は十把一絡げではない。
林 幸弘

さて、企業の人事担当者も外に出て、投資家と対話することが求められるようになりましたが、機関投資家がどのような存在であるかがつかめず、漠然としたイメージを持っているようです。

寺沢 徹
寺沢

当然のことながら、機関投資家といっても、十把一絡げではないんですよ。ファンドマネージャーにもいろいろな人がいますし、知りたい情報もさまざま。この世に存在する投資信託の数だけ、多様な個性があると思っていただけるといいと思います。指数との連動だけを見ている、インデックス投資や短期運用をしている人は、まず企業と対話はしません。指数を上回る投資効果を目指すアクティブ運用をしているマネジャーなら、経営方針を示してもらい、納得し、対話を通じて定期的な確認を行うことを望むでしょう。大切なのは、自社の株を保有している投資家がどのようなタイプ・思考法かを認識しておくことです。ある意味、「お客さま」の概念に似ていると思います。

林 幸弘

確かに、「お客さまはこう考えている」などと、同一視してしまいがちですよね。投資家とのコミュニケーションにおいても、まずは相手を知るマーケティングが大切なのかもしれません。

寺沢 徹
寺沢

今はあらかじめ決められたアルゴリズムによって、投資先を選択するケースも多いです。そのため、ESGの情報開示が十分でないだけで、機械的に投資先から外されてしまうことも考えられます。もれなく情報を開示することも意識しておくといいでしょう。

林 幸弘

実際に機関投資家と対話していく中で、どのようなことを意識しておくといいでしょうか。

寺沢 徹
寺沢

知りたい情報は投資家によってさまざまですが、特にアクティブ運用で共通するのは、対話を通じて事実確認を行い、投資の確信度を高めたいと考えていることです。聞き出せない情報があれば「何かあるんだな」と考えますし、実現できていないことを取り繕えば、信用を損ねます。投資家が知りたいのは、「なぜできていないのか」「これからどうするのか」なんですよ。

林 幸弘

対話が尋問になってしまいますね(笑)。

寺沢 徹
寺沢

嘘が出てくると、そうなりますよ。例えば、対話の中で企業から「DXを進めます」と言われた時に、その可能性を確かめるために、「DXの目的は何か」「誰がやるのか」「その人材はいるのか」といった質問をします。そこで具体性が感じられなければ、当然、不信感につながります。一般社会においては嘘や不祥事は炎上につながりますが、投資家はそのようなリアクションはとりません。ただ、静かにお金を引き上げる。それだけです(笑)。

林 幸弘

そうなると、より経営と人事の意思疎通が大切になりますね。

寺沢 徹
寺沢

そうですね。これは“企業との対話あるある”なのですが、よくアジェンダがミスマッチすることがあるんですよ。議決権に関するミーティングを設定したはずなのに、経営者が中期経営計画について40分近く熱弁するなんてケースもありました。

林 幸弘

そうしたお話を聞くと、とてつもない緊張感がありますね。ただ、対話が充実したものになれば、それだけのメリットがあるはずです。

寺沢 徹
寺沢

もちろん、そのとおりです。人材への投資が財務にどう影響するのかを示すことは、とても難しい課題です。けれど、私自身、対話を通じて変化の兆しが見られた時などは、ファンドマネージャーやアナリストに「もっと踏み込んで調べてみれば?」と勧めることもあります。最近、興味深かったのは、開示に力を入れている(株)レゾナックですね。長期はCEOとCHROの二人が担い、短期・中期はCFOとCSOが支える。大きな会社が合併し、経営を革新しようという意志を感じましたし、経営戦略と人材戦略がしっかりと連動していることを感じました。CEOとCHROの連携がとれていることは、やはり大きなポイントですよ。

林 幸弘

投資家に対する理解を深めて、解像度を上げていけば、「投資家にこれは届いているんだろうか」「人的資本情報の開示には意味があるんだろうか」という疑念に駆られることもなくなりそうですね。

寺沢 徹
寺沢

投資の確度を高める情報開示を私たちは見逃しません。より投資効果が見込める企業を徹底的に探す、超薄利多売なビジネスをしているわけですから。消費者の皆さんがスーパーマーケットのチラシを見比べ、より安い品を買い求めるのに似ているかもしれません(笑)。

「根っこの対話」が日本の経営を変える。

「根っこの対話」が日本の経営を変える。
寺沢 徹
寺沢

私自身、リンクアンドモチベーションが主催する「伊藤ゼミ」に参加したことで、大きな収穫があったんです。HR・サステナビリティ・経営企画……それぞれに異なる現場責任者が企業の枠を超えて、議論を重ねる。こうした草の根対話が日本の経営に及ぼす影響は非常に大きいと思います。経済産業省が進める「人的資本経営コンソーシアム」には、多くの人事のヘッドが参加して議論を重ね、情報交換しており、この国の経営を変える中心的な基盤となるものです。ヘッドクラス同士の対話に加えて、社内で階層を超えた対話が行われることが大切です。そこからさまざまな議論を重ねて、多くの当事者、できれば全員なのでしょうが、まずは各階層のドライバーとなる人たちの腹落ち・納得感から、「よーし、やってやろう」という熱い想いから行動に移らないと、真の改革はなし得ないと思っていますよ。

林 幸弘

寺沢さんの参加で、参加者の皆さまも貴重な示唆を得たようです。

寺沢 徹
寺沢

バブル崩壊から続いている、肩が凝り固まり、足がつった状態をいかにほぐしていくか。そのためには、まずは隣近所の成功例・失敗例を見ていくしかないんです。人的資本情報開示におけるベストプラクティスには、どのような苦労があったのか。何がうまくいったのか。誰がその取り組みを牽引したのか。そうした対話が背中を押すドライバーになってくれるんじゃないかと感じさせられました。日本の企業は、まだまだ人材の流動化が進んでいませんから、外部の情報が入ってきにくい。「ウチ、おかしいよね?」と気づく機会に恵まれていないんですよ。つながることで、やる気になる。貴社の社名、リンクアンドモチベーションを象徴する取り組みですね。

林 幸弘

ありがとうございます。人的資本情報の開示に関連した質問ですが、近年、「非財務」「将来財務」といった言葉をよく耳にするようになりました。これらについてのお考えをお聞かせいただけますか。

寺沢 徹
寺沢

どのような人材がいるか。どのような技術を持っているか。新たなプロダクトの開発力はあるか。どこでライバルに勝てるのか。そうした要素は、バランスシート(貸借対照表)には載っていないものです。聞き慣れない言葉で難しく考えるよりも、シンプルに自社の「強み」ということでいいんじゃないかと思います。「これをやっていれば、いい会社になるよね」という取り組みだと捉えれば、アクションにも結びつきやすいのではないでしょうか。

林 幸弘

わかりやすいですね。「強み」と言われると、納得感が違います。ちなみに、投資家にとって、パーパスやマテリアリティの存在はどのような意味があるのでしょうか。

寺沢 徹
寺沢

「会社としてどこを目指すのか」ですよね。ミッション・ビジョン・バリューと同じものだと思います。いわゆる会社の存在意義であり、経営の1丁目1番地にあたるものですが、考える順番はそこからでなくてもいいのではないでしょうか。現在の事業から考えてもいいし、取り組むべき社会課題から考えてもいい。そして、経営陣から社員に浸透させていくものでもないと思っています。今まで何をしてきたのか。それは持続可能なものなのか。どのような課題を解決していくべきか。階層を超えた議論を重ねていくことが大切だと思います。その過程で、自社の良いところや課題がきっと見えてくるはず。まずは、「根っこの議論」を積み重ねていくといいでしょうね。

林 幸弘

ありがとうございます。非常に深いお話をいただきました。では、最後に、今後の展望についてお聞かせください。

寺沢 徹
寺沢

よく「失われた30年」などといわれますが、このままで終わっては、私の社会人人生のすべてが“なかったこと”にされてしまいます。投資の力で「失われた30年」に決着をつけることが、私自身の目標です。ただ、それは私一人の力ではなし得ないものです。ですが、幸いにも、今は多くの企業の経営層の方々と話ができる立場にあります。前向きに、正しい方向に経営を変えていく。それをサポートしていきたいですね。変革を志す日本の経営は、世界からも大きく期待されています。私たちが日本を変えるんだという当事者意識を持ち、一過性ではない持続的な成長を共に実現していきたいものですね。

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