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水平的・垂直的視点から組織への理解を深める|「理論」と「実践」の接続|Link and Motivation Inc.
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水平的・垂直的視点から組織への理解を深める

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  • 磯村 和人

    磯村 和人Kazuhito Isomura
    中央大学 理工学部ビジネスデータサイエンス学科教授

    京都大学経済学部卒業、京都大学経済学研究科修士課程修了、京都大学経済学研究科博士課程単位取得退学、京都大学博士(経済学)。主著に、Organization Theory by Chester Barnard: An Introduction (Springer, 2020年)、『戦略モデルをデザインする』(日本公認会計士協会出版局、2018年)、『組織と権威』(文眞堂、2000年)がある。

前々回前回と2回にわたり、『経営者の役割』において、バーナードがどのような組織とマネジメントの理論を論理的・体系的に構築したかを論じた。それでは、『経営者の役割』の出版後、バーナードは、自らが提示した理論を発展させていないのだろうか。今回、バーナード研究の第一人者である磯村和人教授によるOrganization Theory by Chester Barnard: An IntroductionとManagement Theory by Chester Barnard: An Introductionから、『経営者の役割』を出版して以降、さらに多様な組織のマネジメントに関わる経験を蓄積するなかで、組織とマネジメントの理論をどのように拡張させようとしたのかを検討する。

新たな著書を出版し、組織概念を追加する

新たな著書を出版し、組織概念を追加する

バーナードが『経営者の役割』を1938年に出版すると、大きな反響が呼び起こされた。ハーバード・ビジネススクール教授のメルビン・コープランドが『Harvard Business Review』で書評を発表し、『経営者の役割』を高く評価する一方で、組織理論に関わる概念枠組に拘泥しすぎであること、顧客を組織のメンバーにすることなどについて批判を加えた(Copeland, 1940)。これを対して、バーナードが『Harvard Business Review』で反論したので、論争へと発展した(Barnard, 1940)。

1939年には、ホーマンズらがバーナードをハーバード大学で開催されたカンファレンスに招聘し、その著書の概要について講演する機会をつくった(National Research Council, 1941)。また、メイヨーやレスリスバーガーらの人間関係論学派が出版した書籍で『経営者の役割』について言及したので、ハーバード・サークルを中心に、その存在と意義が次第に知られるようになった(Roethlisberger and Dickson, 1939; Roethlisberger, 1941; Mayo, 1945)。さらに、1947年にバーナード理論に依拠しながら、サイモンが『経営行動』を出版すると(Simon, 1947)、『経営者の役割』は広く知られるようになった。実際、Singleton(2013)によると、サイモンを通じて、『経営者の役割』は多くの文献で一挙に言及されるようになり、その影響力は拡大した。

バーナードは、『経営者の役割』を出版し、その10年後に自らの論文集『組織と管理』を自費出版した。バーナードの2冊目の著作になる。図表1のように、この論文集には、1935年から1946年まで執筆された9本の論稿が所収されている。この著書を出版した理由として、バーナードは、その序において、主著の成功によって抜刷の依頼が多くなったことを挙げている。

『組織と管理』の目次と初出年

『組織と管理』の9編のうち、バーナードが特に重要と考えた「第5章:組織の概念」、「第6章:世界政府の計画化について」、「第9章:公式組織におけるステータス・システムの機能と病理」については、序において執筆の意図を説明しているので、後ほど、各節で説明する。飯野が『組織と管理』の訳書序において、9編のなかで5編に触れて、簡潔にサマリーを述べているので、ここに引用しておこう。「人事、労使関係における人間尊重と、団体交渉よりは労使協働の哲学の必要性を強調しているのは、豊かな時代の労使関係の見通しを的確に語っている(第1章)。主著の組織概念を適用して、民主主義の特徴と限界を論じ(第2章)、主著に対する書評に反論して、組織概念の解説を試み、その有効性を論じている(第5章)。第二次世界大戦後の世界政府構想に対する組織論的考察のなかで、階層組織と側生組織という、タテとヨコの二つの組織編成原理を区別し、さらに大きなシステムの計画はほぼ不可能なことを論じ(第6章)、さらに、地方分権か中央集権か、自由経済か、計画経済か、その基本原理を論じて、中央集権的計画経済の困難さを予想する(第7章)」(Barnard, 1992, p. vii)。

その他の章の概要については、以下のようになる。「第3章:1935年、ニュージャージー州トレントンにおける失業者の騒動」は、ヘンダーソンの求めに応じて、バーナードが執筆したケースである。「第4章:リーダーシップの本質」は、『経営者の役割』第17章での議論に深く関連している。リーダーシップを管理者の能力と捉えるバーナードが知性的能力の偏重に注意を促し、非知性的能力の重要性を強調している。「第8章:経営者のための教育」では、組織の進化的な性質を理解し、経営者に求められる能力を論じている。管理者の能力と育成について3編の論文が含められ、バーナードが経営者の能力開発というテーマに深い関心を寄せていることが理解できる。

このように、バーナードは『経営者の役割』出版後も精力的に講演をこなし、その講演原稿を作成し、自らの経験と観察から導いた考えを発表しながら、その経営思想を深めている。今回、そのなかから、『経営者の役割』で提示した組織概念の理解を深めることを論じた論文1本、側生組織とステータス・システムという新たな組織概念を追加し、体系的に論じている論文2本、3つの論文を取り上げる。3つの論文を執筆した意図とその概要を紹介することで、バーナードがどのように組織理論の拡張を図ったかを考える。

公式組織概念をめぐる論争から

公式組織概念をめぐる論争から

前節でも説明したように、バーナードが『経営者の役割』を1938年に出版すると、ハーバード・ビジネススクールの教授であるコープランドによる書評が『Harvard Business Review』の1940年冬季号に掲載される(Copeland, 1940)。コープランドがバーナードに対していくつかの論点で批判を行ったので、バーナードは『Harvard Business Review』の1940年春季号で反論を試みた(Barnard, 1940)。

バーナードはこのコープランドへの反論を書き直して、「第5章:組織の概念」という論文として『組織と管理』に所収している。その際、「私は一般的な形で提起された質問を、関心をもつ人なら誰しもして当たり前の妥当な質問として述べ直し、私の返答のうち、特にコープランド教授の個人的立場にかかわるような部分を削除しました」(Barnard, 1948, p. xvi)という方針を採用している。

バーナードの反論において、大きな論点は2つある。一つは顧客の活動を組織の部分に含めることに対する疑問であり、もう一つはバーナードが用いた概念枠組と主題に対する一般的な理論的扱いに対する異議である。今回、バーナードが組織概念をどのように構築し、拡張しているかを議論しているので、最初の論点だけを取り上げる。バーナードは論争的な部分を基本的に削除しているので、この論文は、『経営者の役割』で提示した公式組織概念の理解が十分に得られていないことを踏まえて、再度、説明を試みたものと位置づけられる。

『組織と管理』の序では、なぜ、この論文を所収したか、その意図をいくつか述べている。バーナード自身、自ら提示した公式組織概念が非常に抽象的で、多くの人びとには非現実的な考え方であることを十分に自覚している。一般的には、組織を一団の人びと、企業であれば、従業員に限定して構成されるものと理解される。バーナードは、この考え方に異議を唱え、「科学的な目的のためには、このような限定的で『実用的な』概念は不適当であると確信する」(Barnard, 1948, p. vi)ようになったと指摘している。

また、バーナードは、自ら考案した考え方を出版後9年間、さまざまな組織のマネジメントの経験に活用し、「便利で効果的な知的用具」であることを認識したという。特に、USO(米国慰問協会)を発展させ、管理するという仕事において有効であったと述べている。「この組織概念は、行為者である個人よりも調整された活動としての組織を強調している。個人は同時にいくつかの組織の『メンバー』であることが多く、その活動が同時に一つ以上の組織の機能になることも往々にして見られる。さらに、個人の組織との関係はしばしばごく短いので、彼らは組織の『メンバー』とは見なされないが、私の見解では、彼らの活動のいくらかは、組織に連結する---組織を構成する、と私は考えるのであるが---『組織化された』活動の一部分であるとはっきり見なされなければならない。この組織の概念は『場』の概念であって、そこで活動が起こり、活動が『諸力』、あるものは人間的で社会的であり、あるものは物的である諸力、の場によって支配される」(Barnard, 1948, pp. vii)。

この論文の冒頭でも、バーナードは、『経営者の役割』で提示した公式組織概念は、受け入れがたい、理解しがたい、実際的ではないと受け止められたと述べている。その理由としては、説明に欠陥があることを否定しないものの、採用された概念の新規性によると考えられるとしている。バーナードは、組織という用語はそれぞれの立場によって異なるように取り扱われ、漠然とし、あいまいで、標準的でない術語が利用されていると理解している。しかし、定義された用語と正確な叙述を可能にしようとすると、適切な概念がないことに気がつき、そのために、新たな概念を提示する必要が起きたと論じている。

バーナードは、『経営者の役割』で提示した組織概念は、「時間的な連続性をもつ活動および相互作用の統合的集合体という概念」(Barnard, 1948, p. 112)であったという。また、「組織とはある明示的な目標や目標群に関してその行動が調整されている人びとの、ある程度限定された集団から構成されているものだ、という組織概念を私は拒否したのである」(Barnard, 1948, p. 112)と述べている。「そして、その反対に、出資者、供給者、それに得意先や顧客の活動を組織のなかに含ませたのである。したがって、組織の質料は個人的貢献活動、すなわち組織の目的に対して貢献しようとする活動である」(Barnard, 1948, pp. 112-113)と主張している。

バーナードによると、2人あるいはそれ以上の個人の行為が協働的である場合、すなわち、体系的に調整されている場合、彼の定義に基づくと、その行為は組織を構成する。個人の行為は

1.個人のもの

2.その活動を貢献している組織のもの

3.そこに加わっている第二の組織のもの

4.その協働しているもとの2つの組織を包括する新しい複合組織のもの

あるいは、以上の4つのものと捉えられる。バーナードは、1つの行為は2つ以上の組織、あるいは、それを包含する組織にも貢献すること、つまり、同時的な機能によって、相互の間に結合が生まれ、その結果として複合組織となると考えている。このような考え方は、多くの人びとには、奇妙で、人為的で、非現実的なことのように見えるだろうとバーナードは指摘している。

バーナードも、単一の行為が同時にいくつかの組織の部分であるということは理解しにくいかもしれないと考えている。しかし、いくら抽象的で、非現実的に響こうとも、人間の行動を支配しているすべての影響力を無視することはできないという。また、こうした現実を捉えるためには、あるがままの現実を単純化して論じる概念が必要となる。さらに、こうした概念を活用することで、現実を理解できるようになるので、バーナードは『経営者の役割』において公式組織の概念を中心的な仮説として提示したと論じている。

バーナードの経験に基づくと、個人と組織のあらゆる行動は、すべて間接的・直接的に、相互に連結し合い、依存し合っている。一般的に、交換を協働であるとは考えにくいであろう。しかし、交換は取引を成立させる合意は、双方の行為の調整に基づいている。それらは、はかない、一時的、短命で、重要でないようなものに見えるので、組織として認識することは容易ではないかもしれないという。しかし、バーナードは、持続的なものだけでなく、こうした一時的なものを含めて、公式組織として捉えることの必要性を示したということができる。

つまり、バーナードの公式組織概念では、組織は協働行為の合成体であり、こうした一時的な交換のような行動を含んでいる。したがって、必ずしも安定的な貢献者である社員だけでなく、顧客の行動も含んでいるとされる。顧客の行動は、社員の行動と同等なものであり、同一の組織に対する同等の貢献であると考えられる。この論文では、このことをより具体的に説明するために、顧客を協働関係に誘引すること、活動を継続的に引き出すこと、顧客のモラールを維持すること、誘因体系を維持すること、抑制体系を維持すること、監督と統制、検査、教育と訓練が社員に対すると同じように顧客に対して行われていることを一つひとつ確認している。しかも、アナロジーではなく、本質的に同一であることをバーナードは主張している。経済学的に行動を理解し、組織論的に行動を捉えないために、顧客の行動が組織を構成していることを見逃すことになっていると指摘している。

このように、「組織の概念」という論文は、公式組織概念が新規的であり、『経営者の役割』の読者に十分に理解されていないと考えて、その真意を説明するために、論じ直したものと理解できる。

側生組織の概念を導入する

側生組織の概念を導入する

「第6章:世界政府の計画化について」では、計画化の性質と可能性について議論されている。この論文において、バーナードは、基本的に、思ったとおりに計画を実行することの難しさを論じている。計画が思ったように進まないのは、組織に自律性があるからである。バーナードは、『組織と管理』の序において、「組織の構造と作用の両者についての新しい素材を提示し、自発的な横同士の合意によってもたらされる公式組織の自由な作用による、社会的活動の自律的組織化というアイデアを特に展開している」(Barnard, 1948, pp. vii-viii)とその狙いを説明している。側生組織という新しい組織概念を導入し、階層組織との比較を通じて、全体主義をとるか、自由社会をとるかという、現代における主要な政治問題に関わるテーマについて考察を深めている。

バーナードは、環境に対して計画どおりに対応できず、常に適応を繰り返さなければならないにもかかわらず、人びとが抱く環境を支配できるという確信に対して疑義を提示している。むしろ、意図的には統制することはできなくても、それでも相互依存的な部分からなるシステムの、組織が持つ環境に対する自律的適応能力を信頼すべきであると指摘している。人間にとって可能なことは、環境をコントロールするという計画化ではなく、戦略的要因、つまり、鎖のなかのある単一のリンクに対して、一時に一つだけ働きかけること以外に方法がないことを論じている。

バーナードは、「われわれの社会の無数の変数間の複雑な相互作用の無意識的適応から逃れることはできない。実際、大きな公式組織の管理における重要な技術は、集団が全体として、意識的統制なしに、状況にかなうように自律的に行動するように、職員を訓練し、条件づけ、選択することである」(Barnard, 1948. p. ix)と述べている。このように、自律的適応の重要性を論じるために、側生組織という新たな組織概念を導入したと、その意図を説明している。

バーナードは、この論文において、計画化の限界について論じている。具体的には、第一に、設計(計画)は、大胆な一般化や高度な抽象化がされ、現実の複雑さに対応できないこと、第二に、単純に計画どおりに進まないし、意図どおりに進まなくても結果オーライになってしまうこと、第三に、組織は自然成長を進めることなどを指摘している。

計画化が進まない原因の一つとして、非公式組織の存在とその作用について考察している。まず、非公式組織を社会の構成メンバー間の相互作用の総体と定義している。非公式組織の働きとしては、ある程度、安定した習慣、制度、文化などを形成し、構成メンバーの行動を支配することを説明している。つまり、非公式組織は、計りがたい、漠然とした力と慣性を持ち、設計(計画)などの急激な変化への抵抗の基盤をつくることを述べている。こうして、非公式組織が組織の設計(計画)を阻害する主要な要因になっていることを論じている。

とはいえ、何らかの方法で不完全なものであれ、計画化を進めていくとすれば、どのような組織形態を採用するかという問題として、バーナードは計画への対応に関する問題を設定し直している。そして、側生組織と階層組織という2つの組織形態の比較に取り組んでいる。

まず、側生組織は、自由な合意に基づく組織と定義される。側生組織は、文書または口頭の契約、あるいは、条約などによって設立され、維持される協働システムであり、基本的に、ヨコに連結される複合組織と捉えられる。したがって、側生組織は、基本的には命令と服従の義務が本来的に欠けた非権力主義的な組織と見なされる。図表2のように、側生組織はヨコに連結し、その全体を調整する機関は、会議体となる。そのために、組織全体に対する治安維持と規律は組織に対して外的になる。

側生組織のイメージ

これに対して、階層組織は、垂直統合され、基本的に、権威主義的な組織と定義される。組織への参加は個人の合意に基づくものの、個人の行動は契約よりも組織の利益という視点から統制される。階層組織は、各下位部門は上位部門に従属し、各下位部門の公式的な関係は、合意ではなく、命令や指示によって決定されるものと理解される。図表3のように、階層組織はタテに結合し、治安維持と規律について、階層組織では内的になる。

階層組織のイメージ

このように、側生組織と階層組織を位置づけたうえで、図表4のように、バーナードは、側生組織と階層組織をいくつかの視点から比較している。組織を運営するコストについて、側生組織は柔軟で適応的で運営のコストは大きくないが、階層組織は保守的で全体を維持するためのコストが大きくなる。忠誠心については、側生組織では必要性は高くないが、階層組織では忠誠心の確保と維持が重要となる。調整や業績達成力については、どちらが優位であるか、一概に言えないとし、環境にフィットしているかどうかで判断される。安定性についても、どちらが優れているとは決定できず、これについても環境に依存する。最後に、自己破壊的傾向について、側生組織では紛争や分裂を抑止する手段を欠いているのに対して、階層組織では自由の制限が起きるものの、中央集権的な権威によって調整が働くとしている。

側生組織と階層組織の比較

続いて、側生組織と階層組織において、構造上のアンバランスについて論じている。側生組織では、各部分に力の差が存在しても関係において対等である。これに対して、階層組織では、全体に対して各部分が関係において対等であっても、全体が大きな力を持つ部分に依存するようになる。その結果、えこひいきや不公正感が生まれ、規律を破壊する可能性を持つことを指摘している。そのため、階層組織では、下位部分は上位部分に従属し、上を伺うようになる。これらを解決するためには、非公式組織による調整が必要になることを論じている。

ステータス・システムの機能と病理

ステータス・システムの機能と病理

「第9章:公式組織におけるステータス・システムの機能と病理」を執筆したきっかけについて、バーナードは、『組織と管理』の序において、1944年に出版されたC.E. エアーズ『経済進歩の理論』を読み、公式組織におけるステータスの機能について考察する必要性を認識したことにあると述べている。その考察をシカゴ大学で講演を行い、その講演原稿に基づいてこの論文が作成されたという。ちなみに、シカゴ大学で講演を行った際に、サイモンと会う約束をし、サイモンがこのバーナードの論文をレビューしている。

この論文を執筆した経緯については、次のように説明している。少し長くなるが、引用すると、「申し上げるべき最も大切なことは、私が長年にわたり組織と管理について研究し、語り、執筆してきたにもかかわらず、また、私がステータスの実際問題に常に関わってきたにもかかわらず、近ごろになってようやくステータスが必然的に公式組織にシステム化されていることを実感し、今になって初めてステータス・システムの機能をはっきり理解した、ということです。これは、人が自明の問題として知っていること、ノーハウの問題として応用していることをより広い側面が、まったくあからさまに考察されないままになっている事例です。木に近づき過ぎて森を失うたぐいでしょう。これは、その知識を経験から得ている人に絶えず付きまとう制約です。もちろん私は、そのような経験が組織の徹底的な理解に不可欠であると思いますが」(Barnard, 1948, p. xi)と説明している。

そのうえで、バーナードは、「私はわが著書から、ハムレットとは言わないが、オフィーリアぐらいを見落としていました。そして、そのことを私は7年間も気づきませんでしたし、誰もこの脱落を私に知らせてくれませんでした」(Barnard, 1948, p. xi)と述べている。『ハムレット』において、オフィーリアは主役ではないものの、準主役であり、バーナードは、ステータス・システムという中心的な概念を取り上げていなかったことを大いに悔やんでいることがわかる。このように、『経営者の役割』における重大な欠落を埋めるために、ステータス・システムの概念を追加したのであり、それほど、『経営者の役割』を補完する重要な組織概念の一つと考えられる。

以上の見解を踏まえて、バーナードは、ステータス・システムの理論を体系的に展開している。以下では、その概要を整理する。

バーナードは、公式組織が拡大すると、単位組織が分割され、複数の単位組織が結合されることで、複合公式組織が形成されるとしている。この組織構造は、コミュニケーションのシステムとして伝達経路を明確にし、専門化のシステムとして目標を分割し、権威のシステムとして伝達を公式化するという機能を果たしている。そのうえで、組織構造には、ステータスのシステムとして、地位を明確にするという働きがあることを論じようとしている。

バーナードは、ステータス(status)を組織において地位に基づいて、個人が有する権利、特権、義務を得ている状態のこと、それに対応して、個人の行動に対する制約、制限、禁止が課されている状態にあると定義している。また、ステータスの種類には、2種類あり、一つは個人が持つ技能、専門能力、知識に基づく権利、特権などで、基本的に命令のオーソリティーを持たない職能的ステータス、もう一つは命令、公式的な権威の連鎖における上位・下位関係によって規定され、公式的な力によって決定される階層的ステータスがあると論じている。

ステータスそれ自体は目に見えるものではないので、ステータス・システムを維持するためには、以下のような方法が採用される。

1.称号・呼称などのような肩書きを与える

2.就任・任命の儀式などのような儀式を行う

3.バッジや制服を利用する

4.役員室・運転手・秘書付きなどのような特権を与える

5.身なり・行動・言葉使いを変える

などである。

それでは、ステータスは、どのように成立するのだろうか。バーナードは、ステータスの成立基盤として、先天的なもの、後天的なものなどによる個人の能力差、仕事の種類と難度、仕事の重要度の違いを挙げている。個人の能力差がステータスを生む基盤になり、行われる仕事の難しさがステータスの高低に影響を及ぼす。さらに、仕事の重要性がステータスの優先順位を決めて、ステータスを体系化することを説明している。

ステータス・システムは、個人に誘因を与え、協働システムがスムースに機能するための効果を生み出している。具体的には、個人に対して誘因を与えるステータス・システムの機能として、ステータスと能力を対応させる資格認定効果があり、個人のキャリアに一貫性を与えることで存在感を守り、ステータスを付与することで自尊心を保護し、組織へ参加することで安心感を保証する、ステータスに応じて存在意義を与える。

また、協働システムをスムースに機能させる効果として、命令の出所を証明し、権威を与え、理解できるものにすることで、コミュニケーションを円滑にし、ステータスを与え、保証することで、個人のモチベーションを高め、維持することで誘因のシステムとして働き、責任感の育成を果たす。ステータスを失うことは、個人の存在意義を失うことにつながるので、個人は責任を守ることでステータスを維持しようとする。

このような個人と協働システムに対する機能を持つと同時に、ステータス・システムはいくつか弊害を持ち合わせている。具体的には、ステータスが過度に評価されると、個人の評価を歪め、報酬に対する不公平感を生み、エリートの循環を制限するとともに、リーダーの育成を阻害し、ステータスの象徴的な機能が強くなりすぎると、リーダーの孤独を生み出す。ステータスは、基本的には、安定することによって、その効果を持つので、結果として、組織の適応性や柔軟性を低下させる可能性を内包している。つまり、適応性と安定性が対立することで、ステータス・システムにもデメリットが生み出されている。

このように、バーナードは、複合公式組織が組織目的を実行、達成させるための単なる機械的な構造とだけ考えているわけではないことが理解できる。ステータス・システムが組織構造のなかに組み入られることによって、非公式組織が果たす機能が生み出され、そこで活動する人びとが自律的に貢献できる仕組みになっていると考えられる。

開く組織と閉じる組織

開く組織と閉じる組織

バーナードは、主著である『経営者の役割』を1938年に出版し、その10年後である1948年に『組織と管理』を発表することで、公式組織概念に対する批判に応えるとともに、新たに側生組織とステータス・システムという2つの組織概念を追加し、自らの組織とマネジメントの理論を拡張しようとしたと言えるだろう。

「第5章:組織の概念」においては、公式組織がその構成要素として人びとの活動を含むこと、その活動を提供する貢献者として管理者、社員だけでなく、顧客、供給業者、投資家、債権者などまで含むこと、そうした理解が公式組織概念の新規性であることをあらためて強調している。また、顧客が社員と同じように公式組織に対する同等な貢献者であることを詳細、具体的に説明している。

「第6章:世界政府の計画化について」では、複雑なシステムを意識的に計画することの困難性を論じ、その主な原因として非公式組織の存在とその働きを説明している。相互に依存し、関連し合う複雑なシステムに対応するためには、構成する部分をタテに結合させる階層組織には限界があり、構成する部分をヨコに連結させる側生組織という新しい組織概念を導入することの必要性を論じている。つまり、複雑なシステムは全体性と自律性を有するので、階層組織によってすべてを統制することはできず、相互の自律性や独立性を維持しつつ、全体の秩序を生み出すために、側生組織を活用する可能性を論じたと言える。この2つの組織編成原理と組織形態を組み合わせて活用することで、複雑性と自律性に対応することの可能性を追求していると考えられる。

「第9章:公式組織におけるステータス・システムの機能と病理」では、一般的に、階層組織は機械的構造であり、専門化、コミュニケーション、権威のシステムとして理解される。しかし、実際には、非公式組織が階層組織のなかで働くことによって、機械的構造としてだけでなく、自律性を持つ複雑な有機的なシステムとして個人と協働システムの維持を可能にするステータス・システムとしても機能していることを論じている。

ステータス・システムは、個人の欲求を充たす誘因提供機能を持つだけでなく、多様な人びとが長期の協力できる協働システムを維持する仕組みを組み込ませていることを述べている。それと同時に、ステータス・システムが生み出す病理についても体系的に論じたものである。

このように、バーナードは、『経営者の役割』出版以降もさまざまな組織のマネジメントに関わり、経験と観察を蓄積するなかで、組織とマネジメントの理論を深化させている。特に、1942年から1945年までのUSO(米国慰問協会)での経験は、側生組織概念の導入、権威から責任への重視という大きなインパクトをもたらしていると考えられる。バーナード理論を理解するためには、『経営者の役割』だけでなく、『組織と管理』で提示された概念や理論を再検討する必要がある。特に、組織が自律性を持つということを前提にして、どのように組織をマネジメントするかについて考察を深めていると考えることができる。

参考文献一覧

Barnard, C.I. (1938) The functions of the executive, Harvard University Press
Barnard, C.I. (1940) Comments on the job of the executive, Harvard Business Review, Spring
Barnard, C.I. (1948) Organization and management: selected papers, Harvard University Press
Chester I. Barnard (1992) 『組織と管理』(飯野春樹監訳)文眞堂
Copeland, M. (1940) The job of an executive, Harvard Business Review, Winter
Isomura, K. (2020) Organization theory by Chester Barnard: an introduction, Springer
Mayo, E. (1945) The social problem of an industrial civilization, Routledge & K. Paul
National Research Council (1941) Fatigue of workers, its relations to industrial production, Reinhold
Roethlisberger, F.J. (1941) Management and morale, Harvard University Press
Roethlisberger, F.J. and Dickson, W.J. (1939) Management and the worker, Harvard University Press
Simon, H.A. (1947) Administrative behavior: a study of decision-making processes in administrative organization, Macmillan
Singleton, L.G. (2013) “Exploring early academic responses to functions of the executive”, Journal of Management History, 19(4), pp. 492-511

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