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経営人材として求められる能力とその開発方法を探る|「理論」と「実践」の接続|Link and Motivation Inc.
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経営人材として求められる能力とその開発方法を探る

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  • 磯村 和人

    磯村 和人Kazuhito Isomura
    中央大学 理工学部ビジネスデータサイエンス学科教授

    京都大学経済学部卒業、京都大学経済学研究科修士課程修了、京都大学経済学研究科博士課程単位取得退学、京都大学博士(経済学)。主著に、Organization Theory by Chester Barnard: An Introduction (Springer, 2020年)、『戦略モデルをデザインする』(日本公認会計士協会出版局、2018年)、『組織と権威』(文眞堂、2000年)がある。

前回、実務家が活用する実践的な知識と思考という観点から、バーナードがどのように意思決定の理論を拡張しようとしていたかを論じた。それでは、理論と実践のバランスを図りながら、現場で厳しい判断を繰り返す経営人材をどのように育成することができるのだろうか。今回、バーナード研究の第一人者である磯村和人教授によるOrganization Theory by Chester Barnard: An IntroductionとManagement Theory by Chester Barnard: An Introductionから、全体主義と個人主義を調和させ、個人と組織の同時発展の実現を目指す上で、経営人材に求められる能力は何か、どのような開発方法があるのか、バーナードの経営教育論を検討する。

経営人材の稀少性と重要性

経営人材の稀少性と重要性

連載第7回でも論じたように、バーナードは、大学を卒業し、AT&Tに就職すると、巨大な企業の存在に圧倒され、極端な個人主義を否定し、極端な全体主義に屈するという危機に直面した。しかし、幸いにも上位者の助力もあり、いずれの極端な考え方も有益ではないことを理解し、個人主義と全体主義を両立させ、調和させることの重要性を認識するようになった。その上で、バーナードは、個人と組織を同時に発展させることは可能であり、そのことを追求することを自らの基本哲学として堅持するようになった(Barnard, 1934)。また、バーナードは、AT&Tで昇進を果たし、ライン・マネジャーを経験するなかで、個人主義と全体主義の対立は一時的に解消されたとしても、繰り返して引き起こされるものであることを理解する。バーナードは、管理職として責任ある立場にあるなかで、この問題につねに取り組み、どのように解決するかを考え続けることになったと述べている(Barnard, 1934)。

バーナードは、個人こそが集合体というすべてのシステムにとって動態的要因であり、個人がシステムに変化をもたらす要因であると捉えている。もちろん、個人の力が組織を破壊に導き、ネガティブに作用することも起きる。しかし、この力をポジティブに活用することができれば、個人と組織の同時発展は可能であると考えるようになる。というのは、個人を発展させることができれば、組織も発展し、組織が発展すると、さらに、個人を発展させる機会を準備することができるからである。その結果、個人と組織はスパイラル的に発展していくことにつながる。

しかし、これは、どのようにして可能になるのだろうか。バーナードは、全体主義と個人主義の対立は経営人材のなかで理解され、感じ取られているものであると述べている。したがって、これを調整し、統合する能力のある経営人材を育成することが個人と組織の同時発展を可能にすることにつながると考えている。実際、バーナード自身、全体主義と個人主義の対立に苦しんでいるときに、上位者の助力によって救われている。したがって、この対立の具体的な解決には、十分な経営人材を育成することがカギを握っている。しかし、現実を振り返ってみると、一流の人材を確保することは容易ではなく、しばしば十分ではない人材で我慢することになり、そのために、個人と組織の成長を制約する原因になっていることも否定できない。

バーナードは、本社の専門的なスタッフから事業会社のライン・マネジャーに転出し、その後、トップ・マネジャーに昇進するなかで、こうした問題意識を持ち続け、どのように人材を育成するか、検討を続けている。例えば、経営人材が全体の人員のうちで10%しか確保できないとすれば、10人の1人の割合で管理者を配置することになる。もし、5人に1人は管理者を必要にする部署があるとすれば、たちまち、人材不足に陥ることになるだろう。したがって、定期的に必要な人材を育成し、適所適材で人材を配置することが重要であり、その上で、有用な人材の力を発揮させるために、必要な誘因を確保し、維持することが必要になる。その場合には、物質的な誘因だけでなく、本当に力になる誘因を機能させるために、各個人が真の誘因を求めることになる。これらを実現するためにも、組織のリアリティを十分に理解する経営人材に必要な能力を明らかにし、育成する方法を開発すること、そして、実際に、育成を持続的に可能にする仕組みを構築する必要がある。

今回、バーナードは、経営人材に求められる能力とその開発方法について、どのような理論と方法を模索しているのか、公表された論文、著書だけでなく、未発表の原稿を含めて検討する。

エキスパートからゼネラリストへ

エキスパートからゼネラリストへ

本節では、バーナードが本社スタッフからライン・マネジャーを経て、ニュージャージー・ベル電話会社の社長になるまでの時期に発表されたBarnard(1922, 1925, 1930)の3つの論考を取り上げ、どのような能力が経営人材に求められるか、どのような能力開発の方法を採用すべきと議論しているかを検討する。

Barnard(1922)は、バーナードが本社スタッフから事業会社のライン・マネジャーへと転出するタイミングで書かれた論文である。したがって、この論文は、バーナードが本社スタッフの立場から経営人材の育成を考えていた時期のものと考えられる。ここでは、人材を1つの部門だけで育成するのではなく、他部門へと移籍したり、昇進させたりするという人事慣行を構築することの必要性を論じている。当時、AT&Tは、競合他社を買収し、統合を進めるプロセスにあり、それまで異なる会社に所属していた人材を積極的に交流させる方針を採用していた。また、バーナードは、入社したばかりの人材にはエキスパートとして専門的な知識やスキルを身につけさせる必要があることを論じている。しかし、その後は、さまざまな部門を経験することで、視野を広げ、オールラウンドなビジネスセンスを涵養することが経営人材を育成する上で重要になると強調している。つまり、エキスパートからゼネラリストへと育成することが必要であり、そのためには、1つの部門だけではなく、さまざまな部門を経験する定期的なローテーションを導入することを主張する。

続いて、Barnard(1925)を取り上げる。バーナードは、1925年9月にペンシルベニア・ベル電話会社の副社長兼ゼネラルマネジャー補佐から副社長兼ゼネラルマネジャーに昇進している。したがって、バーナードはすでにライン・マネジャーとして約3年の経験を蓄積している時期である。こうした経験を踏まえて、この論文は書かれたと考えることができる。Barnard(1925)において、バーナードは、経営者として求められる能力とその開発方法を本格的に議論している。管理者として求められる能力として、(1)事業経営、あるいは、組織化された活動において達成されるべき望ましい成果とは何かを決定する能力、(2)組織する能力、(3)組織によって求められていることを理解できるように表明する能力、(4)熱烈な協働行為を確保する能力、(5)バランス、(6)フレキシビリティ、を挙げている。(1)から(3)までは、分析的、知的能力であるので、正規の教育方法で学習することができる。これに対して、(4)から(6)までが非知的な能力であり、基本的に経験を通じて身につけられる。

Barnard(1925)では、これらの能力を発展させる上で、どのように大学での教育が有効になるかを検討している。エキスパートとして、求められる知識については大学での教育は一定の効果があり、知的能力を育成することに価値がある。また、経済学や社会学はビジネス全般に関するバックグラウンドを理解する上で有効であるとしている。特に、エンジニアリングの教育を受けている学生にとっては専門的な知識に偏らないようにする工夫として経済学や社会学の知識が役に立つことを指摘している。ただし、その結果として、専門的な教育が疎かにならないようにすることが同時に求められることにも注意を促している。

実際に、企業に就職し、実務について以降の教育は、経験による学習が中心になり、適宜、Off-JTを活用することを論じている。経営一般に関する知識、会計、統計などに習熟しておくことが必要であるとしている。その上で、以下のように、(1)経営上の課題を議論するセッションによる訓練、(2)経営上の課題に関する専門的な側面を研究し、特定の状況に適用することを学ぶためにスタッフ部門での仕事を活用すること、(3)1つの部門から別の部門へ、適切な期間を設定し、経営人材の候補者を再配置すること、(4)マネジャーとして育成するための集中的なコースを受講させること、という4つの能力開発の方法を提示している。

バーナードは、1930年9月9日付のペンシルバニア大学ウォートン・スクールの学部長であるA.R.ジョンソン宛の書簡の形を取って、「大学の経営教育」に関する見解を示している(Barnard, 1930)。Barnard(1930)では、管理者に求められる能力として、(1)人格の統一性、(2)知的能力、あるいは、知性、(3)学識、(4)集中力、(5)説得力、(6)人柄の魅力、という6つの能力を挙げている。また、管理者として成功するためには、単にこれらの能力を身につけるだけでなく、このような不可欠の能力が、自らが従事している具体的な活動との関係において正確に組み合わされ、かつバランスが取れていることが重要であると強調している。

また、Barnard(1930)は、大学教育が管理者養成にどのように結びつくかについて、以下のような4点を論じている。第1に、大学の専門的な教育は自分が求める仕事を見つけ、得ることを容易にしてくれる。第2に、管理者として求められるスキルは、基本的に、経験、模倣、経営に関する問題に対する視点や理解を教え込むことによって身につけられる。大学での教育は、これに直接には関わらないが、基本的な知識を習得することにつながる。第3に、管理者として求められる能力は、就職後、集中的な公式的訓練を通じて開発される。それらを通じて、説得力や人柄の魅力を高める上で必要なことなども学ぶことができる。第4に、大学での教育、とりわけ、ビジネススクールでの教育は、専門的な教育だけでなく、ビジネス上で重要になる基本的な知識を事前に学ぶことで、実際に実務に携わったときに、比較的にスムーズに経営に関わるテクニックを習得することに結びつく。

以上のように、基本的には、大学教育では、直接、管理者に求められる能力を育成できるわけではないものの、ビジネスに向かっていく上での予備的な教育として一定の効果があることを論じている。

経営者としての責任能力を高める

経営者としての責任能力を高める

続いて、Barnard(1937, 1938)において、バーナードがどのような能力の理論を展開しているかを検討する。特に、Barnard(1937)は、個人を能力のシステムとして捉えることによって、能力の一般理論を提示している。Barnard(1937)は、経営者に限定することなく、個人の能力論を体系的に考察している点で注目される。組織における業務の重要な部分は、個人の能力をどのように評価するかに深く関わっているので、能力がどのようなものかを理解することが重要になると指摘している。バーナードは、能力を特定の目標との関連において、環境条件によって規定される個人的行為の性質と理解する。つまり、能力というのは、それ自体としてあるのではなく、環境との関数であり、これ以外では意味をもたないと論じている。したがって、能力というのは、ある目標という観点から、環境に適応する過程における行為の質を意味すると捉えられる。

このように個人の能力を理解した上で、バーナードは、環境に適応する能力を3つに分ける。第1に、環境の全体的条件における変化とそれへの無意識的で有機的な適応、第2に、環境の地域的条件における変化とそれへの多少とも意識的な適応、第3に、社会的環境の変化とそれへの個人的適応、である。個人の能力は、基本的には、物的な外部環境に対する適応能力であると理解される。つまり、身体的な知覚を中心に行われる無意識的な生物的な適応と理解される。バーナードは、個人の能力のベースには、物的な環境に対する生物的な適応能力があると指摘する。続いて、より特定化された環境に対して、個人の意識的な適応が可能になる。物的な環境に対する適応はほとんど本能的で、無意識的なものである。しかし、個人は、目的を持ち、意識的な運動を通じて、自分が求めていることから環境を識別し、どのように対応すべきか、よりフォーカスを定めた行為を可能にする。

最後に、個人は、社会的環境に対する適応能力を活用する。個人の能力は、物的環境への生物的適応能力がベースにある。また、個人は、自らの目標を設定し、物的な環境に対して、意識的な適応を図ろうとする。さらに、物的な環境への適応を図った上で、社会的な環境への適応に取り組むことになる。社会的な環境への適応は、基本的には、意識的な適応である。社会的環境への適応を高める能力として、言語能力がある。言語を操る能力が基本的な社会的適応能力となり、意識的な適応を可能にしている。言語能力をさらにブレイクダウンすると、3つのスキルから成るという。(1)身体制御と運動適用の技能、(2)言語表現の技能、(3)抽象概念を識別し、操作する技能である。これに加えて、バーナードは、社会的適応を高める能力として、人格を能力と見なしている。人格は、善悪を繊細に感受し、表現すべきことをより魅力的に示す能力とつながっていると論じている。

このように、バーナードは、物的環境への生物的適応能力と社会的適応能力が組み合わされることで、環境への適応能力として個人の行為は発揮されると捉えている。したがって、基本的には、個人の能力は、全体環境への全体的な適応能力であり、個人ごとに大きく異なることはないという。バーナードは、もし、高い能力の人を100としても、それほどでない人でも98となると述べている。しかし、かなり限定した能力にフォーカスすると、100の人に対して50の人がいるということが起きるとしている。

個人間の能力差が議論されるときには、全体環境に対する全体的な適応能力ではなく、特定の能力にフォーカスされている場合が多くなる。したがって、こうした能力差を生み出す専門能力への集中化、それらを高める習慣的経験の強化が注目される。というのは、能力は比較的に時間をかけて形成されるものであり、専門能力に集中し、習慣的に強化されることで、大きな差が生み出されるからである。現在、能力の評価は、全体的な適応能力よりはこうした専門的能力を評価することが一般的になっている。バーナードは、全体的環境が不安定の場合には、全体的適応能力の重要性が高まるが、社会で分業が進み、安定化される場合には、専門的能力に関心が示されるようになることを指摘している。このように、バーナードは、個人の能力を全体環境に適応する全体的な能力として位置づけた上で、さまざまな専門的な能力を兼ね備えた存在として理解している。バーナードは、個人を環境に適応しようとするさまざまな能力を組み合わせた能力のシステムとして提示している。

『経営者の役割』において、バーナードは、第17章「管理責任の性質」でリーダーシップを考察するときに、経営者に求められる責任能力を論じている。組織をマネジメントするときに、基本的には、合理性が追求されるものの、そこには限界があり、道徳的要因を考慮することが必要になる。合理性の限界を克服するために、リーダーシップによって、信念、道徳、価値などがつくり出され、持続的な協働が可能になると論じている。バーナードは、道徳を個人に内在する安定的な傾向と定義し、自らの考えに一致するものを強化し、一致しないものを抑制するとしている。道徳は、基本的には、外的な諸力から生じる。社会で生きているなかで、個人は、教育、あるいは、訓練を通じて、さまざまな道徳を教え込まれ、身につけていく。

道徳それ自体は、そのままでは目に見えないものであるので、行動準則として目に見えるものとして推定されるという。つまり、行動準則とは、つねに繰り返し行われる行動のパターンとして表現される。そうした行動は、遵守されるべきルールに基づいたものとして理解される。このように、バーナードは、個人を社会から外的に与えられた道徳を蓄積する存在、道徳のシステムとして理解する。道徳には、単純か、複雑か、高いか、低いか、広いか、狭いか、など、さまざまなものが含まれる。個人は、このような多種多様な道徳を身につけ、それらの道徳に基づいて個人の行動は支配されていると考えられる。

行動準則には、社会に共有される公的準則、私的準則があり、組織に固有の組織準則も存在する。個人は、さまざまな組織と関係するなかで、複数の行動準則を身につけ、個人準則を持っているので、組織準則間、組織準則と個人準則間で対立が生じるようになる。準則の対立が生まれると、個人は、行動の麻痺を起こしたり、準則を守れないことによって道徳の低下などが引き起こされたりする。したがって、組織において、管理者は、準則の対立に個人が対応できるようにすることが求められる。

こうした議論を踏まえて、バーナードは、管理者に求められる能力を5つ挙げている。つまり、(1)道徳の複雑性に対応する能力、(2)高い責任能力、(3)道徳の対立を回避する活動力、(4)対立を克服する具体的な代替案を生み出す技術的能力、(5)新しい道徳を創造する能力、である。道徳の対立は、しばしば、管理者のなかで体験されるので、管理者がこれらの対立を調整し、対応する能力が求められる。バーナードは、対立を調整する具体的な方法としては、道徳を守れないときに、そのことを正当化する司法的な方法、対立を統合する代替案を提示する行政的方法、新しい道徳を創造する立法的方法を挙げている。とりわけ、新しい道徳を創造することが組織の発展につながるので、管理者の最も重要な能力であるとしている。

変化に対応するリーダーシップ能力

変化に対応するリーダーシップ能力

バーナードは、1938年に『経営者の役割』を出版した10年後の『組織と管理』を自費出版し、組織とマネジメントの理論に関するその後の発展を明らかにしている。『組織と管理』に所収される第4章「リーダーシップの本質」では、バーナードは、管理者に求められる能力を詳細に論じている(Barnard, 1940)。ここで、バーナードは、リーダーシップを、個人、フォロワーの集団、環境の関数であると定義している。これらの3つの変数が複雑にからみ合うので、無限数の組み合わせが生み出されることを指摘している。

リーダーとして取り組まれる主要な行動としては、目標の設定、手段の操作、行為の道具性の統制、整合された行為の鼓舞を挙げている。そして、リーダーの能動的な資質として、(1)活力と忍耐力、(2)決断力、(3)説得力、(4)責任感、(5)知的能力の5つを挙げている。知的能力が過度に強調されるが、バーナードは、非知的能力の重要性を認識する必要性を指摘している。リーダーの育成については、(1)訓練、(2)バランスとパースペクティブ、(3)経験、という3つの方法を提示する。知的能力は基本的に訓練で学ぶことができる。バランスやパースペクティブについては、訓練で学習したことを経験で修正し、実のあるものにする必要がある。リーダーシップは、3つの要因の組み合わせであり、さまざまな環境に応じて、経験を積む以外には、その能力を高めることができない。しかし、単なる経験では十分ではない。レギュラーなことの反復ではなく、むしろ、イレギュラーなことのなかで誰の助けも求めずに困難に取り組むという経験が何よりも能力を開発することにつながるとしている。

Barnard(1945a)は、シカゴ大学のスクール・オブ・ビジネスと社会科学部の教授陣から非公式なカンファレンスに招待された際の講演要旨をまとめたものである。Barnard (1945a)では、経営者の教育を本格的に議論している。ここでは、リーダーの成果は、具体的な状況で、リーダーがいかに効果的に行動するかによって評価されると論じている。また、経営者の教育は、基本的に、予備的な教育、訓練、知識、初期オリエンテーションに限定される。したがって、各人が具体的な状況のなかで自己を教育し続ける学習能力を高めることが重要であると述べている。バーナードは、経営者として能力を高めるために、主として以下のように4つの認識を高めることを指摘する。

第1に、バーナードは、人間行動への理解を深めることの重要性を論じている。人間行動は、必ずしもすべてが合理的で、論理的なものであるとは限らない。したがって、人間の没論理的行動を理解することが重要となる。知的で、論理的なことだけを過大評価すると、言葉上で知的に熟達していない人に対して傲慢な態度を取るようなことが起き、協働を阻害することにつながる。

第2に、経営者は、未知なもの、不可知なものを前提にして、生き、行動していることを認識することも求められる。というのは、具体的な状況では、十分な知識もなく、予測もできないリスクがあるなかで判断し、行動しなければならないからである。未知なもの、あるいは、不可知なものに対応するために、人びとは、具体的な状況のなかで、行動の型やインフォーマルなルールを自然と形成するので、こうしたことへの理解を深める必要がある。

第3に、経営者は、組織が進化的システムであることを理解することも不可欠となる。組織で活動する人びとは活動を続けるなかで、相互理解、信頼を深め、それらに基づいて、コミュニケーションを円滑化する。コミュニケーションは重要であり、自分が行っていること、理解していることを他の人びとに明確に説明する言語化スキルが必要となる。こうしたスキルが説得という能力であることを指摘している。経営者には、レベルを異にする思考を翻訳して変換する能力が求められる。

最後に、「社会的集団のたいていの行動は自動的ないし自律的である、という事実が強調されるべきである。このことは、起こる事柄は、上からの指示によるのではなく、人びとの間の相互作用の自発的結果であることを意味している。このことの実践的な意味は、人びとはわれわれが適切な方法であると見なすやり方で集団的に行動するように、(訓練、教育、および、その他の方法によって)、条件づけられるかもしれないことである」(Barnard, 1945a, p. 206)と述べている。人間行動への深い理解は、環境に対して習熟し、経験を深めることによって可能になるとしている。

Barnard(1945b)は、ケース教材の開発方法について論じている。ヘンダーソンは、1937年に「具体的社会学」という実験的なコースを企画した。バーナードは、ヘンダーソンからこのコースに事例を提供するように依頼され、1938年、1939年、1940年に事例を提供し、分析を示している。また、1941年には、「社会学23」として知られているコースで講義を2回行っている。Barnard(1945b)は、そのときに紹介した事例と、それをどのような考え方で準備したかを論じている。

バーナードは、「当面の目的は、社会的状況における人間の相互作用と行動に関わる多くの具体的な事例を提示して、そのような状況のもつ重要な性質を伝え、それによって人間関係の諸問題に対する科学的アプローチの実例を学生たちに供することであった」(Barnard, 1945b, p. 52)と述べて、ヘンダーソンによる講義の目的を説明している。そして、この目的を達成するためには、「事例を提供する各人は、親しくそれに参加した経験をもつか、ないしは、それについての直接の観察者であること、あるいは、その事例が歴史的に時間を経たものである場合には、その既知の事実について完全に精通していることが可能な限り望まれた」(Barnard, 1945b, p. 52)として、事例提供者の条件について論じている。バーナードは、具体性が求められたのは、「ヘンダーソン博士が、社会科学の進歩のためには、主題の具体的な資料について血の通った習熟や、これまで大方の社会科学者たちに欠如していた経験が、必要であると信じていたからである」(Barnard, 1945b, p. 52)と述べている。

ここで、経験の重要性が強調されているが、しかし、単なる実務経験が重要なのではない。というのは、「人を変化させ、発達させるのは、結果に対する責任を担って決定したり、振る舞ったりする実践に負うことが大きい。行動家と理論家との間の差異は、この責任を担って決定したり、振る舞ったりする実践があるか、ないかによって起きる。責任を担って行為する習慣をもつ人が徹底して変革され、それによって自己の心理的・社会的位置づけが違ってくるのは、このような経験のためである」(Barnard, 1945b, p. 53)と考えられるからである。したがって、バーナードは、実務家が実際の現場で結果に対して責任を持って決断を下し、行動している姿を具体的に示すケースの作成を試みようとしている。

バーナードが講義で提供した事例は、臨床資料に似た性質があることを論じている。事例を提示するときに、「私がどのような診断を下したのか、私が何をしているのか、私が観察した反応とはどのようなものか、それを私がどのように考えたのか、学生にとっては既知の概念枠組を使って、自らがやりながら学生たちに説明するといった、いささか臨床めいた仕方で行われた」(Barnard, 1945b, p. 55)と説明している。この事例については、主として、パレートの『心のはたらきと社会』(The Mind and Society)という題名で英訳されているパレートの社会学を概念枠組として採用したことを述べている(Pareto, 1935)。

バーナードは、自分自身が直接、当事者として、身をもって体験したことを事例として採用した。つまり、バーナードは、自らが主導的参加者であり、当事者であった事例を取り上げている。バーナードは、当事者ではない観察者による事例について、以下のような懸念を示している。「鋭敏ではあっても、作用している諸力について何らの知識を持ち合わせていない観察者が見た単なる出来事の記述は、辛うじて個々の行為を復元しただけの話であり、それは不完全で恐らくは誤解を導くものであり、時にはまったく誤ったものであるかもしれない、ということである」(Barnard, 1945b, p. 55-56)。単なる観察者は、実際に起きている事実を提示することはできる。しかし、当事者である参加者は、自らの状況のなかに投じること自体が、状況に変化をもたらして、それらの事例をがらりと変えることも起きる。そうした変化に、どれほど、自覚的であるかどうかは、事例を具体的にする上で重要性が極めて高いといえる。

というには、単なる観察者の記述には、参加者の意図や理解が脱落しているからである。また、観察者の存在は、状況に変化を与えないわけではなく、むしろ、実際とは異なる状況を生み出すこともある。バーナードは、こうした観察者がいると、当事者は、誰しもある程度調子を合わせるし、記録をとられることを意識して、通常とは異なる行動をとることにつながっていることを述べている。したがって、こうした観察結果は、時に不完全であり、データ自体を破壊さえするだろうと、バーナードは指摘している。

もちろん、当事者による事例に問題がないわけではない。当事者によって作成される事例では、記述されていることは、単なる事実ではなく、主観的なものになっている。つまり、出来事の記述というよりは出来事の解釈になる。中立な第三者による観察であれば、一定程度、客観性が保証される。しかし、当事者による観察結果は、主観性を完全には排除できない。しかし、バーナードは、行為として表現されたことに関して、たとえ主観的であってもその意図が言明されることによって、事例を深く理解することができるとして、むしろ、当事者による主観的な現実の重要性を強調する。もちろん、事後的な説明には、必ず合理化が含まれていることは、避けられない。行為をしているときには、直観的、感情的に行動しているのであり、必ずしも論理的に行動しているわけではないからである。バーナードは、「私がその時何をしていたのか、何を考えていたのか、なぜ、自分がしたことを口に出していったのか、他の人々の行為をそのように解釈したのかはなぜなのか」(Barnard, 1945b, p. 58)、を説明することで、これまでの他の体験とつき合わせながら、自らの分析に根拠を与えることにつながっていると主張する。

この事例に関わっては、バーナードは、当事者として、出来事が生じたときには、総合的、直観的、反応的に行動しているので、そのこと自体は、客観的であるとはいえない。その事件の後、バーナードは、この事例を振り返り、次にどのように行動するかを検討したという。このときには、いったん、第三者的に自らの行動を検討したといえる。そして、事例の作成を依頼されたのは、すべてが終わった後であり、再度、事例をレビューし、事例を経験していない人に対して説明できるように見直すことになる。バーナードは、事例を経験していない人にも理解できるようにするためには、概念枠組を設定し、それに基づいて説明する必要があることを指摘している。

このように、バーナードは、現実を具体的に理解できるような事例を開発するためには、どのような事例であるべきか、ヘンダーソンとともに深く考察していることがわかる。また、当事者が実際に起きた客観的な事実だけでなく、具体的な状況においてどのように考え、行動したのか、当事者の判断や意図というような主観的な現実を記述することで、経営者の教育に資する可能性があることを論じている。

組織と個人の同時発展を追求する

組織と個人の同時発展を追求する

全体主義と個人主義の対立を調整し、個人と組織の同時発展を実現する上で、バーナードは、マネジャーの果たす役割が大きいと認識している。そのために、バーナードは、生涯を通して、経営人材として求められる能力とその開発方法を探っていることがわかる。つまり、この問題は、全体主義と個人主義の対立を調整するというバーナードの基本哲学と直結していると考えられる。全体主義と個人主義の対立は、絶えず引き起こされ、その対立は、主として、マネジャーを通じて経験されている。したがって、この対立を調整できる能力を持つ経営人材を十分に育成し、配置することを実現しない限り、個人と組織の同時発展は可能にならない。バーナード自身、どのように全体主義と個人主義の対立を調整するか、という問題に取り組むなかで、マネジャーとして自らの能力を高めてきたと考えられ、つねに考え続けた結果を提示しようとしている。

バーナードは、基本的には、知的な能力と非知的な能力の双方を身につける必要性を指摘している。知的な能力は、学校教育や正式な訓練で高めることが可能であるものの、非知的な能力については、実践のなかで経験を積むことで身につけられるものと考えている。実際に、バーナードは、ウォートン・スクールと協力して、予備的な教育を可能にするマネジャーを育成するコースをデザインしている。しかし、知的な能力を高めるものはあくまで予備的な教育であり、ビジネスに導入するための教育にとどまると考えている。

バーナードは、その原因を能力の理論として考察している。能力というには、基本的に、全体環境に適応する能力であり、単に個人が身につける資質やスキルではない。環境とのマッチングのなかで発揮されるものである以上、結果として示される成果は環境の影響を大きく受ける。したがって、専門化された資質やスキルの場合には、比較的にそれだけを切り出すことができ、個別の能力として、集中すれば、育成し、開発できる。しかし、全体環境のなかで適応するというオールラウンドな能力は、時間をかけて、経験を積み重ねるなかで、育成され、開発されるものであると考えられる。

その結果、状況のなかでつねに自分の能力を高める学習能力が必要になり、単なる実務経験よりは、責任のある決断を繰り返すなかで、自己を変革することが重要であることを指摘する。以上のように、バーナードが提示した経営人材として求められる能力をまとめると、図表1のようになる。

図表1:経営人材に求められる能力

能力というものは、基本的には、全体環境に適応する全体的な能力であるとすると、基本的には、経営人材としての能力を開発する方法は限定される。バーナードは、人事慣行として、エキスパートとしての能力を身につけた上で、ゼネラリストとして育成するための配置転換を提案している。また、スタッフ部門を経験させ、定期的に一つの部門だけでなく、異なる部門に配置転換する方法も推奨している。

また、予備的な教育については、大学やビジネススクールのような大学院が一定の有効性があり、職場での正式な訓練も活用されるべきとしている。さらに、自分の能力を高める学習能力、責任ある決断を繰り返すなかで、自己を変革し続けるためには、ものの見方としてパースペクティブを学ぶ機会をどれだけ持つことができるかが重要になるとしている。新しいパースペクティブを身につけるためには、ケース分析も有効な能力開発の方法となる。しかし、現実における具体的な複雑性を反映したケースを開発する必要もあり、そうした事例を蓄積していくことは書き手を確保することに困難が伴い、簡単なことではない。このように、バーナードが提示した能力開発の方法をまとめると、図表2のようになる。

図表2:能力開発の方法

以上のように、バーナードは、生涯を通して、経営人材に求められる能力とその開発方法を探求している。マネジャーのための教育は、理論と実践のバランスをとることであり、バーナードの基本哲学を実現させるためにも不可欠なものであるといえる。

参考文献一覧

Barnard, C.I. (1922) Business principles in organization practice, Bell Telephone Quarterly, 1, pp. 44-48
Barnard, C.I. (1925) The development of executive ability, Barnard Collection, Baker Library, Harvard Business School
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Barnard, C.I. (1934) Collectivism and individualism in industrial management, in Wolf, W.B. and Iino, H. (eds.) Philosophy for managers: Selected papers of Chester I. Barnard, Bunshindo, pp.9-27
Barnard, C.I. (1937) Notes on some obscure aspects of human relations, in Wolf, W.B. and Iino, H. (eds.) Philosophy for managers: Selected papers of Chester I. Barnard, Bunshindo, pp.63-111
Barnard, C.I. (1938) The functions of the executive, Harvard University Press(山本安次郎・田杉競・飯野春樹訳『経営者の役割』ダイヤモンド社、1968年)
Barnard, C.I. (1940) The nature of leadership, in C.I. Barnard, Organization and management, Harvard University Press, 1948, pp. 80-110
Barnard, C.I. (1945a) Education for executives, in C.I. Barnard, Organization and management, Harvard University Press, 1948, pp. 194-206
Barnard, C.I. (1945b) Riot of the unemployed at Trenton, N.J., 1935, in C.I. Barnard, Organization and management, Harvard University Press, 1948, pp. 51-79
Barnard, C.I. (1948) Organization and management, Harvard University Press(飯野春樹監訳『組織と管理』文眞堂、1990年)
Pareto, V. (1935) The mind and society, Harcourt Brace

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