多様な知識をベースに、仮説的思考と試行錯誤を活用する
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磯村 和人Kazuhito Isomura
中央大学 理工学部ビジネスデータサイエンス学科教授京都大学経済学部卒業、京都大学経済学研究科修士課程修了、京都大学経済学研究科博士課程単位取得退学、京都大学博士(経済学)。主著に、Organization Theory by Chester Barnard: An Introduction (Springer, 2020年)、『戦略モデルをデザインする』(日本公認会計士協会出版局、2018年)、『組織と権威』(文眞堂、2000年)がある。
前回、組織の自律性に着目した組織概念をベースに、バーナードが権威から責任にフォーカスをシフトさせ、新しいマネジメント理論の可能性を探っていたことを論じた。それでは、そうした可能性を追求するなかで、バーナードは、マネジメント理論をより現実に応用することを検討していないのだろうか。今回、バーナード研究の第一人者である磯村和人教授によるOrganization Theory by Chester Barnard: An IntroductionとManagement Theory by Chester Barnard: An Introductionから、実務家が活用する実践的な知識と思考という観点から、バーナードがどのように意思決定の理論を拡張しようとしていたかを検討する。
意思決定の重要性を示す
バーナードの『経営者の役割』は、意思決定学派の源流と見なされている。例えば、アンドリューズは、人間関係グループ、システム論、あるいは、意思決定論グループ、実務家向きのグループ、その他類型化できないグループのほとんどすべての学派のグループに関心をもたれるほどに普遍的であると述べている(Andrews, 1968, p. xv)。その上で、とりわけ、システム論、あるいは、意思決定論グループへの影響が大きいとしている。ただし、サイモンらは合理性の認識上の限界にフォーカスし、知覚範囲によって限定される意思決定を中心に取り扱っているので、バーナードの意思決定論よりは狭い範囲の議論をしていると指摘している。
また、ペローは、バーナードとウェーバーの組織理論はそれぞれ協力と官僚制をベースにする組織の基礎理論になっていることを論じている。そして、バーナードの組織理論は、セルズニックらの制度学派、サイモンらの意思決定学派、人間関係学派という3つの学派に引き継がれているという。ただし、サイモンは、バーナード流の協力をベースにする組織理論よりはむしろウェーバー流の強制を重視していると、ペロー自身は評価している(Perrow, 1986)。
バーナード自身も組織とマネジメント理論において、意思決定を中心に位置づけたことを自らの大いなる貢献と考えている。実際、サイモンらは、自らの理論をきっかけに意思決定に注目するようになったと指摘している。「サイモンやその他の多くの人たちは、意思決定の重要性についての考えを私の本から得たと思っています。当時は誰一人として意思決定について論じていませんでした。心理学者も社会心理学者も、さらには企業の管理者も論じていませんでしたが、ご存じのように私は意思決定をかなり力説しました。それ以後、意思決定の問題については大量の文献が出てきています。彼らはいまではそれを数学的関数にしています」(Wolf, 1973, p. 22-23)。
しかし、バーナードは、意思決定の理論については、『経営者の役割』第13章「意思決定の環境」と第14章「機会主義の理論」で論じたものの、十分に論じ尽くせたわけではないと考えている。バーナードは、『組織と管理』において意思決定の理論について論じ尽くすためには、一著を準備する必要があると述べている(Barnard, 1948)。実際、バーナードは、未発表の膨大な研究ノートを残している(Barnard, 1995[1940])。
確かに、意思決定の理論は、バーナードにとって中心的な関心の1つであったと言えるだろう。バーナードが研究者に注目を集めるきっかけになったのも『経営者の役割』に付論として所収されている「日常の心理」という講演の原稿である(Barnard, 1936)。ここでは、論理的精神プロセスと非論理的精神プロセスを取り扱い、論理的思考と直観的思考を詳細に論じている。ドナムやヘンダーソンは、この論文をきっかけにして、バーナードとの知的交流を深めることにつながっている。
また、バーナードは、『経営者の役割』を出版後も折に触れて、実践で活用される知識と思考について考察を深めている。意思決定の素材として、あるいは、意思決定の前提になる多様な知識形態について言及している点が注目される。例えば、バーナードは、行動的知識について論じ、行動と思考が一体としてあることを主張している。組織における知識理論を体系的に示すことで、ポランニーとともに、ナレッジ・マネジメントの源流として位置づけられる(庭本, 2006)。
今回、実務家が活用する知識と思考をめぐって、どのような意思決定の理論を構築し、発展させようとしているか、『経営者の役割』以前の文献、『経営者の役割』、それ以後の文献を検討することによって、明らかにする。
論理的プロセスと非論理的プロセスを論じる
Barnard(1936)は、バーナードが研究者から注目を集めるきっかけになった講演とその原稿である。実務経験を持つドナムは、バーナードが論理的だけでなく、非論理的精神プロセスを論じていることに共感し、感銘を受けている。また、ヘンダーソンは、バーナードがパレートを読み、その考え方を大いに取り入れていることに気がつき、強い関心を抱くようになった。
バーナードは、この論文で、論理的精神プロセスと非論理的精神プロセスを定義し、その違いがどこにあるかを詳細に検討している。つまり、論理的過程は、合理的推論を意味し、非論理的過程は、言葉では表すことができない過程であり、判断、決定、行為によって知られるものとしている。
また、これらのプロセスが適用される目的とスピードが異なること、活用される素材が大きく異なることを指摘している。論理的過程では真理を明らかにすることを目的にしているのに対して、非論理的過程では行為の方向を決定すること、説得することを目的にする。論理的過程では速さを求められないが、非論理的過程では時間のないなかでの決断を求められる。論理的過程では厳密に定義され、正確に収集された事実を素材として活用するのに対して、非論理的過程では定性的で、あいまいな素材も活用されている。
続いて、非精神的プロセスは、バーナードが仮構(フィクション)と呼ぶものに基づいていることを説明している。非論理的過程が重要性を持つのは、すべてが科学的には証明することができず、日常における経験や実験を通じて、比較的その正しさが確かめられる経験的な真実に基づいて判断が下される場合に関わっている。この経験的な真実のことをバーナードは仮構(フィクション)と呼んでいる。仮説や信念というものに相当すると考えることができるだろう。
さらに、論理的・非論理的プロセスは、作用と反作用の影響を受けるかどうかによって大きな違いが生まれる。日常では、常に変化する現実への対応を求められるので、非論理的過程は不可避になる。1人の行為(作用)は、必ずそれに対する反作用を生み出し、このプロセスが繰り返されるために、一時として変化が起きないということはない。一時的に正しいと思われたものは、その次の瞬間には正しくないということも起きる。そのため、こうした現実に対応する上で、論理的過程ではしばしば時間的に追いつくことができない。したがって、バーナードは、実務の世界では、基本的に、論理的プロセスだけではなく、意思決定を行う場合に、しばしば非論理的プロセスを活用する必要があることを論じている。
Barnard(1937)では、なぜ、非論理的プロセスが必要になるのか、その背景を詳細に論じている。バーナードは、なぜ、話していることと行うことの間にギャップが生まれるか、という観点から、現実がどのように構成されているかを議論している。言語の活用と行動には埋められない溝があり、これを考慮しないと、行動するビジネスパーソンは、適切な判断と行動ができないことを指摘している。
現実は、多様で、複雑で、常に変化していて、また、知覚し、言語化できないことにも囲まれている。しかしながら、人びとは、気がつくこと以上のことも感じている。バーナードは、物事の多くは、理解や感情を著しく超えたものとしてあることを論じている。
例えば、ある出来事を観察している場合、観察者は、全体の一部だけを見ているにすぎない。それらを表現しようとしても、そのまた一部だけを記述できるだけである。また、同じ場面と時間を共有している人びともそれぞれ見ていることは異なっている。行為者自身もすべてを知っているわけではない。したがって、行為者、観察者、いずれも実際に起きていることのすべてを理解しているということではないことになる。
こうしたことを踏まえて、バーナードは、現実は複数の異なる層から構成されるものという考え方を示している。現実には言語化できるもの、意識的に認識されるもの、無意識に感じ取られるもの、があり、いずれも全体から一部を抽象化しているだけである。さらに、知らないこと、知ることもできないものが存在している。これを図示すると、図表1のようになる。
バーナードは、行為者と抽象者を便宜的に分けた上で、行為者の現実と抽象者の現実が異なることを論じている。実際には、純粋な行為者、純粋な抽象者は存在せず、すべての人びとは、行為者であると同時に抽象者であることはいうまでもない。ビジネスパーソンは、意思決定を行う場合には、行為者としての側面が強くなる。これに対して、研究者は真理を探究しているので、抽象者としての側面が強くなる。
実際、行為者と抽象者では、現実を説明する目的が異なっていることを指摘している。行為者はなすべきことを決定することを目的としているのに対して、抽象者は何が正しいかを明らかにすることを目的とする。また、行為者と抽象者では、時間の感覚が異なるという。行為者は、今なすべきことを考えているので、現在と将来に向かっている。これに対して、抽象者は、真実を明らかにしているので、過去に目が向かっていることを論じている。さらに、Barnard(1936)でも論じられていたように、行為者は自らの説明したことによって行為が影響を受けること、反作用が起きることを説明している。
このように、バーナードは、実践者が言語の感覚化、感覚の言語化を行うことで、言語と思考、感覚と感情をクロスさせ、常に変化を続ける複雑で多様な現実を捉えるなかで、行うべきことを判断すると指摘している。また、実践者は行動と思考を一体化させる必要があり、論理的精神プロセスに非論理的精神プロセスを取り入れていることを詳細に論じている。
機会主義の理論をベースにする
『経営者の役割』において、バーナードは、基本的に、環境の制約のなかでも自由意思を発揮し、意思決定する存在として個人を捉えている。例えば、『経営者の役割』第2章で人間論を論じるなかで、人間には選択力、決定能力、自由意思があることを述べている。選択力には限界があり、その理由として、人間が環境による制約を受けていることを指摘している。選択するためには、可能性の限定が必要であり、してはいけない理由を見出すことがなすべきことを決定する1つの共通な方法であると述べている。つまり、バーナードは、意思決定のプロセスが選択をせばめる技術であると理解している。
バーナードは、『経営者の役割』では第13章「意思決定の環境」と第14章「機会主義の理論」を割いて、意思決定の理論を展開している。他のテーマについては、1つのテーマに1章を割いているのに対して、意思決定については、2章分を費やしていることから、意思決定を重視していることが理解できる。第13章では、組織においてどのような意思決定の種類があるのか、どのようなときに意思決定がされるのか、意思決定が行われた証拠をどのように知るのか、などを詳細に論じている。
ここでは、組織の意思決定にフォーカスし、個人の意思決定と比較しながら、基本的に論理的であることを指摘している。個人の意思決定の場合には、反応的なもの、無意識なものが含まれるのに対して、組織の意思決定では、複数の個人によって組織目的の視点からなすべきことが明確化され、言語化されるために、基本的に論理的になるとしている。また、トップのような1人の決定だけに依存するのではなく、組織の意思決定は現場で繰り返される決定の累積的な結果で成り立っていることを強調している。
その上で、意思決定が目的と環境によって成り立っていることを論じている。環境はあくまで組織が設定する目的という視点から眺められ、分析される。意思決定は、目的という視点から環境に働きかけて、変化させて、その結果、新しい環境を生み出す。それをまた新しく設定された目的から分析し、変化させるというプロセスを繰り返すことで、最終目的の達成に向かっていく。そのために、意思決定というのは、目的に対して、反復的、漸進的に接近していくプロセスであると説明している。ただし、目的を設定し、環境を分析した上で、その達成が困難と判断される場合には、目的自体が変更され、新たな目的を設定し直すことになる。こうしたプロセスは、図表2のように示すことができる。
第14章では、コモンズの理論に基づいて、機会主義の理論として意思決定を論じている。機会主義では、あらかじめ設定された全体目的と環境を前提として、環境に対してその目的をどのように効果的に達成するかを議論する。全体目的の設定には価値など道徳的要因を含むのに対して、機会主義ではこうした要因は捨象される。これに対して、全体目的の設定を含む意思決定を道徳的意思決定と呼び、第17章の管理責任とリーダーシップにおいて論じている。このように、機会主義的意思決定と道徳的意思決定を分離し、機会主義的意思決定を中心に論じることで、組織の意思決定を論理的なものとして論じようとしている。
まず、意思決定のプロセスは、環境を目的という視点から客観的に分析することから始まる。つまり、目的という視点からどのような状況が重要であるかを発見し、特定するプロセスである。続いて、意思決定のために必要な分析は、戦略的要因を特定することになる。環境のなかで、目的を達成する上で、制約的要因と補完的要因を識別する。制約的要因は目的を達成する上で、主として障害になる要因である。したがって、制約的要因とは、目的を達成するために、働きかけをし、変化させる必要のある要因を意味する。これに対して、補完的要因は、当面、目的の達成にはあまり関係を持たない要因である。
制約的要因は分析の結果によって見えてくる要因であり、具体的になすべきことを決定し、実際に働きかける要因については、戦略的要因と呼ぶ方が適切であるとバーナードは述べている。
実際に、戦略的要因を特定し、働きかけ、環境を変えることに成功すると、次に、補完的要因と見えていたものから新たな戦略的要因を探し、それに対して働きかけていくというプロセスを繰り返すことになる。このように、反復的な意思決定を続けることで、漸進的に全体目的の達成に近づいていく。具体的な例として、バーナードは、土壌を改良するためにカリを手に入れることを挙げている。カリを戦略的要因と定めると、カリを買うために貨幣が必要になる。カリを購入するために人手を見つけ、カリを散布するために機械と人材を確保するというように、次々と戦略的要因を探索する。決定を下し、アクションを起こすなかで、戦略的要因と補完的要因は常に交代していく。このプロセスは、図表3のように示すことができる。
このように、機会主義とは、戦略的要因という仮説を発見し、それらに働きかけることで、環境を変化させることによって、目的の達成を図る方法である。環境は常に変化し、多様で複雑なので、仮説を立て、仮説に基づく実験に取り組み、その結果を評価するという仮説的思考を採用していることがわかる。バーナードは、仮説的思考を行動と思考が一体になったプロセスとして理解している。しかしながら、『経営者の役割』では、組織の意思決定を基本的に論理的なものとして捉えて、非論理的側面については積極的に取り上げず、また、機会主義的意思決定と道徳的意思決定を分離し、統合的に議論してはいないと言える。
実践的知識と思考を結びつける
バーナードは、『経営者の役割』において意思決定の重要性を取り上げたことを自らの大きな貢献と考えている。実際、バーナードは、Barnard(1948)において「意思決定過程 第12、13、14章。これは著書のなかでは『機会主義の理論』と呼ばれる。私の知るかぎり、この概念は、公式組織の概念と同様、独創的と言ってよいかもしれない。私は、社会学的目的にとっては、これは極めて重要な提案であると信じている」(p. 133)と述べている。
しかし、バーナードは、同時に『経営者の役割』で意思決定について十分に論じることができていないことも指摘している。バーナードは、「これを明らかにすることはこの著書では充分に展開されていない。それをなすには、おそらくもう1冊の著作を要するであろう。意思決定行動(応答的行動と対比される)の必要条件は、観念、規範、習俗、制度、社会的慣習(日常的業務手順や業務計画を含む)の主要な決定的要素となるようなものであり、そしてまた、意識的な意思決定をする性向を行使するための必要な装置としての組織自体の、主要な決定的要素となるようなものである」(p. 133)と論じている。
こうした意向を持っていたので、バーナードは、上述したように、意思決定の関する著書を出版しようとして、意思決定について大部の研究ノート「社会的行動における決定行為の意義:意思決定の性格に関するノート」を残していると考えられる(Barnard, 1995[1940])。
このノートでは、基本的に個人の意思決定にフォーカスしている点に注意が必要である。『経営者の役割』では組織の意思決定を中心に論じて、論理的な側面にフォーカスしていた。これに対して、このノートでは、個人の意思決定の非論理的側面を合わせて、議論する必要を指摘している。特に、『経営者の役割』が組織と個人の意思決定を明確に分けて、組織の意思決定の論理的な側面を強調しすぎたことを欠点であるとし、組織の意思決定においても論理的な側面と非論理的な側面が相互に補完的に機能することを論じる必要性を論じている。
個人の行為は、反応的行為と意思決定行為に分けられる。反応的行為は、「いかなる熟考、あるいは、意識的選択過程の介入なしに、個人とその環境、または、環境の要素との相互作用によって決定される行為」(Barnard, 1995[1940], p. 34)とされ、これに対して、意思決定行為は、「意思決定と結びついて生じる行為」(Barnard, 1995[1940], p. 34)と定義される。この場合、反応的行為が非論理的で、意思決定行為が論理的であるということではない。意思決定行為のなかには、直観的なもの、直観的なものと論理的なものが組み合わされたもの、論理的なものが含まれていると考えられる。こうしたことを明らかにするために、このノートの後半で議論される有機的知識、個人的知識、公式的知識につながっていく。
バーナードは、ここでは意思決定を「目ざす目的(end-in-view)に対する2つ以上の代替案、少なくともそのうちの1つは行為者に手段と見なされる代替案の間における意識的な選択」と定義している(Barnard, 1995[1940], p. 34)。その上で、図表4のように、意思決定についてプロセス分析をし、7つの段階に分けたモデルを提示している。
サイモンは、意思決定の過程分析において、情報活動、設計活動、選択活動に分けて、論じたことでよく知られている。これをバーナードのものと比較すると、サイモンでは、段階1が抜けていることがわかる。バーナードは、段階1を重視していて、目的の把握と受容について、社会的慣習や制度などの文化的環境が組織規範や組織目的に影響することを論じている。
また、バーナードは、意思決定が非常に速い場合には、諸段階を識別する感覚はなくなり、跳び越しも行われるという。特に、直観が働く場合にはそうなる。バーナードによると、意思決定の各局面は部分的に論理的にすぎず、一般的には直観的、非論理的を含むことを指摘している。とりわけ、第2、5段階について、このことは妥当し、論理的プロセスと非論理的プロセスが組み合わされる。このように、バーナードは、機会主義的と道徳的意思決定、論理的側面と非論理的側面との統合を図った意思決定の理論を模索していることがわかる。
行動と言語を活用する思考においては、必ずギャップが生まれる。その原因は、目的から環境を分析するときに、すべてを言語化することができるわけではなく、環境から抽象化され、決定で取り扱われる素材に違いが生じるからである。意思決定においては、言語化されるものだけでなく、意識的に認識されるもの、無意識に感じ取られるもの、知らないこと、知ることもできないことを前提に行う必要がある。
先述したように、バーナードは、個人の行動を反応的行為と意思決定的行為の2つに分けている。バーナードは、基本的に個人の行動を環境に適応する行為と理解している。そうした行為を通じて経験を深めるので、経験を学習であると論じている。単に反応的行為を本能的な行為とし、意思決定的行為を論理的な行為とするのではなく、この2つの行為の間には異なるタイプの行為があり、経験という学習を通じてさまざまなタイプの知識が蓄積され、それらに基づいて、個人は行動するようになる。例えば、類型的に整理すると、有機的知識に基づく意思決定行為、個人的知識に基づく意思決定行為、公式的知識に基づく意思決定行為があることになる。したがって、このノートの後半では、個人の行動を通した経験(=学習)を通じて獲得される知識として、有機的知識を中心に取り上げて詳細に論じた上で、個人的知識、公式的知識についても言及している。実際には、有機的、個人的、公式的知識が組み合わされて、意思決定行為は行われる。後述するように、ここには、バーナードの知識理論の方向が明確に示されている。判断の根拠になる知識のタイプが異なると、意思決定的行為の性格も異なることを論じていると言える。
Barnard(1945)では、Barnard(1936)で論理的・非論理的精神プロセスとして提示したものを論理的推論と戦略的推論として説明している。論理的推論は単純な因果関係を解明する上で便利な推論であるのに対して、戦略的推論は複雑な相互依存関係に即して考える推論であるので、考えるよりは感じることの重要性が高くなる。戦略的推論では、結果がその一つの要因における変化によって引き起されたとされ、一つの要因を選び出し、その要因だけに働きかけることを意味する。
また、Barnard(1947)では、ベイトソンを参照しながら、人びとが物事について考える考え方の相違として、知性的(ideological)と徳性的(methodological)に分けることができることを論じている。前者は単純な因果関係から物事を考える線形的推論であり、後者は多数の相互依存的変数からなるシステムに適用される推論であると述べている。後者は徳性的なものであり、倫理的、道徳的、審美的ですらあるものに対する感覚的なものであると指摘している。目的としてふさわしいもの、ふさわしくないものに対する感覚に似ているという。知的感覚よりも情緒的で、道徳的感覚として正しいと判断する場合に活用される。
さらに、バーナードは、直観的思考をめぐってサイモンと往復書簡で論争を展開した際には、直観的意思決定が客観的な意味で合理的意思決定に必要な事実的情報が時間的な制約のために利用できない、あるいは、得ることができない場合に関わっていることを論じている(Letter from C.I. Barnard to H.A. Simon, September 5th, 1947)。そうした状況における認識や判断は、直観に関わり、美的判断に近いものとなる。こうした判断は、ある部分では、経験、感情、過度に知性的であることにとらわれるものでなく、物事が常に変化するプロセスにあるので、そこでは試行錯誤の方法が活用される。意図して探索的な決定は主観的に合理的であるだけでなく、経験と継続的な試行錯誤の方法に基づいて、合理的な決定のためのデータを得ることが可能な点から、客観的にも合理的であるとバーナードは論じている。
このように、『経営者の役割』では、組織の意思決定にフォーカスし、その論理的側面を中心に論じたものの、バーナードは、「日常の心理」で展開した考え方に立ち戻り、組織の意思決定と個人の意思決定、論理的思考と非論理的思考をいかに統合するか、仮説的思考、あるいは、試行錯誤の方法として意思決定を位置づけ直そうとしている。言い換えると、行動と思考を一体化したものとして意思決定を捉えようとしていると言える。
こうした考えをより体系的に論じたものがBarnard(1950)であると評価できる。バーナードは、Barnard(1995[1940])で示した有機的知識、個人的知識、公式的知識についてより詳細に検討し、これらの知識と判断との関係を考察している。
Barnard(1995[1940])で有機的知識と呼ばれたものは、Barnard(1950)では行動的知識(behavioral knowledge)であり、身体に蓄積される知識として技能(skill)と呼ばれている。具体的な技能の例としては、身体的技能、人びととうまくやっていく技能、説得の能力、直観的習熟の技能などが挙げられる。
図表5のように、バーナードは、これらの知識形態と判断の関係をピラミッドのメタファーで説明し、判断を下す基盤として、技能、個人的知識、公式的知識があることを説明している。性質を異にする多様なタイプの知識を活用することで、判断という行動につながることを論じている。
さらに、これらの知識と判断との関係はよりダイナミックなものであると考えることができる。つまり、行動を通じて、技能が生み出され、技能が抽象化・言語化されることで、個人的知識になる。また、個人的知識が社会で蓄積され、共有されると、公式的知識になり、これらの多様な知識をベース判断が下されることで、行動に戻っていく。図表6のように、行動と判断は一体なものとしてあり、相互にフィードバックを受ける関係にあると言えるだろう。
バーナードは、判断について「結論が正しいとする十分な実際の証拠がないとき、あるいは真実が一通り以上に解釈されうるところで、意思決定ないし問題解決に関わってくる」(Barnard, 1950, p. 136)と述べている。科学とは異なり、実務では、証拠が全然ないときに、十分に妥当な証拠がない場合にも、判断を下し、行動する必要があることを指摘している。また、知らないこと、知ることができないことに取り組み、無知という不確実性によって動きが取れないという経験もしばしばあることを論じている。
機会主義の理論のように、目的があらかじめ定められているときでさえ、しばしば即座に何らかの判断を下すことが求められる。しかし、判断が最も求められるのは、目標を定式化するときである。目的の定式化には、価値の決定を伴う。技能や知識を活用することが最も難しい判断である。こうした判断には、説明をつけることができず、驚き、狼狽の理由にもならず、信念と熱意の源泉にならなければならないという。つまり、判断には、人間性の本質が問われ、「私は誰か」を問い直される瞬間を経験することになる。責任ある決断を繰り返すなかで、人は自らのパーソナリティを鍛え上げていくことになることを指摘している。
このように、バーナードは、論理的・非論理的意思決定、機会主義的・道徳的意思決定の統合を図るために、仮説的思考と試行錯誤の方法から意思決定の理論を再構築しようとしていることが理解できる。
理論と実践を融合させる
バーナードは、Barnard(1936)において論理的精神プロセスと非論理的精神プロセスを体系的に論じたことによってドナムやヘンダーソンの関心を引くことになった。ドナムは、この論文では、特に、実務家の視点から非論理的精神プロセスを論じていることを高く評価している。また、ヘンダーソンは、バーナードとパレートの理論と関心を共有していることを理解し、バーナードとの知的交流を生み出すきっかけになっている。
しかし、バーナードは、『経営者の役割』では、個人の意思決定と組織の意思決定を分けて、前者が論理的精神プロセスと非論理的精神プロセスを含むことを指摘するものの、組織の意思決定は基本的に論理的精神プロセスであることを論じている。組織の意思決定では、決定すべきことを組織の貢献者の間で言語化され、議論の上で決められるために、基本的には論理的なプロセスになるとしている。
これを受けて、意思決定を論じた第13章と第14章では、機会主義的意思決定と道徳的意思決定を分けている。13章と14章では、機会主義的意思決定だけを論じるとし、道徳的意思決定については、管理責任とリーダーシップを扱う第17章で論じている。機会主義とは、すでに目的が決定されたなかで手段を決定するプロセスを説明するものであるのに対して、目的の決定には、道徳的要因が含まれるとしている。
このように、組織の意思決定を論理的なものとして理解し、非論理的精神なプロセスを十分に論じなかったこと、機会主義的意思決定と道徳的意思決定を分離して、議論したことで、意思決定について十分に論じ尽くすことができなかったと考えて、Barnard (1995[1940])という膨大な意思決定に関する研究ノートを残している。
このノートでは、意思決定のプロセスを7段階で説明するモデルを提示し、目的の設定からスタートしている。また、各段階では、論理的プロセスと非論理的プロセスを分けることができず、共存していることを強調している。つまり、機会主義的意思決定と道徳的意思決定、論理的プロセスと非論理的プロセスを統合する意思決定の理論を模索していることが理解できる。
意思決定とは、環境の分析と目的を適合させ、行うべきことを決めることである。そのために、環境の複雑さから意思決定に必要な要因をすべて特定することは難しく、すべてを言語化できないために、論理的プロセスには限界があり、非論理的プロセスを同時に活用することになることを論じている。ここから、多様な知識形態があることを説明し、有機的知識、個人的知識、公式的知識という類型を提示し、どの知識形態をベースにするかによって、意思決定のタイプも異なってくることを示唆している。
また、論理的意思決定とは異なる意思決定のタイプを戦略的推論と呼び、戦略的要因を特定し、それに基づく意思決定の結果を繰り返し実験的に確かめながら、累積的に目的を達成する仮説的思考、試行錯誤的な方法として位置づけることになる。さらに、知識理論については、行動的知識、個人的知識、公式的知識と判断との関係を詳細に論じて、最終的に行動と思考が一体化する意思決定として判断を位置づけることになる。
このように、バーナードは、管理機能の中心として意思決定を位置づけ、理論と実践を架橋する方法として意思決定を説明しようとしていたと考えることができる。実践的知識と思考を論じるものとして、バーナードは、意思決定の理論を構築し、発展させようとしていると評価できるだろう。
参考文献一覧
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