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Vol.2|すべての企業人にとって他人事ではない「経営技術の逆輸入」|経営コンセプトの力|「理論」と「実践」の接続|Link and Motivation Inc.
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Vol.2|すべての企業人にとって他人事ではない「経営技術の逆輸入」|経営コンセプトの力

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  • 岩尾 俊兵

    岩尾 俊兵Shumpei Iwao
    慶應義塾大学 商学部 准教授

    慶應義塾大学商学部卒業、東京大学大学院経済学研究科マネジメント専攻博士課程修了、東京大学博士(経営学)。第73回義塾賞、第36回・第37回組織学会高宮賞、第22回日本生産管理学会賞など受賞。近刊に『13歳からの経営の教科書』(KADOKAWA)。

日本の組織はなぜ力を失ってしまったのか、それは組織内で働く個人にとってどんな問題を引き起こすのか、そこから抜け出すヒントはどこにあるのか。こうした問題意識のもとで、この連載2回目では、「経営技術の逆輸入」という状況が日本の経営現場において「強みを捨て、弱みを取り入れる」というナンセンスな状態を引き起こしていることについて解説する。

強みを捨て弱みを取り入れる愚行

強みを捨て弱みを取り入れる愚行

前回、筆者は、現代の企業の競争が

1.製品間競争

2.組織能力間競争

3.経営コンセプト間競争

の三層構造を成していることを指摘した。実は、日本企業はこのうち1と2では世界的にも善戦しているのだが、なぜか3になると「強みを育てて、弱みを乗り越える」という誰でも知っている経営の基本さえできなくなってしまう状況について述べた。すなわち、日本企業、および日本企業で働く多くの企業人は、経営コンセプト間競争においてのみ、「強みを捨て弱みを取り入れる」という愚をおかしてしまっているのである。では、それで何の問題があるのだろうか。

まず、そもそも組織は「人の集合+経営コンセプト」で成り立っていることを思い出す必要がある。組織は、組織の能力を個々人の能力の総和以上にする「経営コンセプト=脳内プログラミング」によって個々人がシステムとして統合されているからこそ、意義がある。そのため、経営コンセプトが弱体化してしまえば、いずれ個々人の能力の総和>組織の能力となってしまい、組織の存在意義が失われる。経営コンセプトは「誰がどう働き、別の人がどう処理するか」という脳内のルールであり、経営コンセプトがない組織は存在しない。そこにはただ経営コンセプトの巧拙の差があるだけなのだ。

他人事ではない経営技術の逆輸入

他人事ではない経営技術の逆輸入

そんなこと経営者だけの問題だ、と思われる方も多いかもしれない。だが、この「強みを捨て弱みを取り入れる」という矛盾した行動は、経営者だけではなく、企業内の小チームのリーダーなど、企業内の多くの階層で同時に起こってしまっているのである。こうした状況はなぜ起こるのか。それは、「経営技術の逆輸入」によって引き起こされるというのが筆者の答えだ。では、経営技術の逆輸入とは何か。まずは下記の図1をご覧いただきたい。

経営技術の逆輸入概念図

ここで、経営技術と経営コンセプトとはほとんど同じ「脳内プログラミング」だと思っていただいてよい。これは、「ノウハウ」や「知恵」といった言葉で表現することもできる。どんな職場であっても、人間同士が働いていれば、必ず何かしらのノウハウが生まれる。例えば、ハンコの押し方や営業トークの定石なども、立派な経営技術である(もちろん、その中には、不要な経営技術や他者より劣った経営技術もありうるが)。この時、日本企業の多くの経営者や現場のリーダーといった人たちは、真面目ゆえに経営技術の逆輸入を起こしてしまう。外資系企業に対する日本企業の「遅れ」を常に感じている、はた目には優秀なビジネスパーソンほど、この「逆輸入状況」に手を貸してしまうのである。

例えば、現場や職場で行っている業務に対して「うちの会社は遅れているはず」と考えて、「海外では~」「アメリカでは~」と、全否定する。その結果、せっかくの優れた経営技術を捨てさせてしまう。それどころか「これからの時代は○○方式、○○経営だから」と語って、職場に無意味な改革を迫って、現場をしらけさせる。こうした結果、マネジメント層やリーダー層と現場層の間に深い溝ができてしまう。これこそが、日々起こっている「経営技術の逆輸入」なのである。しかも、こうした状況は会社にとってだけではなく、経営技術の逆輸入を無意識に行ってしまっている当人とっても大きな問題を生む。

経営技術と経営コンセプトの違い

経営技術と経営コンセプトの違い

議論の前提として、経営技術と経営コンセプトの間には「抽象度の違い」がある。経営技術を誰でも理解できる形に抽象化していったものが経営コンセプトだということである。この時、経営技術は経営コンセプトと言えるまで抽象化することで、一つの職場や一つの子会社や一つの地域を超えて通用するものになる(図2)。すなわち、抽象度と文脈依存度はトレードオフの関係にあるということだ。

経営技術の抽象度と文脈依存度の関係

そして、文脈に依存しない経営コンセプトを蓄積できれば、会社にとっては広く活用できる経営の武器が増えることになるし、個人にとっては他企業や他業界や他国に渡っても普遍的に利用できる知識の引き出しが増えることになる。文脈依存度が低い経営コンセプトを蓄積することは、経営のプロになるということに等しい。それによって、会社にとっても個人にとっても、その会社・個人ならではの強みが育っていくことになるし、どんな状況でも通用するようになると考えられる。

反対に、自社や自国でこの抽象化のプロセスを行えないようになるということは、会社にとっても個人にとっても、経営のプロになる道を捨てることになる。そして、経営のプロというのは、しばしば多額の金銭的・社会的報酬(法人の場合は親会社に君臨する納得感や子会社から経営指導料を得る妥当性)とセットになっており、これらもろとも捨て去ることになる。これは、企業自身にとっても、企業経営者にとっても、企業で働く個人にとっても、誰にとってもマイナスである。こうした点を踏まえ、次回は、いくつかのアメリカ発の最先端の経営理論においても、日本からの逆輸入に近いものが散見される事実を示し、こうした逆輸入状況から抜け出すヒントを探っていく。

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